プレミアリーグの後半戦は、イングランド北西部のマージーサイドから目が離せない。

 ビートルズで有名な「マージービート」発祥の地では、リバプールが軽快にリーグ首位を独走中。ユルゲン・クロップ率いる昨季CL王者は、年始の21節(リバプールは20戦目)終了時点で後続を13ポイント以上も引き離し、国内での戴冠を阻む敵は「自滅」しか考えられない状態だ。

 取りこぼしも考え難いほどの完成度を見せるクロップのリバプールは、無敗のまま30年ぶりのリーグ優勝を成し遂げる可能性もある。加えて、日本人のプレミアファンには南野拓実の存在が特に嬉しいところだろう。

 元日に正式加入した日本代表FWは移籍5日目の1月5日、FAカップ3回戦で実現したホームでのマージーサイド・ダービーで、及第点以上のデビューを果たした。

意外だったアンチェロッティ就任。

 対戦相手のエバートンは昨年末、かのカルロ・アンチェロッティと4年半契約を結んだ。60歳のイタリア人指揮官はクロップより世代は1つ上だが、同じ現役の大物監督。クラブの垣根を越えて愛される。よりイングランド風に言えば「他チームのファンも嫌いになれない」好人物として知られている。

 その点はクロップも同様。つまりマージーサイドでは、実力者としても人格者としても人気の両監督が、同じ市内で指揮を執ることになった。

 ただし、アンチェロッティ新体制が始まったばかりのチームと、クロップ体制5年目のチームには共通点が見当たらない。

 飛ぶ鳥を落とすような勢いのリバプールに対して、監督交代前のエバートンはマルコ・シウバ体制下で降格圏まで4ポイントの15位に落ちていた。それだけに後任としてのビッグネーム登場は意外に思われた。

 3度のCL優勝を含み、主要タイトル計15冠を誇るアンチェロッティは祖国でナポリの監督を追われたばかりだったとはいえ、ビッグクラブの監督を歴任してきた人物である。

エバートンはかつて強豪だったが。

 当人が就任要請に応じた理由のひとつとして挙げているように、エバートンにも強豪としての歴史はある。だが、それは1980年代までの話。最後のリーグ優勝からは33年、FAカップ優勝によるラストタイトルからは25年、プレミアでの前回トップ4入りからも15年が過ぎている。

 今世紀に入りアンチェロッティがミラン、チェルシー、パリSG、レアル・マドリー、バイエルン、ナポリを渡り歩く間、エバートンはプレストン(モイーズ)、ウィガン(マルティネス)、サウサンプトン(クーマン)、クリスタルパレス(アラーダイス)、ワトフォード(シウバ)から監督を招いてきた。

 そんな中、いきなりアンチェロッティほどの経歴の持ち主が指揮を執ることになれば、エバートンが「金で釣った」と世間で見られるのもムリはない。実際、推定1150万ポンド(約16億円)とされる年俸は、前任地の2倍増以上。高給で知られるプレミア監督陣のなかでもペップ・グアルディオラ、ジョゼ・モウリーニョ、クロップに続いて、トップ4入りを果たせる規模にある。

 その反面、引き継いだチームの戦力がトップ6争いさえ難しいレベルである事実は、新監督も認識しているに違いない。

 ただしこの就任に際してはヨーロッパカップ戦への復帰も「ミッション・インポッシブルではない」とし、これまでの四半世紀近い監督キャリアでは、「19年ぶりのリーグ優勝」や「リーグ6位からCL王者への進化」を実現した実績もあると述べている。

 だが、それはパリSGとミランでの話。アンチェロッティは、攻撃志向ではあっても理想に固執するタイプではなく、現実的な感覚を持ち合わせた指揮官でもある。

ダービー敗戦で現実が浮き彫りに。

 エバートンの厳しい現実が浮き彫りになったゲームが、采配4試合目に訪れたマージーサイド・ダービーでの敗戦だ。

 バーンリー戦(1−0)とニューカッスル戦(2−1)と連勝し、マンチェスター・シティ戦も惜敗(1−2)だったことで気を良くしていたファンとしても、名将登場に浮かれている場合ではないと痛感しただろう。

 カップ戦の早期ラウンドで、スコアは僅差の0−1。しかし、地元の宿敵との一騎打ちであることに変わりはない。観客動員数が減る傾向にあるカップ戦ながら、会場が今季の平均動員数を上回る観衆で埋まった立派な大一番だった。そんなダービーで、あえなく完封負けを喫したのだ。

U-23主体の相手に支配を許す。

 ナポリを率いていたアンチェロッティは今季CLグループステージでリバプールと1勝1分けだった。そんな名将を迎えても、アンフィールドでの21年ぶりの白星を上げることはできず、クロップ率いるリバプールにダービー連続無敗を10試合に伸ばされた。

 それもこの日、リバプールは3日前のリーグ戦から先発9名を入れ替えてきた。決勝ミドルを蹴り込んだカーティス・ジョーンズをはじめ、最終的にティーンエイジャーが5名プレーしたのだ。

 メディアが「U-23チーム」と呼んだリバプールに対して、エバートンはベストメンバーで臨んだが、勝利を収められなかった。そう考えると、敵地での5失点で前体制の終焉を見た12月のリーグ対決に勝るとも劣らぬ“屈辱の敗戦”だったと言えるかもしれない。

 前半には3度の先制機があった。リバプールの守護神アドリアンの好守もあったが、チャンスを得たCBメイソン・ホルゲートのヘディングも、ドミニク・キャルバート・ルーウィンとリシャルリソンのシュートも、相手GKの正面にしか飛ばせなかった。

 後半はカウンターも発動できなくなった。危険度の高いクロスを放り込んでいたセオ・ウォルコットの足も止まり、貴重なマイボールを前線に蹴り出すようになった中盤では、ともに30歳のギルフィ・シグルズソンとモルガン・シュネイデルランが、攻守に果敢で自信みなぎるリバプールの若者たちに支配を許した。

チェルシー時代の怒りを思い出す。

「望みの選手そのもの」とは試合後のクロップによる南野評だが、アンチェロッティは正反対の評価を自分の選手たちに与えたかったのではないか。

 新監督は、不機嫌な表情でテレビカメラの前に立つと、「不十分の一言だ」と後半のチームパフォーマンスを振り返り、「すぐに選手たちにも伝える」と語っている。普段は感情も昂ぶっている選手を叱咤するようなことはせず、翌日のミーティングで反省と改善を要求するアンチェロッティにすれば、異例の事態だ。

 アンチェロッティの怒りというと、筆者は10年前のチェルシー時代の会見を思い出す。

 相手は偶然にもエバートンだった。調子を落としていたチームがホームで前半のリードを追いつかれた試合後のこと。後半の戦いぶりについて「怖気づいている」「ロングボールに逃げた」「あんなサッカーはすべきではない」とした発言は、今回のエバートン評と同様だ。

 エバートン戦後のCLではスタメン4名を変更。続くプレミア翌節には先発イレブン中9名がエバートン戦と同じ顔ぶれに戻っている。ただ今回は、問題のダービーを境に監督の構想から外れる選手が出てくるかもしれない。

及第点を与えられるのは2人くらい。

 アンチェロッティは新任地での初陣、前節から先発メンバー2名を入れ替え、2戦目では5名、3戦目では再び5名とチームをいじってきた。システムもオーソドックスな4-4-2と3バックを併用。このような動きが「大物監督らしい大胆な変更」と報じられたが、個人的には「アンチェロッティらしい良識ある試行」と理解していた。

 就任タイミングが過密日程と重なり、試合の合間は選手のリカバリーを優先せざるを得ない。そんな新監督にとって、既存戦力にチャンスを与えて実力を確認するには、実戦での試行錯誤が最も平等で効果的な方法だ。

 そして迎えたFAカップでのダービー、年末年始の連戦に終止符を打つ一戦で、スタメン据え置きで臨んだ結果は「不十分」だった。リバプール戦で及第点以上を与えられる選手は、失点を最小限に食い止めたGKジョーダン・ピックフォードと、前半に最も相手ゴールを脅かしたユース出身のキャルバート・ルーウィンぐらいだ。

フロント陣は名将を支えられるか。

 今後はフロント陣の出方も注目される。

 アンチェロッティとの交渉段階では、オーナーのファルハド・モシリが欧州返り咲きに意欲的と伝えられており、収容人数が4万人を下回るグディソン・パークからの移転も検討されている。

 すでに5万2000人収容の新スタジアムのデザインも発表されており、リバプール戦で屈辱を味わう頃には、昨季の会計でクラブ史上最大の損失が計上されたとの情報も出回るという具合……。

 となれば、財布の紐が固くなる今冬の移籍市場では予算を賢明に使わなければならない。ところが最近のエバートンは、その補強が「無駄使い」と言われても仕方がない。

 シウバ体制下では2億ポンド(約280億円)近い予算が投じられたが、結果は前シーズンと同じリーグ8位の1年目、途中解雇の2年目だった。モシリ政権下での補強はオーナー自身、ビル・ケンライト会長、フットボール・ディレクターのマルセル・ブランズ、さらには監督のうち誰の意思が最も強く反映されているのか不透明な部分がある。

 ちなみにチェルシー時代の会見で自軍を酷評したアンチェロッティは、翌月に開いた冬の移籍市場で、フェルナンド・トーレスとダビド・ルイスを計7100万ポンド(100億円弱)で獲得している。その結果は無冠に終わったシーズンの最終節、これまた奇しくもエバートン戦で敗れた直後の解任だった。

「完璧な監督人事」であるからこそ。

 クラブ経営陣はアンチェロッティの招聘を「完璧な監督人事」と表現している。確かに求職中だった顔ぶれの中で、最高の経歴を持つビッグネームである。ならばなおさら、補強予算を増やすための人員整理と、その予算の使い道に関して新監督の意向を汲み入れようと努めるべきだ。

 指揮官が後ろから繋ぐスタイルを取り入れるのであれば、リバプール戦で敵の餌食になったホルゲート、ジェリー・ミナ、ベンチにいたマイケル・キーンといったCBよりも、確かな足元の持ち主を獲得する必要がある。

 現時点でマージーサイドにおける「完璧な監督人事」は、リバプールにおける5年前のクロップ就任に他ならない。監督の志向に沿った戦力が徐々に整えられており、現行契約が満了する2024年までの体制継続が容易に想像できる。

 一方、同年までの契約でスタートしたエバートンは今冬の補強次第で、新監督がクラブに愛想を尽かすか、その態度をフロントが嫌えば、短期に終わるシナリオも現実的かもしれない。

 3月にはグディソン・パークでのマージーサイド・ダービーが待っている。その試合をエバートンがどのような状況で迎えるのか。そんな野次馬的な興味が芽生えているのも、後半戦での成り行きが注目される理由ではあるのだが……。

文=山中忍

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