毎年、野球の現場の最後のところで訪れるのが熊野である。

 三重県熊野市……近年は「熊野古道」が注目を浴びて人が訪ねるようになったが、大阪からでも半日、東京からだとほぼ一日仕事の、なかなかに骨の折れる場所だから、そうそう京都のように、人がワッと押し寄せるような土地でもない。

 そんな熊野に毎年、もう野球シーズンも幕を閉じようというこの時期に、地元・東海はもちろんのこと、関東から、北陸から、中国から、さらには東北からも、甲子園でおなじみの高校野球チームが今年は10校集まった。

 10時間、15時間の移動の旅をものともせず、熊野に押し寄せた。

 北から挙げていこう。

 この秋の東北大会準優勝の鶴岡東、夏の甲子園8強・関東一高、神奈川からは横浜隼人がやって来て、愛知からは公立の伏兵・大府高と私立の伏兵・豊田大谷だ。

 北陸からは敦賀気比、遊学館が毎年のように参戦し、今年は長野日大が戦列に加わり、近畿から報徳学園が初参加すれば、岡山からは創志学園だ。阪神1位指名の西純矢が、去年の「熊野」で豪腕を奮っていたのが、つい昨日のことのようだ。

 迎え撃つ地元勢は、木本高、尾鷲高、近大新宮高、近大高専に、今年は昨夏初の甲子園出場に輝いた白山高が加わった。

 参加15校が、熊野、新宮の5会場を舞台に繰り広げる「練習試合」の祭典。

 私はこの「くまのベースボールフェスタ 練習試合in熊野2019」のことを、勝手に「秋の甲子園」と呼んで、すごく楽しみにしている。

68歳と思えないノックの打球音。

 試合前、遊学館高(石川)・山本雅弘監督のノックが、次々外野に飛んでいく。

 さっきまでネット裏で並んで、お互いの“余生”について語り合っていた山本さんは、「もう今年で68ですよ」と笑っていたが、とてもじゃないが68歳の打球じゃない。アップテンポの外野ノックが、ポンポン飛んでいく。

「ノックの打球音が、昔のまんまだ……」

 15年ほど前に遊学館高で山本監督の薫陶を受け、今は阪南大学(大阪)の指揮を執る垣下真吾監督が驚いている。

「あと2、3年やらせてもらったら、どこかあったかい所へ行って、のんびり暮らして……」

 ほんのちょっと前まで、そんな風に外国へ移住しての余生を妄想していた山本監督だったが、昔と変わらぬノックの打球を眺めながら、「球音の聞こえてこない土地に移り住んで、いったい1年もつのか、半年もつのか……」、そんなこと考えているうちに鶴岡東高との試合が始まった。

松中信彦と奥川恭伸の才を持つ1年生。

「松中(信彦・元ソフトバンク)のホームランって、引っ張った打球もぜんぜん切れないで、まっすぐスタンドに持っていってたでしょ。こいつも、そういう打球打てるんですよ」

 山本監督がしきりに褒めていた土倉瑠衣斗(るいと)一塁手(1年・182cm80kg・右投左打)が、左のバッターボックスに入る。

 1年生のムードじゃない。

 高校野球の秋は、始動のタイミングが遅れインパクトで差し込まれる打者がほとんどの中で、この1年生は投手との“間合い”がとれている。

 早めに始動して、ボールを待ち構える。トップを取ろうとする意識がはっきり見てとれる。

「トップ」とは、振るための準備動作じゃない。

 むしろ振らないため、つまり打ちにいってもヒットにならない誘い球を見極めるために作るのがトップであることを、忘れてはならない。

 この土倉選手、打ちそうなムードあふれる4番打者を警戒する相手投手の誘い球を、ことごとく見極める。

 そしてそんな中からわずかな失投を捉えて、左腕のスライダーをレフト左へライナーで弾き返し、バックスクリーン左にあわやの大放物線をかけてみせた。

「3年の夏には“150”まで」

 さらに、翌日の報徳学園戦だ。

「ぜんぜんムリさせてない今で140キロちょっと。3年の夏には“150”まで行くんじゃないですか。第2の奥川(恭伸、ヤクルト入団)にします! 奥川の1年秋って、これぐらいだったでしょ」

 山本監督がバッティング以上に高く評価していた「投」のお披露目だ。

期待の速球と、それ以上の変化球。

 軸足(右足)に一度はっきり体重を乗せて踏み込んでくるドッシリタイプだが、膝は折れていない。ギリギリの「使用量」だ。

 テークバックで右腕がかつぎ気味に見えるが、90度以下の角度にはなっていない。これも、肩・ヒジに負担がかからない範囲で右腕に力が溜められるギリギリの角度だ。

 この日の土倉投手、山本監督が期待する速球より、変化球のほうに非凡さがはっきり見てとれた。

 速球と変わらない決然とした腕の振りから、変化点がギリギリ打者に近いスライダーとチェンジアップ。

 打者が「まっすぐだ!」と振り始めてからキュッと曲がり沈む動きは、本当の意味の「変化球」だ。

 曲げようという意思が腕の振りに見えてしまう変化球は、ちょっと気の利いた打者には、捨てられるか、逆に狙い打ちされる。しかしそれがない。

 とはいえ、ランニングフォームから見てとれるようにボディバランスは悪くないが、瞬間的なスピードがまだ物足りない。走りや一瞬の動きに、キュッとした感じ……動きのキレが出てくれば打も投も、走さえもぐっと上がってくるはずだ。

奥川が巣立った北陸にまた1人逸材が。

 あと2年。

 星稜・奥川恭伸がプロに向かって巣立っていった「北陸」の高校野球に、新しい逸材の卵がまた1人、まもなく孵化しようとしている。

 冬をまたいで、明けて2020春。

 この熊野の2日間で腕を磨いた選手たちの中から、殻を破って大きく姿を変えそうな予感が伝わる快腕、スラッガー候補が何人も。

 後半の次回は、そんな選手たちを総ざらいしてみたい。

文=安倍昌彦

photograph by Hideki Sugiyama