2019年11月24日、埼玉スタジアムでアンドレ・カリージョ(アルヒラル)にピッチへ叩きつけられた瞬間に全てが砕け散った。

 切望して止まなかったアジアタイトルを逃し、自己の至らなさを思い知った関根貴大は、このチームで、また一から成長の歩みを進める覚悟を決めた。

 昨年6月、当時在籍していたドイツ・ブンデスリーガ2部(現3部)のインゴルシュタットから浦和レッズへ約2年ぶりに帰還した関根には、ヨーロッパでの雌伏の時を経て、新たに在籍するチームを牽引する気概があった。

「ダイナミックなプレーを意識していました」

 大槻毅監督体制下の浦和が停滞する中で、彼は復帰戦となったJリーグ第20節ジュビロ磐田戦にフル出場して勝利に貢献した後、ミックスゾーンでこう言った。

「ダイナミックなプレーを意識していました。エゴイストになるというか……。今回は左のワイドポジションでプレーしましたけども、そこから右サイドの裏のスペースにも走ろうとしていました。そうすれば絶対に誰も付いてこれないと思うから。苦しい時間帯にこそ、そういったプレーができればいいなって」

 ドイツやベルギーで培ったフィジカルコンタクトの強さは彼のプレーを支えるバックボーンとなった。

 元々球際の勝負には定評があったが、2年の月日が無駄ではなかったことを証明するためにも、相手に屈しない強固な姿勢を代名詞にしたかった。

 サッカーの世界では淡白な振る舞いなどいらない。苦悩に満ちた時期の経験を活かすことで、この世界を生き抜く路を開きたい。

 2度目のJリーグでプレーする彼の立ち居振る舞いからは、その揺るぎない意志が溢れ出ていた。

「コンタクトには自信があったから。それは日本に帰ってきてからなおさら」

跳ね飛ばされて地面に突っ伏した。

 だが、個人の奮闘がチーム成績に直結しない現実に直面すると、その気負いは自らのストロングポイントを消す要因となった。

「チームが勝ち星を挙げられないなか、自分の良さを出すよりも、チームの中で何が必要かを考えすぎたのかもしれない。でも、その結果、自分のプレーの質も下がったし、僕自身の力をチーム力へ還元できなかった」

 先述したACL決勝第2戦の74分、カウンターから疾駆するアルヒラルMFカリージョの右半身に体を当てた関根は、その数倍の力で跳ね飛ばされて地面に突っ伏した。

 その後、アルヒラルは3本のパスを経て貴重なアウェーゴールを挙げ、第1戦を落としていた浦和はアジア王座奪還の道を失った。

「現実を思い知りましたね。競り合いで負けてしまって、チームに迷惑をかけてしまった。この試合の僕は前半の決定機も外してしまったし、本当に自分の責任を痛感するばかりだった」

新しいポジションを与えられた。

 2019シーズンのACLを準優勝で終え、Jリーグで14位に低迷した浦和レッズは、今冬から抜本的なチーム再編に着手した。沖縄キャンプでは新システム4-4-2の修練に取り組み、その輪の中には関根の姿もあった。

 彼に与えられたのは右MFのポジションだった。今まで経験したことのない役割だったが、年が明けて心身をリフレッシュさせた本人は意欲的にトレーニングへ取り組んだ。

「新しいポジションは、とても前向きに捉えられましたよ。モチベーションは高かった。ただ、その役割を知っていくにつれて、『大変なポジションだな』とも思うようになりました」

2トップからボランチまで経験。

 2014シーズンに浦和ユースから昇格してトップチーム入りした関根は、長らく3-4-2-1の左右両サイドを務めてきた。しかし、ヨーロッパに渡ってからの彼は“波乱万丈”だった。

「海外での2年間では様々なポジションでプレーしましたね(笑)。インゴルシュタットで初めて4バックを経験したし、ベルギーでは2トップの一角やボランチでもプレーしましたから。だから、以前と比べればポジションに対する拘りや違和感はなくなりました。

 もちろん、それぞれのポジションには難しさがあって、自分に全てがこなせるとは思っていないですけどね。それでも当時の経験はとても大きかったと思います。『どんなポジションでも、ボールを前に運ぶことの大事さは変わらない』と思えたから。

 その結果、どんなポジション、どんなエリアでも前を向く能力が上がったと思うし、ボールを奪われないようにシンプルに運べるようになった。そして、球際では絶対に負けない気持ちを備えることができた。その点は成長できた部分なのかな」

「レーン跨ぎ」というプレーメソッド。

 今季、大槻監督が目論む「新型4-4-2」では、サイドエリアでの「レーン跨ぎ」というプレーメソッドがある。

 これは縦に並ぶサイドバックとサイドMFが、ピッチを縦に5分割して切り取った同一レーンに留まらないでプレーするという約束事である。どちらかのポジションがサイドラインへ張ったら、もう一方はインサイドに絞る。サイドのプレーヤーには多岐に渡るタスクが課せられるようになった。

「自分の役割のひとつに、相手を困らせる立ち位置を取ることがあると思っています。たとえ自分が上手くボールを受けられなくても、味方が相手ゴール方向へボールを運べるようなスペース作りをしたりね。味方とは、そのような関係性を築ければいいなと思っています」

 沖縄キャンプの総仕上げとなったFC琉球とのトレーニングマッチでは、関根が右サイドMF、U-23日本代表候補の橋岡大樹が右サイドバックに入るという「右ライン」が形成された。

橋岡との連係や相性についての私見。

 橋岡との連係や相性について、関根自身はこんな私見を抱いていた。

「橋岡は去年までの経験(橋岡は主に3-4-2-1の右サイドアタッカーでプレー)から、サイドラインに張ってプレーするほうが得意だと思うんですよね。だから僕は、どちらかというと中央に入ってアイツを生かすようなプレーが多くなるかもしれないです。

 でも、僕はサイドMFとサイドバックは局面によって『縦・縦』(同一レーンの意)の関係になっても良いと思っていて、チームとしてレーンを意識はするけども、あえて『縦・縦』でふたりの良さを出す手段があっても良いと思う」

「得点を狙えるじゃないですか(笑)」

 関根の思惑は実戦の舞台で早くも実った。

 2月16日の今季公式戦初戦、ルヴァンカップ・グループステージ第1節のベガルタ仙台戦で浦和が挙げた先制点は、橋岡から縦方向に出されたループパスを関根がレシーブして相手ゴール前まで持ち込んだ末に、新加入FWのレオナルドがフィニッシュした形だった。

「左は山くん(山中亮輔)と(汰木)康也というラインで、また違った特徴がある。山くんはインサイドでプレーすると特長が発揮されるし、康也はライン際でもインサイドでもプレーできる。

 いずれにしても、それぞれの選手が、それぞれのポジションで個性を発揮できればいいと思うんですよ。だから、例えば自分と橋岡で組む右のラインも独自の個性が出て良いと思う。

 その意味では、今の僕はチームが左サイドで崩す形が多いことを良いとも思っている。左サイドから攻撃展開すればフィニッシュシーンは右になるでしょ。そうなれば、右で構える僕がゴール前へ飛び込んで得点を狙えるじゃないですか(笑)」

「ゴール、アシストのいずれかで二桁」

 最近の関根は結果に拘る姿勢がより強くなっている。それはチーム成績、そして個人成績の両面においてだ。

「今季は攻撃的なポジションを任されるわけだから、シーズンを通してゴール、アシストのいずれかで二桁はマークしたい」

 だからこそ、件の仙台戦では3点リードで迎えたゲーム終盤に果敢に相手ゴールへ突進して無理な体勢からでもシュートを狙った。

「ゴールが取れなかったので残念。あの場面で横パスが出せれば冷静だったと言われたんでしょうけどね。でも、こういうとき(大量リード)にこそ点を取りたい。その積み重ねが、1年間の数字となって表れるとも思うので」

ムカつくけど、カリージョを手本に。

 ヨーロッパで味わった辛酸と悔恨の思いは今も彼の内面で燃え盛っている。達観した表情の裏でプロのプライドも絶えず息づいている。そこへ浦和の一員として負った昨季の苦い経験も積み重なり、新たなるモチベーションにもなった。

「今でもカリージョに絶対勝てるとは思っていない。でも今年の僕は4-4-2のチームの右サイドを任されることになった。このポジションって、カリージョと同じ役割じゃないですか。

 力強さとか、プレーの質とか、その能力は違えども、僕はカリージョのような選手を『嫌だな』と思った。だったら、僕もカリージョのようなプレーをしたい。ムカつくけど、今は彼を手本にしています」

 若き頃に将来を嘱望されずとも、頂に立てた選手はいる。幾多の挫折を味わった者は、その苦悩を知るからこそ、より強くなれる。

 2020シーズンの関根貴大は、捲土重来を期すその先に、眩い未来があると信じている。

文=島崎英純

photograph by J.LEAGUE