12月に入って、高校野球は練習試合の期間も終わり、なんとなく「オフ」の空気が漂っている。

 野球は、オフも楽しい。

 グラウンドでの出来事は減っても、その代わりに野球人の集まりや講習会、講演会、勉強会などで人の話を聴き、野球人同士の語らいに耳を傾ける。

 その内容には、今まで知らなかったこと、間違えて理解していたこと、新しい発想に斬新な切り口……興味深いこと、満載である。

 シーズン中に、乱雑に頭の中に投げ入れていたことを整理し、クリーニングするには絶好の機会なのが、この「オフ」というやつなのだ。

 現場の指導者の方たちの集まりが終わって、懇親会が始まる。つまりは、気楽な「飲み会」である。

 お酒のせいか、最初は立派な建て前を語っていた先生方も、徐々に本音になりグチになり、最後は泣きが入る。

指導者が心配する内容が変わった。

 今は、指導者受難の時代のようだ。

「選手のことが4、保護者のことが5、野球のことが1。これが、今の私の“心配比率”、なんの指導者かわからへん……」

 選手へのアプローチや声かけが、パワハラ、言葉の暴力とすぐに言われそうで指導が難しいと嘆く。

 学校によっては、指導者が不埒なマネをしないか親たちが当番で見張りに来ている学校もあるという。

 私自身を振り返れば、学生時代に運動部での熾烈な10年間を経験したが、あの時培われた“打たれ強さ”がなかったら、とっくの昔にドロップアウトしていたことだろう。あの10年間、よくぞ見て見ぬふりしてくれた! と、両親には今でも感謝している。

 とはいえ、今はそんな時代でもないということなのだろうか。

厳しい指導者への教え子の気持ち。

 思い出したことがあった。先月、11月だ。

 昨年で長い指導生活を勇退したある大学野球監督の手記を制作する過程で、こんなことがあった。

 ある日、打ち合わせに監督さんのもとを訪ねたら、原稿を何枚か渡された。4年生のマネジャーが書いてきたという。

 読み始めて、その文章にぐんぐん引き込まれた。

 マネジャーとして接してきた監督さんとの4年間が実に克明に、しかし簡潔に、しかも自分の言葉で綴ってある。

「すごい文章じゃないですか……これ、監督さんが書くように言ったんですか?」と言ってフッと目を上げたら、目の前で“鬼監督”がボロボロ涙を流している。

 マネージャーさんが自発的に書いて、これを監督さんの本に載せてください! と持ってきたそうだ。その気持ちが嬉しいと、監督さんがくしゃくしゃになって泣いている。

 あまりの厳しさに、ともすれば選手たちが引いてしまう。そんな傾向もあった野球部の中から、自分で書いて、載せてくださいと持ってきた学生が現れた。

 私にとっても、嬉しい大ショックだった。

いま、指導者はビビっている。

 今の高校野球界、いや中学も、大学も、社会人野球も、ひょっとしたらプロ野球だって、今は指導者たちがひどく遠慮がちになっている。いや、叱られることを恐れずにもっとドンピシャの表現をすれば、ビビってしまっているのが実情だ。

「ビビってるぐらいでちょうどいいんですよ。そのほうが、なんにも起こりませんから……」

 そう自嘲ぎみにつぶやく指導者すらいた。

 病んでいる……野球の現場が指針を失って病んでいる。

 なんとも難しい状況になってしまっているように見えるが、いや、待て……ちょっと待てよ。本当にそうだろうか。

指導者が引いた分、選手が前へ。

 こんなふうに考えてみたらどうだろう。

 ここから先は、選手たち、球児たちによく考えてほしい。

 この状況を「チャンス」に変えてみないか、ということだ。

 指導者が教えることに遠慮がちになり、臆病になっているなら、選手たちのほうから教えを請いに行ってみたらどうだろう。今までは指導者の方から一方的に、ああだ、こうだ! とやられていた現場を、選手たちから疑問を発する声が飛び交う現場にしてみては。

 たとえば、内野手がノックを受けている。ゴロをファンブルして、今までなら「なんじゃこらー!」と「はい!」の不毛のやりとりで終わっていた現場。それをファンブルした内野手が、「すいません! 最近、バウンドの合わせ方がわからなくなっていて、教えてください!」と自分から聞いてしまう。それが当たり前の現場にしてみたら。

求めて身につけたことは忘れない。

 そもそも、二十歳近くなっても指導者から一方通行に指図され、指導され、わかってもわからなくても、ハイ! ハイ! なんて、情けない話ではないか。

 7つ、8つから野球を始めていれば、高校生なんてもう経験10年の立派な“ベテラン”である。信じるところもあれば、思うところもあるはずだ。

 自分はこう思いますが、監督さん、どう思いますか?

 そんなアプローチができる現場のほうが、居心地がよいのではないか。

 何より、人から教わったことはすぐ忘れるが、自分から求めて身につけたことは一生忘れない。そんな恩恵を受けられるのは大きいし、それ以上に、納得ずくだから健康的だろう。

 一方的に教わる現場から、自分で教えを請いに行ける現場。

指導者が一番うれしい瞬間は?

 指導者がいちばんうれしい瞬間……君たちは、それを知っているだろうか。

 勝利の瞬間……も嬉しいだろうが、

「それ以上に、選手の方から教えてくださいって言われる瞬間のほうが、ずっと嬉しいですね」

 多くの指導者の方が、口を揃えて笑顔でそう話す。指導者たちは、選手からの「教えてください!」を待っている。

 時代が変われば、そこに生きる人たちの価値観も変わる。変化が急だと、関わる人たちの戸惑いも大きく、揺れも激しい。しかし、“窮状”を逆手にとれば、選手たちと野球の現場が今までより、もっと良くなるきっかけにもできはしないか。

 がんばれ、球児たち!

 今の野球の現場の窮状を救えるのは、君たちのほうから動く力。“そこ”にあるんじゃないのか!

 君たちの力で、君たち自身が居心地の良い野球の現場を構築できる大きなチャンスが、今、やって来ている。

文=安倍昌彦

photograph by Hideki Sugiyama