全国高校サッカー選手権に足を運ぶ楽しみ――。

 卒業後にプロの道へ進む有望株のプレーぶりや、伝統校や名将が貫くスタイル、新春から応援席に駆けつける応援団の郷土愛。それこそ色々あるが、個人的には独自の取り組みをしている学校が興味深かったりする。

 学校の立地上ピッチが狭かったり、豪雪地帯でピッチが使えなかったりというハンディを逆手にとって、狭い局面でも崩しきるスタイルを磨くチームがその代表例だが、今大会で興味を惹かれたのは、愛媛県代表の初出場校・今治東である。

 同校は「初めての今治地域の県代表」となった。これまで愛媛県と言えば南宇和、松山市内の高校、そして新居浜工などが常連の中で、今治市内の高校はその中に割って入れなかった。その壁を中高一貫の公立校である今治東が打ち破ったのだ。

 彼らが初めて選手権にたどり着けた要因。そこには間違いなく「FC今治」の存在がある。

市内の高校に巡回するFC今治。

 2020年からJ3に昇格するFC今治は、ある画期的な試みをしている。今治東をはじめとした今治市内にある全ての高校に、クラブのコーチ陣が巡回指導にあたっているのだ。それもあって、今治東の選手権初戦となった1月2日の2回戦・山形中央戦には、同クラブのオーナーを務める岡田武史氏が駆けつけ、応援団の一角の中で試合を見守っていたのだから、熱の入り方が分かる。

 その初戦、今治東はキックオフ直後こそ明らかに動きが堅かったが、高瀬太聖の巧みなターンからのゴールで先制すると徐々に落ち着きを取り戻す。

 GKを含めてしっかりとボールを動かそうとする姿勢、ボールを奪われた直後に奪い返しに行く切り替えの速さ……近年のサッカーの流行がしっかりと取り入れられていた。

 今治東が2−0で初出場初勝利を飾った試合後、岡田氏は囲み取材に応じた。やはり「そこには岡田氏の提唱するメソッドが注入されているのか?」という質問が飛んだ。

「もちろん。ただ谷さん(谷謙吾監督)が判断していて、谷さんのメソッドでやっておられる。俺らがやっているみたいに勘違いされると申し訳ないんだけどね」

 ……この言葉を聞いていなければ、「岡田メソッド」というキャッチーな表現を何の気なしに使うところだった。

 それではまずいと思い、岡田氏が「今治モデル」と表現する育成方針を実際に経験した今治東の監督、選手にも話を聞くことにした。

育成で大切な「サポートと1対1」。

 まずは過去4度の選手権出場経験のある谷監督だ。

「(岡田氏が観戦に訪れたことについて)スタンドからプレッシャーを感じました(笑)。でも本当にありがたいです。岡田さんからは我がチームのように(今治東を)見てもらっていますから。我々はそれに応えるべくやっていますので。

 巡回コーチから共有されている部分は基本的なところですが、育成年代の特に大事にしている攻撃面でのサポート、守備面では特に1対1といったところは伝えていただいてますね。人としてもサッカー選手としても身につけていく事が彼らの将来につながるし、それで育った子がゆくゆくはFC今治で活躍するために我々も育成しているので」

 市内全域に渡る取り組みの中で「ちゃんとやれるようになっていますね」と谷監督が名前を挙げたキャプテンの大谷一真は、夏休みに貴重な経験をしている。FC今治のトップチームの練習に加わっていたのだ。

 そこではカマタマーレ讃岐(J3)とのトレーニングマッチに出る経験も積み、何よりFC今治に在籍する駒野友一、橋本英郎という名選手の一挙手一投足を見つめることができたのだ。

元日本代表のプレーと姿勢を見て。

「ミニゲームで駒野さんが相手チームのサイドバックをやっていた時のことです。フォワードが走り込んでくるスピードに対してドンピシャのクロスをあげてきて、失点を喫したんです。自分がマークせず、たった1秒でもスキを見せると、そこを狙ってくる。本当のトップの選手だと味わったし、そういった経験を全国大会に繋げられたと思います。

 サッカーの部分だけじゃなくて、FC今治のロッカールームでも、駒野さんや橋本さんは違いました。ストレッチや水分の取り方の1つひとつに気を使っていて、どうすれば自分がベストの状態でやれるかっていうのをわかっていました。トップチームの練習にはぼくのほかに長井(季也)と岡本(航汰)が参加したんですが、(今治東の)キャプテンとして伝えていくことが僕の仕事でもあったんです」

 ちなみに大谷は選手権出場を決めて以降、橋本から“選手権のような短期決戦を戦うためには、ベンチメンバーとメンバー外を含めたまとまりが一番大事”とアドバイスを受けたという。これもなかなか経験できることではない。

 プロの道を目指す強豪校の選手がJリーグクラブの練習に参加するという話は聞くが、今治東は「普通の公立校」である。そんな彼らが日本代表やJリーグで実績を残した駒野や橋本のプレーや行動に直接触れることができる。なんとも夢みたいな話である。

 また選手権前のトレーニングでは、FC今治の下部組織が対戦相手のシミュレーションをするのに、相手役を買って出てくれたのだという。そんなクラブと学校間の連携は、これまで選手権の取材に訪れた中でも、なかなか聞いたことがない。

今治東が得た満足感と目標。

 今治市の人口は約15万8000人。10年前までは決してサッカーどころとは言えなかった地域に、サッカーが浸透していること自体とても意義あることだ。

 それとともに岡田氏が「FC今治のユースが強くなったといっても全国から今治になかなか人は来てくれないけど、全国選手権で今治の高校が強くなってくれれば、若者が集まってくれる可能性がある。それほどのインパクトがあるからね」と語ったように、今もなおJユースの大会よりも大きく注目される「選手権」で勝つことが、いち地方のサッカー熱を上げるためには必要なことなのだろう。

 翌日に行われた選手権3回戦、今治東は静岡学園相手に0−2で敗れ、ベスト8進出はならなかった。

 最終的に全国屈指の強豪との決定力の差を露呈し、後半には個人技術の差が出てややファールが増えた面は否めない。それでも今治東はボールを辛抱強くつなごうとし、前半と後半終盤には何度か惜しいシーンを作っていた。「本当に楽しかったです。静学さん相手にもこれだけできるんだ、というのを見せられました」と試合後に口にした谷監督の笑顔には本音が見て取れた。それは選手たちも同じだろう。

「今治全体で強くなろう、その思いで戦えてよかったです。個人としては選手権に出たことで、プロになれたらという目標ができました。大学に行ってサッカーを続けるとともに、地元に支えてもらったので、最終的にはそこ(FC今治)に入れるように頑張りたいなと思います」

 大谷の満足感と新たな目標に、今治市全体が今回の選手権で得た収穫が集約されている気がした。

文=茂野聡士

photograph by Satoshi Shigeno