2019年10月にNumberWebにて配信した『セリエA ダイレクト・レポート』の「脅迫、暴行、報復上等の半グレ集団。ウルトラスの実態を潜入記者が語る。」は、イタリアサッカーの暗部に迫る記事として、「もっと多くのエピソードを読みたい」など多くの反響を受けた。

 そこで新春特別企画として、潜入取材した弓削高志さんが体験した生々しい実態を、全5回にわたってお送りする。第1回は中村俊輔が所属した南イタリア・レッジーナのゴール裏へ足を運んだ際の衝撃について――。

『ボルゲッティ』という珈琲リキュールを見るたびに、僕はスタジアムのゴール裏スタンドを思い出す。

「クルバ」と呼ばれるゴール裏へ行くときには、いつもアルコール25度のそれを2杯呷ってから行くことにしていた。

 過激派サポーター「ウルトラス」の住み処に踏み入ろうとするなら、頭と体を“戦闘態勢”にしていく必要があった。とても素面ではやっていられない。

 イタリアのゴール裏とはそういうところだ。

「クルバに来たい? 本気なのか」

「おまえ、クルバに来たいのか。本気なのか」

 中村俊輔がセリエAのレッジーナというクラブに移籍した2002-03シーズン、僕は本拠地のレッジョ・カラブリアという町に住みついた。地元の市役所で日本人観光客向けの広報ボランティアとして働いていた。

 広報局の同僚にペッペという名の巨漢がいた。本職は地元紙の記者だが、市の広報局にも籍を置いていた。

 朝の定時からたっぷり2時間遅れる“部長出勤”がペッペの常で、煙草をせがまれながら話し込むうちに、二日酔いの彼が町のウルトラス最大勢力「ボーイズ」の中枢メンバーで、ゴール裏にもかなり顔が利くことを知った。

 ピンとくるものがあり、ウルトラスのリーダーを紹介してほしいと頼み込んだ。

「ゴール裏スタンドの最前列ゾーンの只中に混じりたい」と言うと「本気なんだな」とペッペは念押ししてきた。

 クルバが、一見の観光客はおろか堅気の地元民でも近寄れない場所であることぐらいは承知していた。

 だが、そこに潜り込むことを、当時の僕は“本場の発煙筒を間近で見るチャンスだ”程度にしか考えていなかった。

発煙筒がセメント壁や塀の陰に……。

 バシュッ!

 長さ20cmほどの発煙筒は、マッチのようにコンクリートの壁に擦り付けられると一瞬の炸裂音とともに着火し、火花をまき散らしながら凄まじい量の煙を吐き出した。

 セリエAのゴール裏スタンドには、派手な横断幕や応援チャントとともに、白や赤、緑のカラフルな火花や煙が付き物だ。TVで観たことのある人も多いだろう。

 発煙筒はクルバの“華”だ。

 レッジーナのホームスタジアム「オレステ・グラニッロ」の南側ゴール裏にも、試合ごとにそれが百本単位で運び込まれ、セメント壁や塀の陰に巧妙に隠されていた。

「ナカムラがいるならいてもいいな」

 あるホームゲームの日。ペッペと落ち合った僕は試合前に"ゴール裏の裏"へ連れて行かれ、そこで「ボーイズ」の幹部たちに顔通しをされた。

「こいつ、ちっとは気合い入ってるみてぇだから、面倒みてやってくんねぇか」と紹介された僕を、チーチョと名乗る、強面のスキンヘッドが睨んできた。

「おう、おまえ……名は?」

 チーチョは副リーダーだった。つるりとした頭に無数の傷跡があった。

「タカシ」と名乗ると、彼はそれを聞くなり「ガハハ!」と笑い出した。

 偶然だが、僕の名が地元レッジョの方言風に「ンタカッシャ(=棺おけの中)」と聞こえたらしい。

「おまえはクルバに死にに来たのか。レッジーナにナカムラがいるなら、俺たちのなかに日本人がいてもいいな。イタリア中のウルトラスでもうちだけだろう。よし、ンタカッシャ、俺たち最前列の真後ろについて来い」

 いくつかチームのチャントを事前に覚えていったことも幸いした。こうして、僕はウルトラスの一員になった。

興奮のあまり、つかみ合いや殴り合い。

 クルバでの応援は否応なしに熱が入る。

 危ないのは、レッジーナが失点したときより、ゴールを決めたときの方だ。

 前後左右上下にぎゅうぎゅう詰めの立ち見客2000人が、瞬間沸騰する。興奮のあまり、つかみ合いや殴り合いが起きる。

 少しでも怯んだり、踏ん張る四肢から力を抜いたりすれば、押し倒されて堅いセメント床とのキスが待っている。だから、体をぶつけて押し返せない人間に、クルバでの観戦は勧められたものじゃない。

 すぐに眼鏡をあきらめてコンタクトにした。試合中は常に"上"に注意することも覚えた。発煙筒だったり、ペットじゃないボトルだったり、あるときは人間そのものだったり、危険物は必ず上から降ってきた。

 最前列ゾーンにいることを許される、ということは、コールリーダーの指示を受けて率先して声を出し、手を叩き、試合の間中腕を振り上げ続けることを意味した。

 クルバ全体を仕切っていたのは「ボーイズ」のリーダーで、カルミネという名の男だった。

 グラウンドとゴール裏スタンドを隔てる、高さ2.5mほどの強化ポリカーボネート製の透明フェンスの上に備え付けた、小さな足場に立ちながら拡声器片手にいつもがなり立てていた。古参新参分け隔てなく声を出さない者を容赦なく怒鳴りつけながら、レッジーナを叱咤し、対戦相手を呪う野次を煽り続けた。

 サッカーの試合を観るだけのはずなのに、クルバに行くといつも体も頭もヘトヘトに消耗した。少しでも冷静な思考を持っている人間なら、1回で懲り懲りだと言うにちがいない。

 だが、僕は見たかったのだ。

 いつも画面越しでしか見られなかった、炎と煙を自分の手のなかに。

ユーベに勝った1カ月後の試合。

 2004年12月12日。ホームでのカリアリ戦だった。

 雨模様の薄闇のなかで、レッジーナが3−2で逆転勝ちした試合だ。

 中村俊輔のセリエA挑戦3年目、監督にワルテル・マッツァーリ(現トリノ)を迎えたこのシーズン、レッジーナは随所で勝負強さを発揮していた。

 わずか1カ月前には、信じられないことにFWイブラヒモビッチやFWデルピエーロ、DFカンナバーロにMFネドベドが揃っていた怪物軍団ユベントスを相手に、ホームで2−1の勝利を収めてもいた。

 だから、冬の雨が降ろうが寒風が吹きつけようが「グラニッロ」のゴール裏は奮い立っていた。

30cmの100連装ロケット花火が!

 チャントと怒声に無我夢中で声をからしていた後半、ほんの数m先に置かれた箱に目が止まった。大人でも一抱えありそうな箱の中身を理解した瞬間、血の気が引いた。

 高さ30cmの100連装ロケット花火がスタンド最前列と並行にほぼ等間隔で5つ並べられていた。それはもはや花火というより、爆薬の塊だった。

 一体どうやったら、連中はこんな物騒なものを用意できるんだ?!

アングラ応援用品が揃う違法サイト。

 発煙筒、大小のフラッグ、巨大横断幕……etc。あらゆる応援用品が揃うアングラ違法サイトが調達先だった。当時、アマゾン・イタリアはまだなかった。

 違法サイトは、およそ応援に関するものなら何でも売っていた。

 色とりどりの各種バルーンや楽器類はもちろん、単価50円もしないナイロン製小旗から巨大なスタンド全面を覆いつくすためのフィルム片7万5千枚セット(総額約350万円)まで、取り扱っていない商品はないのではないか、という充実ぶりで、特に火薬関連商品は色も形も燃焼力も選り取り見取りだった。

 最も安価でポピュラーな発煙筒は1本2.7ユーロ(約325円)で、全9色から選べる。製造元によれば煙の持続時間は60秒間だったが、実際にはまちまちだった。

「アウェー」という商品名で缶状のものは、針金の先についたリングを一気に引っ張ると、狂った濁流のように勢いよく濃煙が噴き出す。いささか強力な色付きバルサンだと思ってもらえればいい。

 つまり、人間が吸い込めば鼻や喉に深刻なダメージを負う。

 他にも、南米発祥で45秒間断続的に閃光を発する特殊型「ストロボ」や、本来海難事故の救援要請用に使われるはずのプロ仕様品も、ゴール裏では珍しくなかった。

“ようやく合法化に成功!”

“一般客への攻撃を目的とするグループにはお売りできません”

 果たしてどれだけの人間が、これらのキャッチコピーや商品説明文を“スポーツ観戦の応援グッズ向け”だと認識できるだろうか。

 イタリアのゴール裏は、文字通り「火薬のデパート」状態だった。

着火係がタイミングを誤って……。

 バンッ! んがあああッ!

 点火された100連発ロケット花火が、連続する炸裂音とほとばしる火花とともに恐ろしいスピードで曇天に向かって放たれていった。そして、鈍い爆発音と呻き声が上がった。

 これだけ大量の火薬への点火作業には慎重を期する。慣れていたはずの着火係だが、作業を続けるうちにタイミングを誤り手元が狂った。暴発の衝撃で裂けた彼の両手が、血で染まっていた。

 大量の煙と煤以外に色のない視界のなかで鼻と口を覆いながら、ウルトラスの仲間たちが血だらけになった着火係をさも馴れた動きで粛々と運び出していった。この程度で大騒ぎするんじゃねぇ、とでも言わんばかりに。

 試合は終盤に入り、76分にデローザというDFが勝ち越しゴールを決めると、クルバ全体を野太い雄叫びと肉体のぶつかり合う鈍い音が包んだ。ヒリヒリと喉を痛めつける大量の煙と、人いきれから上がる湯気が白い。質量がないはずの火花でも、打たれれば熱さより痛さを感じることを僕はその日、知った。

 使い捨ての横断幕に火が燃え移り、フェンスを越える勢いで火柱が上がった。薄闇を照らす冬空の業火を見て、周りの男たちはボルテージを上げている。

 いったい何が、彼らをここまでさせるんだろう。

 ウルトラスは、何のためにサッカーの応援をしているんだろう。

 ゴール裏の現場に来てみれば、何かしらウルトラスの実態がわかるかと思っていたが、かえってわからないことが増えるばかりだった。

警備員は、誰ひとりいなかった。

 試合が終わっても呆然としたまま、しばらく動けなかった。

 周りを見渡し、あることに気づく。メインスタンドやバックスタンドには数十人近く配置されているスチュワード(警備員)が、クルバには誰ひとりいなかった。危険すぎてなり手がいないことを察するのに、さほど時間はかからなかった。端的に言えば、そこは無法地帯だった。

「新入りってのはおまえか」

 顔通しのときにはいなかったリーダー、カルミネが声をかけてきた。レッジーナが勝って気分は上々だ。

「港のそばのリヴェルタ広場わかるか? 俺たちの本部、あそこにあるからよ。今度、顔出せよ」

 誘いは歯並びの悪い笑顔だった。

(6日配信の第2回に続く)

文=弓削高志

photograph by Takashi Yuge