いったい誰にこの思いを届けたいのか。

「やっぱり指導者が変わらないと子供たちへの指導は変わらないですし、その子供たちの一番近くにいるのはご両親です。保護者の方へ、指導者の方へという思い……そういう人たちへのメッセージだと思っています」

 1月18日、生まれ故郷の和歌山・橋本市で小学生を対象にしたエクササイズ体験会を行ったタンパベイ・レイズの筒香嘉智外野手の言葉だった。

怒声、罵声が飛び交う指導方法への異議。

 筒香が子供たちの野球環境の改善を訴えて、本格的に声を上げたのは2017年1月のことだった。

 中学時代の出身チーム、堺ビッグボーイズ(瀬野竜之介代表)の小学生部「チーム・アグレシーボ」のスーパーバイザーに就任し、その体験会を実施。

 その際に集まったメディアに対して、子供たちの野球に勝利至上主義が蔓延る現状や怒声、罵声が飛び交う指導方法への異議を唱え、もっと子供の将来を見据え、成長につながる環境を整えないと日本の野球の未来はないと訴えた。

 その後も毎年、「チーム・アグレシーボ」の体験会の際に様々な提言を行い、その一方で一昨年には自らの野球人生を振り返りながら、指導者、保護者がアプローチしていく一助になればと綴った本(『空に向かってかっ飛ばせ! 未来のアスリートたちへ』文藝春秋刊)を出版。

 昨年1月には、日本外国特派員協会で日本だけではなく海外メディアに向けても発信するなど、様々な活動を行ってきた。

 そして今年もまた橋本市のイベント前の1月12日には、堺ビッグボーイズの子供たちと交流会を行い、その中で改めて子供たちの未来に向けての提言を行なった。

昨年だけで57人の子供たちが入団。

「僕は数年前から色々な提言をしたり、話をさせて頂いたりしていますけれど、この堺ビッグボーイズのスーパーバイザーにならせて頂いて、正しい教育、正しい指導というのができれば、子供たちがやっぱりこんなに集まってくる。

 まだまだ子供に野球をやってほしいと思っている親ごさんたちがいるということを感じています」

 筒香がスーパーバイザーを務める「チーム・アグレシーボ」には、昨年だけで57人の子供たちが新たに入団してきた。

 野球人口の急激な減少で、選手が集まらない。これはいまの少年野球チームが抱える共通の悩みでもある。結果として最悪の場合はチームが解散に追い込まれるケースも少なくない。

 そんな中で堺ビッグボーイズは小学生部を含めると総勢約200人の大所帯となっている。しかも、大阪府の南端の河内長野市にグラウンドのあるこのチームには、神戸などからわざわざ2時間近くをかけて通ってくる子供もいる。

「正しい教育、正しい指導」があれば……。

 もちろん筒香というビッグネームのインパクトもあるのだろう。

 ただ、筒香は「正しい教育、正しい指導」があれば、まだまだ野球をやりたい子供、やらせたい親がいる、という事実をこのチームの盛況に感じているというのだ。

 堺ビッグボーイズではもちろん指導で子供たちを怒鳴ることはないし、失敗を責めることもない。自主性を重んじながら工夫を凝らした練習で、野球に馴染んでいくことを主眼にする。

 もちろん野球が上手くなることも大事な目標だが、何より野球を通じて子供の成長の手助けをすることを目的にした指導を行なっている。

母親の悲鳴が綴られた手紙。

 そしてもう1つ大事なことは、子供に野球をやらせる周辺環境の整備だった。

 子供に野球をやらせると、家族も野球一色に染まってしまう、染めざるをえなくなってしまうという声を聞く。最近、筒香に届くファンレターの中で目立って増えてきているのは、子供に野球をやらせている母親たちからの悲鳴を綴ったものなのだという。

「お茶当番やムリな土日のチームへの協力にお母さんたちが困って『野球をやらせたいけどできない』『家族の時間も取れない』という手紙をたくさんいただいています。せっかくの休みなのに一日、野球で潰れてしまって家族で出かけることができないというのも多かったですね」

小学生部の練習時間は週末の午前中だけ。

 そうした声を踏まえて筒香は語る。

「現状の日本では長時間の練習をするチームが多いと思いますが、子供たちの身体の負担も考えると、練習を短く集中して内容の濃い練習をすることが大事。子供たちの集中力もそう長くはもたない。

 ただ練習をやっているという指導者の自己満足になるのは良くないと思います。逆にそういうのを無くして、子供たちのためのしっかりした教育と指導ができれば、まだまだ野球をする子供たちは増えると思うんです」

 堺ビッグボーイズではいわゆる「お茶当番」はなく父兄への負担はできるだけ軽減している。野球以外にも子供と家族の時間が使えるように小学生部の練習時間は週末の午前中に限定し、中学生のチームも週末の3時間程度で、あとは自主練習に当てている。

 そうした地道な環境整備が野球をやりたい子供とそれを支える両親の足を、このチームに向けさせている――そこに筒香は少しずつだが手応えを感じている。

1人の日本人の野球人としての思い。

 自身は昨オフにポスティング制度を使ってのメジャー挑戦を表明。12月にはタンパベイ・レイズと2年総額約13億円で正式契約を結び、2月にはいよいよ米国での新たなチャレンジがスタートする。

 これまでもシーズン中は自分のプレーに集中し、なかなか子供たちのために直接的な行動はできなかった。それでも横浜高校の同級生で「チーム・アグレシーボ」のヘッドコーチを務める佐野誓耶(せいや)さんから、逐一報告を聞いて日常的にチームへの関わりを持っていた。

 それも渡米すればなかなかできにくくなっていくはずだ。

「アメリカに行っても子供たちの野球を見る機会があれば勉強して、参考になることがあれば取り入れたいと思います。1人の日本人の野球人として日本の野球界がより良くなればという思いに変わりはない。

 シーズン中はなかなかできなくなりますが、これからもオフシーズンには協力させていただきたいと思っています」

子供たちが指導者を選べるように。

 プレーヤーとして一つの区切りを迎えるのは確かだが、野球人としての筒香の発言がこれで終わる訳ではない。

「僕は堺ビッグボーイズだけが良くなればいいという思いでもない」

 筒香は言う。

「日本全国にこういう取り組みが広がって、実践していくチームが1つでも増えて欲しい。理想は近くにいい指導者がいて子供たちが指導者を選べる。もっともっとそういう指導者の数も増えて、子供が親と相談して選べることだと思います」

 野球をやる子供たち、これから野球をやろうと言う子供たちの保護者と指導者へ、筒香が渡米前に残したラストメッセージである。

文=鷲田康

photograph by KYODO