「プレジデンテ(会長)はスタジアムに来ていないのでは?」

 2019年12月10日、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)のグループステージ第6節、ナポリvsヘンク戦後の話。スタディオ・サン・パオロのミックスゾーンで選手やクラブ関係者の通過を待つ記者たちの間で、そんな話題が上がった。

 アウレリオ・デラウレンティス会長の姿が見えなかったのだ。4−0で試合が終了したときにはすでにスタジアムを離れ、クラブ幹部と連れ立ってナポリ市内の高級ホテルに向かっていたのだという。

 会長の動向が注目されたのは、「アンチェロッティ監督が解任されるのではないか」という噂が立っていたからだ。CLのグループステージでは同組のリバプールをホームで破り、よほどの事故が起こらなければ突破は固い状態だった。

 ただ、問題はリーグ戦だ。8節のベローナ戦を最後にまったく勝てない大不振……。しかも14節では冨安健洋が所属するボローニャにホームで敗れ、その次もウディネーゼ相手にドロー決着。優勝戦線はおろか、CL出場権を手にできる4位からも大きく離される状態になっていた。

急転直下のアンチェロッティ解任。

 ヘンクに敗れるようなことがあれば解任は確実な状況。だが、試合は4−0で終了した。スタンドの観客から温かい拍手を贈られたアンチェロッティ監督は伊『スカイ・スポーツ』に対し「今まで私から辞任を申し出たことはなかったし、今後もない。明日、会長と会って今後について話し合う」と語っていた。

 ところが、なんとその日の夜に解任が発表されたのだ。

 アンチェロッティ監督とデラウレンティス会長の話し合いは試合後に行われ、その席で解任が通告されたという。

派閥、一部選手との確執の噂。

 謎が多かった。チームの成績が低迷してムードが悪くなると、ローカルメディアからは様々な情報が漏れる。「一部の主力選手とクラブ幹部が契約更新で折り合いがつかない」とか「アンチェロッティ監督と一部選手に確執がある」とか、はたまた「指揮官の指導に対して選手間で温度差があり、派閥に分かれている」とか。

 急きょ合宿を実施すると、選手がボイコットするという事態にまで陥った。そしてクラブが「相互に尊重は不変」と発表しながらも、アンチェロッティ解任に至ったのだ。

 ナポリの地元紙『イル・マッティーノ』によれば、指揮官からは「本当に解任でいいのか」という問題提起が何度となくされていたという。しかしヘンク戦後の勝利でも結論は変わらず、タイトルを期待された名将は就任から約1年半で解任となった。

 錯綜する情報のなか、何が真実なのか外からは見えにくい。しかし確かなのはリーグ戦の成績が低迷していることと、環境が落ち着いていないということだ。

監督としてのキャリアは逆風続き。

 翌11日、電撃解任の収拾役としてナポリが呼んだのは、あの“闘犬”ジェンナーロ・ガットゥーゾだった。泥臭い守備でミランに数々のタイトルをもたらしたドイツW杯優勝メンバーは、揺れ動くクラブの立て直しを委ねられた。

 41歳。現役時代のイメージがいまも強く残るが、シオン(スイス)時代にプレイング・マネージャーを務めたことを皮切りに、指導者となって6年が経過している。昨季まではミランを率い、チームを5位でフィニッシュさせていた(UEFAファイナンシャル・フェアプレーによる処分のためEL出場権は剥奪)。

 しかしながらそのキャリアは風変わり。どういう因果か、就任したクラブはことごとく何がしか大きな問題を抱えるところばかりだったのだ。

 本格的なキャリアの開始は'14年のパレルモ(当時セリエB)だ。激情家として知られたマウリツィオ・ザンパリーニ会長(当時)からは、試合のフォーメーションの相談のため真夜中に電話がかかってくるという信じがたい環境。軋轢に苦しんだ挙句短期間で解任された。

 その後ギリシャのクレタへ移ったが、4年間にわたって赤字を抱え込んだクラブの経営状況がひどく、選手たちへの給料は未払い。チームを形にしようとし、時には選手の給料をポケットマネーで肩代わりした。

問題を抱えたチームをまとめる男。

 2015年に就任したピサは、もっと酷かった。3部からセリエBまで昇格させたはいいが、クラブ会長が経営する関連会社に計画倒産の疑いが湧き上がり、その影響でクラブ経営が停止。一度辞任するが、運転資金の捻出までままならなくなったクラブを見るに見かねて監督復帰。強化まで面倒を見て、次の経営者が現れるまでなんとか延命させた。

 つまり彼は、問題を抱えるチームを支えるスペシャリストなのである。

 ミラン時代もそうだった。就任当時は野放図な補強の影響でチームがバラバラになり、ビンチェンツォ・モンテッラ監督を解任したような状況。そんなチームを1つにまとめた。チームに規律をもたらし、フィットしていなかったトルコ代表ハカン・チャルハノールらをはじめとした選手たちを蘇らせた。

 しかも、単に精神論を説いただけではない。固い組織守備と縦へのショートカウンターを軸にしたサッカーで、チームを一体感のある組織にすることができた。

 そして新天地となるナポリでも、やはり問題を抱えた状態での就任となったわけだ。

“父親”カルロからの言葉を胸に。

 就任記者会見でガットゥーゾ監督は「サッカーにおける父親」と称するアンチェロッティと電話で話したことを明かし、ナポリがチームとして抱える問題について以下のように語った。

「ディフェンスラインやボールのつなぎなどには向上の余地がある。それ以外のことは、カルロさんから語ってもらった。それは自分のなかにとどめる」

 しかし、第16節パルマ戦でチームの現実に直面することになる。

 4分、守備の重鎮カリドゥ・クリバリーが、後ろのスペースに流れたなんでもないボールの処理をミス。これをデヤン・クルセフスキに奪われてゴールまで持っていかれた。

 ゴールを決められたうえにクリバリーは故障退場に。エースのロレンツォ・インシーニェはチャンスの山を築くが、フィニッシュワークがことごとく雑。64分にアルカディウシュ・ミリクがようやくゴールを決めるが、アディショナルタイムに速攻からジェルビーニョに追加点を許し、1-2で敗れた。

 まさに今季の縮図のような展開。守備の際は4人がフラットに並ぶ4-4-2から4-3-3にシステムを変えて挑んだが、問題解決には至らなかった。

不運を乗り越え2カ月ぶりの勝利。

「精神面で問題があり、困難な局面だ。不運だったとは思わない。自分たちに落ち度があったから負けた。プレッシャーのかかる場面でどうプレーをするかという点について、もっとトレーニングを積んでいかなければならない」

 新監督は、試合後の記者会見で厳しい言葉を述べた。

 17節のサッスオーロ戦は、もっと大変なことになる。高い位置からプレスを掛けたのち、効率的に相手のスペースを陣取るパスサッカーを仕掛けてきた相手に防戦一方。選手個々のテクニックが高く攻撃的なナポリがやりたかったサッカーを、簡単にやられた挙句に、19歳のハメド・ジュニオール・トラオレにゴールを決められる最悪の前半となった。

 もっとも、そこからナポリは踏ん張った。

 GKアレックス・メレトが好セーブを連発して試合の均衡をギリギリ保つと、57分にアランがブラジル人らしい華麗な足技からシュートを決めて同点に追いつく。

 ここでガットゥーゾ監督は調子の上がらなかったファビアン・ルイスを下げ、エリフ・エルマスを投入。そして終了間際にCKを得ると、その彼が相手選手にプレッシャーをかけ、オウンゴールを誘った。地獄の展開から逆転勝利。ナポリにとってはリーグ戦で9戦ぶり、およそ2カ月ぶりの勝ち点3だった。

「選手の魂に訴えていきたい」

「(就任してから)10日間、自分についてきてくれた選手たちを讃えたい」

 試合後に選手たちの健闘に感謝したガットゥーゾ監督は、こう言葉を続けた。「今後も選手たちの魂に訴えていきたい。私はこうやってチームを鍛えていく方法しか知らない」と改めて指導方針を口にした。

 選手時代は泥臭く体を張って数々の栄冠を勝ち取り、指導者としては困難に直面する様々なチームを支えた“闘犬”は、悩める強豪から自信と闘志を引き出そうとしている。

文=神尾光臣

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