ネイサン・チェンのコーチとして知られているラファエル・アルトゥニアンが、8月30日、レイクプラシッドジュニアGP大会にて、筆者の独占取材に応じた。

 アルトゥニアンはジョージア出身、現在カリフォルニアを拠点としている。過去にはミシェル・クワン、ジェフリー・バトル、浅田真央らを指導し、現在ネイサン・チェンの他に本田真凜、マライア・ベルらトップ選手を指導する。スランプに陥った選手を再生させる手腕に定評があり、アシュリー・ワグナー、アダム・リッポンなどのベテラン勢も引退前にアルトゥニアンの元で選手生命を吹き返した。そして今シーズンからカナダ出身の2018年ジュニアGPファイナルチャンピオン、スティーヴン・ゴゴレフらが師事している。

ゴゴレフは3種類の4回転を跳ぶ。

──スティーヴン・ゴゴレフはいつから教えているのですか?

 アルトゥニアン「うちに来たいと話があったのは4月でした。私はできるだけ早くカリフォルニアに移ってくるようにと言ったのですが、学校がまだあったため実際に一緒にトレーニングを始めたのは6月です」

──すごく将来が期待されている選手ですが。

「ええ、実際のところペースをスローダウンさせているところです。昨年からまた身長が伸びて、それに筋肉の発達が追い付いていないので、怪我をさせないように気を付けています。それでも4回転は3種類跳んでいます。トウループ、サルコウ、ルッツです。今季フリーでいくつ入れるかはその日の体調によりますね。あせる必要は何もないので」

──お話して、大変に内気なように見えましたが。

「それは彼の良いところだと思います。(2008年世界チャンピオンの)ジェフリー・バトルを思い出しますね。あまり外に向けて自己アピールをしない分、集中力がある。今回はフリーの最初のジャンプでエッジが引っかかったようでした。出だしの調子を崩してしまったけれど、2位という結果は悪くなかったです」

言葉でのコミュニケーションの限界。

──彼の指導した第一印象は?

「ロシア語でトレーニングできる(ゴゴレフはカナダ人だが両親はロシア出身)ので、私にとって楽です。細かいニュアンスまで説明できてより説得力があると思う。真央のときもそうでしたが、真凛も、言葉でのコミュニケーションに限界があるので、その意味では苦労することもあります」

本田真凜の今季はどうなる?

──本田真凜の調子はどうですか?

「とても良いですよ。彼女が日本に一時帰国したときは、少し心配したんです。彼女は日本が大好きだから。カリフォルニアの生活だって悪くないと思うけど、でも彼女にとって日本が特別だということは良く判る。でも今回真凜が戻ってきたとき、体型も保っていたしジャンプもとても良い状態になっていました」

──今シーズンの展望はいかがでしょう。

「彼女はジュニアのときに世界チャンピオンになった。そしてシニアに上がって行き詰って私のところに来ました。基礎技術はもともと良いものを持っています。ただ試合で結果を出すということについては、今季は特に予測が難しいです。ジュニアから4回転を跳ぶ子たちが上がってきますから」

女子と男子の4回転の違い。

──男子はある程度体力がついてから4回転を跳ぶのに、女子はシニアになると4回転を跳べなくなるのはなぜですか。

「女の子は全てにおいて発達が早い。赤ん坊でもおしゃべりをはじめるのは女の子のほうが早いでしょう。スケートに対する姿勢も、子供のうちは女の子のほうが早くから自覚を持ってトレーニングをして、どんどん上達します。でもある年齢から女の子は体型が変わり、その体の変化を補うだけの筋力が追い付かなくなる。そこから男子との差がついてくるんです」

シニア女子に4回転の時代は来るか?

──シニアの女子にも本格的な4回転の時代は来るでしょうか?

「今シーズン4回転を跳ぶ女の子たちがシニアに上がってきますが、どのくらいジャンプを保っていけるのか興味深く見守っています。今のところ4回転を跳んだのは、ほとんどがジュニアの選手だった。少女体型ではない女子選手も4回転を跳ぶようになる時代が来るのかは、まだわかりません。私は個人的に、ジュニアからシニアに上がる年齢を上げるべきだと思います。まだ成長期は、骨も柔らかいので怪我をしやすい。14歳、15歳の女の子たちに無理なジャンプをやらせて、将来人工股関節になってはいけないと思う。少女たちと、大人の体型になった女子が同じ土俵で戦うというのは無理があります」

「私たちの間に多くの言葉はいらない」

──本田真凜選手の話に戻りますが、今の彼女の課題は何でしょう

「もう少し、自主性を持ってトレーニングをしていくこと。ジャンプなどの調子が良いと追い込みすぎて疲労し、回復するのに2,3日かかってしまう。そこまで無理しなくても良いので、毎日安定したトレーニングの習慣をつける必要があります。コーチの仕事とは、子供を育てるのと同じ。生徒がいつまでもコーチに頼らなくても良いように、自立させることが目標だと思っています。最初の1,2年は手取り足取りでも良い。でも3年、4年たっていったら自分のトレーニングに責任を持って、やるべきことを理解させるのが私の仕事です」

──ネイサン(・チェン)がイェール大学に入学して自主トレをしながらも、昨シーズン良い結果を出したのは、まさにそういうことですね。

「その通り。彼のことは8年間トレーニングしてきましたが、もう私があれこれ言わなくても彼は自分に必要なことがわかっている。彼はとても知的で意思の強い、しっかりした若者です。夏休みの間は一緒にトレーニングして、2日ほど前に東海岸に戻りましたが、私たちの間に多くの言葉はいらない。一言、二言で彼はすぐに理解するんですよ」

羽生結弦は4アクセルを跳べるか?

──埼玉世界選手権でチェンが2度目の優勝をしたときに、2位の羽生と20ポイントもの差がついたことに対しては、どう思いますか?

「理解していただきたいのは、我々にはそれぞれ役割があることです。ファンはサポートをする。ジャッジは点をつける。そして我々の役目は、私は指導して、選手は良い演技を見せるのが仕事です。もちろん彼が優勝したことは嬉しかったけれど、ジャッジがどのような理由でどのような点をつけるのかは、私たちにコントロールできることではありません。フリーで彼と羽生はどちらも素晴らしかった。男子はすごい戦いを見せたと思いました」

──ベテランコーチの目で見て、羽生というのはどういう選手ですか?

「彼に対しては尊敬の念しかありません。ネイサンも、羽生をものすごく尊敬しています。彼が2度オリンピックの金メダルを取ったというのは、もちろんすごい。でもそれだけではなく、彼は男子のフィギュアスケートを牽引して全体のレベルを上げてきました。彼がこのスポーツへ与えてきた貢献は、はかり知れません」

──彼が試合で4アクセルを跳ぶのは可能だと思いますか?

「もちろん。おそらく予想よりも早く実現すると思いますよ」

文=田村明子

photograph by Akiko Tamura