9月8日まで韓国で開催されていたU-18ベースボールワールドカップで、初の世界一を目指した日本は5位で大会を終えた。

 オープニングラウンドでは大会4連覇中だったアメリカに大勝したが、台湾に敗れて4勝1敗でスーパーラウンドに進んだ。スーパーラウンドでは初戦のカナダ戦に勝利したが、2戦目の韓国戦は、タイブレークの延長10回に4−5でサヨナラ負けを喫し、自力での決勝進出がなくなった。7日のオーストラリア戦も守備と打線が振るわず1−4で敗れ、5位が決定した。

 韓国戦の延長10回、無死満塁の場面でマウンドに上がり、サヨナラの犠飛を打たれた池田陽佑(智弁和歌山)は試合後、「もう和歌山に帰れないです」とうつむいた。

 しかし今大会は投手陣を責めることはできない。投手の奮闘が、苦しむチームを救い続けた。

 今大会は9人の投手が登板したが、失点はほとんどが守備のミスが絡んでのもの。投手が打ち込まれたり、四球で自滅するといった場面はほとんどなく、日本の防御率は12チーム中トップの1.58だった。

見た目の投球数以上にブルペンが負担。

 ただ、西純矢(創志学園)や飯塚脩人(習志野)といった一部の投手への負担が大きかった。投手陣の起用法には疑問が残る。

 今大会は球数制限が設けられており、49球以下は連投が可能で、50〜104球は中1日が必要。1試合の最多投球数は105球(対戦中の打者は対戦終了まで投球可能)とされており、105球に達した場合は中4日空けなければならなかった。

 西は、オープニングラウンドのアメリカ戦で3回44球、台湾戦で1/3回2球、パナマ戦で6回96球と、3連投した。

 台湾戦は雨天コールドにより5回で試合が終了したため、マウンドで投げたのは2球だったが、ブルペンでは何球も投げて準備しており負担は少なくない。しかも西は登板のない時も外野手として出場していた。

ルールの枠ギリギリまで投げさせる起用法。

 スーパーラウンド初戦のカナダ戦には奥川恭伸(星稜)が今大会初登板初先発し、7回で103球を投げ、18三振を奪う圧巻の投球を見せた。

 104球まで残り14球の状態で、1点リードの7回表のマウンドに上がり、「次のピッチャーに中途半端な状態で受け渡したくなかった」と、13球でこのイニングを終わらせた奥川は見事だ。

 ただ、甲子園の決勝から2週間ぶりの登板。甲子園の疲労が残っていたために大会前半の登板を控えていた奥川が、いきなり重圧のかかる試合で103球を投じるのはかなりの負担があったはず。しかも3日後または2日後の登板も想定された上での103球だった。

 本来、球数制限は投手の体を守るためのものだが、日本チームにはそこが抜け落ちて、単なる“ルール”として運用されていたように見えた。

 そのルールの中でなら目一杯投げさせても大丈夫というふうに、選手の状態よりも、球数ばかりを見てしまってはいなかったか。

 ある球団のスカウトは、「日本代表の戦い方は日本の指導者たちが見ている。これが(日本で球数制限が導入された場合の)基準になってしまっては……」と危惧していた。

 今大会、投手を3連投させたチームは日本と韓国だけ。オープニングラウンドでの3連投は日本だけだった。

 ちなみに準優勝したアメリカは大会を通して、連投は一度もなかった。優勝した台湾も、2連投が一度だけ。選手に無理をさせないことと、勝つことを両立している国もある。

佐々木朗希の出血にも伏線があった。

 また、今大会の日本は投手それぞれの役割が決まっておらず、リリーフの準備のタイミングも行き当たりばったりで、選手たちは難しい対応を強いられた。

 佐々木朗希(大船渡)が6日の韓国戦で先発し、右手中指のまめから出血して1イニングで交代したが、そこには前日のブルペンの影響があったと思われる。

 前日のカナダ戦では、7回に奥川の球数が104球に達した場合に登板すると伝えられ、佐々木は慌ててブルペンに行き、急ピッチで40〜50球投げ込んだ。

 そうして一気に心も体もマックスに高めたが、奥川が7回表を投げきり、その裏、日本が3点を追加して5−1としたため、佐々木の登板はなくなり、飯塚が8回表のマウンドに上がった。

 佐々木は8月26日の大学日本代表との壮行試合で同じ右手中指にまめを作っており、その回復を待っての登板だった。再発は十分考えられたはず。そのリスクを少しでも抑えるためにも、また佐々木の本来の力を十分に引き出すためにも、韓国戦の先発に専念させるべきではなかったか。

「世界一」の重圧がかかっていたとはいえ……。

 7日のオーストラリア戦では、1−4の9回2死一、三塁の場面で、奥川がブルペンに向かった。

 奥川は8日の決勝か3位決定戦に進んだ場合に登板するとみられていたが、この時、「同点に追いついたら行くぞ」と伝えられたという。結果的に、ブルペンでキャッチボールを始めたところで試合終了となったが、同点に追いついていたとしても、次の回に奥川が万全の状態でマウンドに上がるのは難しかったのではないか。

 今大会、1試合のみの登板に終わった奥川は試合後、「もう少し投げたかったという気持ちは強いですけど、無理はしたくないというふうにも思っていたので……」と複雑な表情を浮かべた。

 選抜チームで臨む国際大会では、自チームとの起用法の違いにもある程度は対応しなければいけないが、もう少し役割分担や準備のタイミングなどを整えなければ、選手がベストなパフォーマンスを発揮することは難しいし、負担はかさむばかり。

 中には肘の痛みを抱えながら投げていた選手もいた。とても選手1人1人の力を引き出す、選手ファーストな起用とは言えない。

「世界一」を使命とされた永田裕治監督やスタッフ陣にも、重圧がのしかかっていたと思われる。

 選ばれた選手たちは世界一を目指して全力を尽くす。しかしこの年代を率いる監督は、目の前の試合に勝つことだけを目的とするのではなく、もう少し冷静に、計画的に、メンバー全体を見渡して、選手の力を引き出すことを優先して欲しかった。

ミスを恐れる重苦しい雰囲気。

 それは投手だけでなく野手にも言える。

 最終戦となったオーストラリア戦では、日本人の観客からこんな声が聞こえた。

「向こう(オーストラリア)のほうが楽しそうにやってるなあ」

 その通りで、日本チームには重苦しい空気が漂い、打撃も守備も、縮こまっていた。

 今大会はとにかく守備のミスが目立った。3戦目のアメリカ戦では慣れないグラウンドに雨が降りしきり、その中でミスが続出。特に送球ミスが目立った。それが翌日の台湾戦も続き、敗戦につながった。

 連鎖は止まらず、スーパーラウンドの韓国戦、オーストラリア戦でも、勝負どころで守備のミスが失点につながり敗れた。今大会の失策数は9だが、記録上失策になっていないミスも多かった。

世界一のために選手が疲弊しては……。

 三塁手の石川昂弥(東邦)は最終戦のあと、こう語った。

「チームとしてミスが多く出ていたので、そのミスをなくそうと意識しすぎて、みんな硬くなって、足が動かなくなったりして、またエラーが多くなった。日本代表ということ、日の丸を背負っているということを考えすぎて、いつもの自分たちのプレーが、僕だけじゃなく、チーム全体としてできていなかったなと感じました」

 今大会中、選手たちの口から「14万人の高校球児の代表として」という言葉が何度も聞かれた。

 もちろん世界一を目指すことや、日の丸を背負うプレッシャーを感じながら戦うことはかけがえのない経験になる。そのプレッシャーを背負った上で、力を発揮し、勝つことができれば一番いいのかもしれない。

 しかし彼らはまだ育成年代。高校野球の日常とはまったく違う環境の中、今の自分の力を思い切り世界にぶつけて、この先の人生に活きる財産を得ることに意味がある。その上に、世界一がついてくるのではないか。

 チームが世界一に固執するあまり、選手たちの体や心が疲弊する大会にはなって欲しくない。

 決勝戦で、目を輝かせながらアグレッシブに走り回り、好プレーを連発する台湾やアメリカの選手たちを見て、改めてそう感じた。

文=米虫紀子

photograph by AFLO