来年の東京五輪を占う体操の世界選手権が、10月4日からドイツ・シュツットガルトで行われている。昨年のこの大会で団体総合3位に甘んじた日本男子は7日の予選から登場する。

 今回の日本は、団体金に輝いた2016年リオデジャネイロ五輪から内村航平や白井健三をはじめとする全選手が入れ替わり、5人中3人が初出場というフレッシュなチーム構成となった。

 けれども、体操ニッポンが目指すのはあくまで20年東京での五輪連覇。とあらば五輪前年となった今、誰が出ても頂点を狙うことに変わりはない。

 エースとして出る20歳の谷川翔や、高校生代表の橋本大輝といった若い顔ぶれが力を十分に発揮し、昨年優勝の中国や2位のロシアと競い抜く強固なチームをつくっていくには、1本のしっかりとした軸が必要になる。

 ここで水鳥寿思・男子強化本部長が男子主将を任せたのが世界選手権初代表の神本雄也(コナミスポーツ)だ。

海外でも全く揺るがない自信。

 神本はチーム最年長の25歳。しかし、選ばれた理由はそれだけではない。

 高校1年生だった'10年に第1回ユースオリンピックに出場して男子個人総合の金メダルに輝き、大学2年生で出た'14年仁川アジア大会では団体、個人総合、種目別平行棒の3冠を手にした。

 そして、'15年と'17年のユニバーシアード大会では団体2連覇に貢献した。国際大会での圧倒的な勝負強さを買っての“主将指名”なのだ。

 海外での強さについては神本自身、自信を持っている。

「メンタルに関しては国際大会に行ったとしても国内だとしても、自分のやるべきことは変わらないと思っています。特別この大会だから緊張するとか緊張しないとかというのはありません」

「緊張すること自体、これまであまりなかった」

 メンタルを左右するのは、大会が違うから、場所が違うから、という要素ではなく、大会を迎えるまでにしっかり練習を積むことができたかどうかによるのだと神本は言う。

「ちゃんと準備ができていれば緊張することもないし、逆に準備がちゃんとできていないと緊張します。でも、緊張すること自体、これまであまりなかったように思いますね」

 今回の世界選手権ではつり輪、平行棒、鉄棒での出場が有力視される。ドイツへ出発する前の9月18日に東京都内で報道陣に公開して行なった試技会では、つり輪で14.550点、平行棒で15.100点といずれも5人の中で最高点をマークした。

 日本人が不得意なつり輪で貴重な得点源として計算の立つ選手であり、平行棒は種目別メダルの期待も持てる。試技会ではミスした鉄棒も、演技を通せば高得点を狙える。

 大会中は強化本部と選手のパイプ役にもなる。

「チームは励まし合いながら、声を出し合いながら良い雰囲気でここまで来ています。この雰囲気を継続してやっていければいい」と話す神本を、岡山・関西高校と日体大の先輩でもある水鳥本部長は、「キャプテンシーも徐々に出てきている」と頼もしく見つめている。

2016年、ギリギリでの代表落ち。

 神本と言えば思い出す光景がある。リオデジャネイロ五輪の代表選考シリーズが開催された'16年春。

 4月の全日本個人総合選手権で4位になったのに続いて5月のNHK杯でも4位になり、リオ五輪出場まであと一歩と迫った神本は、団体総合への貢献ポイント枠での代表入りを目指し、最後の勝負となる6月の全日本種目別選手権に臨んだ。

 つり輪では力技を次々と決めたものの最後の下り技で着地に失敗。それでも平行棒ではほぼ完璧な演技で全体のトップとなる15.800点をマークした。

 しかし、同じく貢献枠で代表入りを目指した山室光史を上回るのにわずか0.100点足りず、代表を逃した。その頃の神本の平行棒は五輪に出ていれば金メダル候補の一角となるレベルにあっただけに、悔やまれる結果だった。

「平行棒は自分でも凄く満足のいく演技内容だったんです。ふと“これで(リオ五輪に)出られなかったらもうしょうがねえや”と口にしていたほどで……」(神本)

 結果は無念。だが、代表に届かないことが分かった後の神本は、穏やかな笑みを浮かべてともに競い合った仲間を称えていた。そして、その姿は補欠としてリオ五輪に帯同されても変わらなかった。代表メンバーとともに金メダルを目指して必死に日々の練習を行ない、本番だけチームから離れ、スタンドから応援した。

補欠を経験し、東京五輪では出場へ。

 それから3年。当時の思いを初めて聞くと、神本はこう言った。

「大学時代、日体大の中瀬卓也コーチから『補欠の強いチームは、それに引っ張られて正選手も負けずに頑張るんだ。だから補欠の強いチームは強いんだ』と言われていました。僕は、自分を補欠だからふてくされるという態度にはさせたくない、そう思って頑張っていました」

 この伝統こそが体操ニッポンの強さを支えてきた原動力であり、リオ五輪金メダルを支えるエネルギーだった。

「中瀬さんも補欠になったことがあると聞くので、自分の体験も含めて教えてもらえたのかなと思います」

 中瀬コーチは社会人になってから'08年北京五輪の出場を果たしている。もちろん神本も、補欠を経験しての東京五輪出場を見据えている。

「今までは序章。人生はここから盛り上がっていければいいと思っています」

 まずはドイツの地で次の一歩を大きく踏み出すつもりだ。

文=矢内由美子

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