何が起こるか分からない。一方で確実なものもある。世界陸上で、マラソンなどのロードでの種目を見て、あらためてそう思った。

 今回はテレビ解説のためにドーハに入った。一番心配されていたのが暑さだった。実際に女子マラソンの時は異常なレベル。午前0時スタートの深夜レースにも関わらず、気温は32度、湿度74%の厳しいコンディションで、途中棄権28人、棄権率は4割という惨状だった。天満屋の武冨豊監督が「もう二度とこんなレースは走らせたくない」と言っていたそうだが、それもうなずける。おそらく来年の東京五輪よりも過酷なコンディションだったと思う。

 競歩も同じように酷暑で棄権者が続出し、この調子では男子のマラソンも思いやられると心配していたら、男子マラソンの時は気温29度、湿度の方は51%とぐっと下がり、比較的走りやすいコンディションになった。

 東京五輪も暑い暑いとは言われているが、蓋を開けてみなければどうなるか分からない。天候というのはどこまでいっても不確実なものだからである。

 この期に及んでまさかの東京五輪マラソン競技の北海道開催プランも急浮上してきた。準備を重ねてきた選手や関係者からすれば、何を今さらという心境だろう。北海道も日差しがさせば十分に暑いが、湿度は大きく下がる。『北海道マラソン』と同じコースで行うとすれば、起伏が少なく平坦なだけにレース展開も大きく変わってきそうだ。

トップ選手の走力と勝つための準備。

 天候を含めたそれらの不確定要素に比べてずっと計算ができると思ったのは、どんなコンディションであっても揺るがないトップ選手たちの走力だった。

 女子で優勝したルース・チェプンゲティッチ(ケニア)のタイムは2時間32分43秒。大会史上最も遅いというけれど、それでも32分台である。周りが落ちていったからトップに立ったわけではなく、35km付近で自分から仕掛けていって勝利をつかんだレース運びも見事だった。あれだけ過酷で完走率も低い中で勝つ選手というのは、やっぱり強かった。

 男子で優勝したレリサ・デシサ(エチオピア)のインタビューも聞いていたが、彼も「暑いのは分かっていた。その中で勝つために自分たちは準備をしてきたんだ」とはっきり語っていた。勝つ選手というのは、さまざまなことを想定した上で、できる限りの準備をしている。「いくら世界のトップでも酷暑の中では落ちてくるだろう」と日本の選手が考えたとしても、彼らは「暑いんだったら暑い中で走れるようにちゃんと練習してくる」ということだ。

東京五輪で“地の利”は通用しない?

 五輪の展望を語るとき、東京の暑さは他と比べて異常だと言われる。だが、なんのなんのドーハも暑かった。異常な暑さだった。東京の気候を日本勢にとっての“地の利”として語るのは無理があるかもしれない、と今大会を見て思った。

 日本代表は女子が谷本観月の7位入賞、男子は山岸宏貴の25位が最高だった。MGCに出ていた選手以上に世界との実力差があるのは仕方がない。では、これがMGC上位2、3人だったらどうなっていただろうか。おそらく入賞はできていたと思う。しかし、メダルは厳しい。それが現状だ。

MGC選手でもメダル獲得は容易くない。

 特に男子は残り2kmの最後の競り合い、スパートがすごかった。揺さぶりもそうだが、ゴール直前でスピードアップしていく走力や勝ちにこだわるメンタル、トップクラスのアフリカ勢には相当なものがある。日本勢は集団にはついていけたとしても、そこから抜け出す力はまだあるとは思えない。

 前回大会4位のカルム・ホーキンス(英国)が、一度先頭集団から離れて追いつき、それでも勝てずに4位だった。彼の走りはすごく参考になった。粘るだけでは勝てない。メダルにも届かない。MGCでいい形で盛り上がってきた東京五輪でのメダル獲得の期待も、やはり厳しいのではないかという気持ちすらしている。

 東京五輪では男子世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ(ケニア)も出てくる。メダルを獲るには、彼らが自由自在にレースを操る中で翻弄されずに先頭集団にとどまり続けられるか。抜本的な対策としては、走力をつけていくこと。2時間1分とか2分で走る時代のレースに少しでも絡める力を身につける必要がある。

 女子に関しては、MGCを制した前田穂南が出ていればメダルは獲ったかもしれない。7位入賞した谷本観月との走力差を考えれば、銅ぐらいに絡んだ可能性はある。

「金メダル」を獲る意味。

 今大会ではトラック種目でも世界のトップランナーのここぞの強さを感じた。今大会では前回王者は特別な赤いゼッケンをつけていた。印象に残ったのはその赤いゼッケンをつけた2人である。

 男子3000m障害の決勝では、前回のロンドン大会で勝ったコンセスラス・キプルト(ケニア)が“胸差”で勝利。2位とのタイム差は0秒01。今年は疲労骨折で5カ月ぐらい練習できない時期もあったにもかかわらず、8月に復帰して、ゴール前の最後の最後に胸を出して逆転して金メダルを獲った。

 男子5000mでもムクタル・エドリス(エチオピア)が連覇を飾った。彼も今季は調子がいいとは言えない中で、結局は勝った。王者の意地と経験。余裕で勝ったわけではなくて、最後の周回まで競り合う中で意地を見せてくれた。

 彼らは勝って「金メダル」を獲ることの意味を知っている。彼らが目指していたのはメダルではなかったのだと思う。

 日本人選手は「メダル争い」という言葉をよく使うが、あれは銅メダル、3位でもよしとする考え方。それに対して、絶対に勝ちにこだわることの強さを目の当たりにした。勝たなきゃ意味ない、ダメだという強さが彼らにはあった。

 日本勢も国内の争いだったとはいえ、MGCではとにかく勝ちにこだわるレースを経験した。そうした姿勢で臨むマラソンは勉強になっただろうし、それを積み重ねていくことでしか、世界との差は詰められないのだと思う。

文=金哲彦

photograph by REUTERS/AFLO