野球記録ファンからすれば、令和元年も「お酒が進む年」だった。今年も様々な記録が達成されたが、個人的にピピッときた記録を紹介したい。

【安打に徹底的にこだわったイチロー】

 何といっても最大の話題は「イチローの引退」だろう。この偉大なアスリートの伝説の最終章が書き終えられたことは、感慨深い。

 イチローがNPBデビューした1992年は、平成4年。まだ昭和のスラッガー門田博光が44歳で現役だった。ここから営々と試合に出続けて28年である。

 イチローが樹立した記録は数多いが、エポックは「MLB通算3000安打」だろう。達成したのは2016年8月7日。私は前日、取材で川淵三郎さんにお目にかかったが、川淵さんは開口一番「今日はイチロー、打った?」と言ったほどだった。

イチローは21世紀で最も安打を狙った。

 そんなイチローの「らしさ」を象徴するのが2004年「シーズン最多安打」だ。

<MLBのシーズン最多安打5傑(MLB公式サイトから)>
1 イチロー262安打/2004年

2 G.シスラー257安打/1920年
3 L.オドゥール254安打/1929年
3 B.テリー254安打/1930年
5 A.シモンズ253安打/1925年

 すごいのは2位以下の記録がすべて1930年以前、ベーブ・ルースが活躍していた時代だということだ。この記録を21世紀以降に限定するとこうなる。

1 イチロー262安打/2004年
2 イチロー242安打/2001年
3 イチロー238安打/2007年
4 イチロー225安打/2009年

4 アルトゥーベ225安打/2014年

 アルトゥーべが4位に割り込んでいるが、6位も2006年、224安打のイチロー。まさに「イチロー祭り」。つまりイチローは「今世紀、安打を打つことに最もモチベーションを燃やした男」だといえる。

 セイバーメトリクスの考えが普及した今のMLBは、安打と四球は“同価値”とされる。ここまで安打にこだわる打者はもう出ないかもしれない。

NPBでも輝かしい生涯打率と盗塁数。

【イチローの「惜しい記録」】

 このコラムでも紹介したが、イチローはNPBでは「惜しい記録」を残したまま引退した。日本における生涯打率だ。

 NPB公式サイトの「打率」ランキングは「4000打数」で線引きしている。このために3619打数のイチローは入ってこない。繰り返しになるが、本来は「4000打席」で区切るべきだろう。

 イチロー引退に際し、改めて現時点での「4000打席」での打率5傑を載せておく。

1 イチロー.353
(4098打席3619打数1278安打)

2 青木宣親.326
(5563打席4884打数1591安打)
3 Rローズ.325
(4525打席3929打数1275安打)
4 Lリー.320
(5485打席4934打数1579安打)
5 若松勉.319
(7590打席6808打数2173安打)

 イチローの傑出した数字が、NPBの公式サイトに掲載されないのは実に残念である。

通算199盗塁、成功率はなんと……。

 イチローのNPB記録ではもう1つ「惜しい!」がある。通算盗塁数だ。イチローのNPBにおける盗塁数は「199」で終わっているのだ。

<NPBの200盗塁以上の盗塁成功率>

1 西川遥輝.866
(245盗塁38盗塁死)
2 荻野貴司.845
(201盗塁37盗塁死)
3 鈴木尚広.8290
(228盗塁47盗塁死)
4 広瀬叔功.8289
(596盗塁123盗塁死)
5 松井稼頭央.819
(363盗塁80盗塁死)

※イチロー.858(199盗塁33盗塁死)

 この間のコラムにも書いたが、近年「盗塁成功率」に対する意識が高まり、「成功率が高い選手だけが走る」傾向が強い。盗塁成功率の記録は長らく広瀬叔功が圧倒的な数字で君臨していたが、近年どんどん数字が更新されている。

 イチローは「あと1つ」盗塁をしていたら、現役の西川に次ぐ2位になっていたのだ。

あと「1」で引退した2人の名選手。

【むしろ爽やかなあと「1」での引退】

 あと「1」つながりで、他の選手の話題。あと「1」でマイルストーン(節目の記録)到達を目前に、日米の名選手が引退した。

イアン・キンズラー 1999安打
田中賢介 1499安打

 キンズラーはレンジャーズ、タイガースでプレーし、昨年はエンゼルスで大谷翔平のチームメイトに、初本塁打の時に「サイレント・トリートメント」を主導したと言われる男は、MLB史上288人目の2000安打を目前に引退を表明した。

 日本ハムのチームリーダーで、これまた大谷翔平のチームメイトだった田中賢介もNPB127人目の1500安打に1本足りない1499本で引退。田中は昨年末に今シーズン限りでの引退を表明していたが、控え野手としていい仕事をした。

 そして最後まで1500本を目指してプレーしたが、果たせなかった。なお田中はサンフランシスコ・ジャイアンツで8安打しているので日米通算なら1507安打となる。

 かなり無理をして大台をクリアする選手が多い昨今、2人の「あと1本での引退」は、むしろ爽やかではござらぬか、ご同役。

史上最高の満塁男・おかわり君。

【「満塁おかわり男」中村剛也】

 このコラムでは西武の中村剛也をたびたび取り上げている。中村は今季2015年以来の打点王に輝いた。遠目から見れば見分けがつかない体型の山川穂高が売り出す中、「負けるか!」と思っているのだろうが、今季はなんとグランドスラムを4発も打った。

<NPB通算満塁本塁打5傑>
1 中村剛也 20本/1664試合
2 王貞治 15本/2831試合
3 藤井康雄 14本/1641試合
3 中村紀洋 14本/2267試合
5 小久保裕紀 13本/2057試合
5 江藤智 13本/1834試合
5 駒田徳広 13本/2063試合
5 井口資仁 13本/1915試合

 試合数が1000試合以上も多い王貞治よりも5本も多い。シーズン満塁本塁打4発は、1950年の中日、西沢道夫の5本塁打に次ぐ2位タイだが、中村は2015年にも4発打っている。史上最高の「満塁男」だろう。

打てる森、走れる梅野……捕手新時代。

【「打てる捕手」が目立ったシーズン】

 今季は「捕手の打撃」が目立った年だった。どうしても「専守防衛」のイメージが強いポジションだが、それだけに「打てる捕手」がいると打線の「穴」が埋まり、チームは強くなる。

 西武の森友哉が捕手を務めながら打率.329で首位打者に。これは野村克也(南海、1965年)、古田敦也(ヤクルト、1991年)、阿部慎之助(巨人、2012年)に続く史上4人目。パ・リーグ捕手では野村以来、54年ぶりの快挙だ。

 打撃の良い捕手は、アマチュアにはたくさんいる。しかしプロ入りすると「守備に難がある」あるいは「打撃に専念させる」ために他のポジションに転向する選手が多い。

 当代でもプレミア12にて選球眼で注目された近藤健介(日本ハム)、10代の本塁打記録を破った村上宗隆(ヤクルト)、安打製造機の銀次(楽天)などが「元捕手組」だ。森もプロ入り後はDHや外野に転向した時期もあった。ただ辻発彦監督になってから捕手に戻り、今季は128試合でマスクを被り投手をリードするとともに、打者としてもタイトルを獲得した。

 阪神の梅野隆太郎は4月9日、甲子園でのDeNA戦でサイクル安打を達成した。捕手としては門前真佐人(大洋/1950年6月27日、中日戦)、田村藤夫(日本ハム/1989年10月1日、ダイエー戦)、細川亨(西武 2004年4月4日、日本ハム戦)に次ぐ史上4人目。捕手は一般に鈍足とされ、三塁打がほとんど出ない。このために捕手のサイクル安打はレアだとされる。

 梅野は今季、3本も三塁打を打っている。さらに14盗塁。捕手で2ケタ盗塁は2009年の阪神の先輩、狩野恵輔の10盗塁以来である。

 球史を紐解けば「俊足の捕手」は結構いた。鈍足の代名詞(失礼)のような野村克也でも2桁盗塁を3回も記録している。

「捕手だから打たなくてもいい、走らなくてもいい」はあまりにも偏狭な了見だ。野球を意外性に満ちた面白いものにするためにも、捕手は打撃も走塁も頑張ってほしい。

引退・上原は40代でも制球力抜群。

【40歳を過ぎてもすごかった上原浩治】

 投手では、上原浩治の引退が記録史上でも大きな話題だった。

 上原は、おそらくNPB史上最もコントロールが良い投手だった。NPBで9イニングあたりの与四球数(BB/9)が1.20で史上1位だったことはすでに紹介したが、上原は「老いてなお盛ん」な投手だった。40歳以降のMLBでの投手成績は、以下の通り。

142試合7勝11敗34セーブ32ホールド
130.1回、防御率3.25 160奪三振32与四球
BB9=2.21、K/9(9回あたりの奪三振数)=11.05

 すでに上原はこの時期、速球でも140km出るか出ないか。最速171kmの速球王ヤンキースのアロルディス・チャプマンのスライダーや、チェンジアップより遅かった。

 しかし上原は、イニング数を大きく上回る三振を奪った。投げるたびにコースが微妙に変わるスプリッターに錚々たるMLB打者は手を焼いた。

 実質的な最終年となった2018年、上原は巨人で34.2回を投げて24奪三振、さすがに三振数は衰えたが与四球はわずか5。「めったに歩かせない」抜群の制球力は最後まで衰えなかった。

ジョンソン、宮西、五十嵐は中継ぎの鑑。

【阪神ジョンソン、1年限定の超快投】

 奪三振つながりでいえば、今年最もキレッキレの投球を見せたのは、阪神のこの投手だった。

<2019年NPBで50イニング以上投げた投手のK9、5傑>
1 ジョンソン(神)13.98
(58.2回91奪三振)

2 松井裕樹(楽)13.84
(69.2回107奪三振)
3 藤川球児(神)13.34
(56回83奪三振)
4 モイネロ(ソ)13.05
(59.1回86奪三振)
5 石川直也(日)12.43
(54.1回75奪三振)

 どの記録もすごいが、ジョンソンは58試合に投げて失点した試合はわずかに8試合。あとの50試合は完璧におさえた。そしてアウトの51.7%を三振でとったのだ。おそらくこの投手がマウンドに上がると相手打線には半ば諦めムードが漂ったはずだ。

 このジョンソンと藤川の組み合わせは往時の「JFK」以来最高の「勝利の方程式」だったと思う。

 元巨人マイコラスの成功以来、MLBはNPBの外国人投手に注目している。1シーズンでアメリカに帰ってしまったが、ジョンソンは記録にも記憶にも残る活躍をした。

【現代の鉄人、宮西と五十嵐】

 今年のNPBでの大記録といえば、日本ハム、宮西尚生の「300ホールド」だ。2018年限りで引退した巨人、山口鉄也の273ホールドを昨年抜き、今季は2年連続の最多ホールドとなる「43」を記録。あとは一人旅で記録を伸ばしていく。

 宮西は2008年にプロ入りして以来12年連続で50試合以上登板。毎年同じような成績を上げている。救援投手は「怪我、故障のリスク」との戦いだ。ほとんどの投手が登板過多で潰れていく中で、宮西は何事もなかったかのように投げ続けている。これこそ「鉄人」ではないか。

 今季終了時点で684試合に投げているが、宮西は一度も先発のマウンドに立っていない。根っからの救援投手だ。これもすごいことだ。

 この記録で宮西の上を行く投手がただ1人。今季からヤクルトに復帰した五十嵐亮太だ。五十嵐は1999年のデビュー以来、MLBでの3シーズンを挟んで822試合に投げているがすべて救援。松坂世代の1歳上、来季は41歳になるが、彼も鉄人だと言えよう。

 ここ近年の投手の記録は、どうしても救援投手が中心になる。それは仕方がないところだろう。

 とはいえ来季はヤクルトに奥川恭伸、ロッテに佐々木朗希と本格派の先発投手が入団する。すぐには無理だとしても、近い将来、すごい記録を作ってくれることに期待しよう。

文=広尾晃

photograph by Naoya Sanuki