ドイツサッカーのオフシーズンに当たる夏や冬の時期を利用して日本に一時帰国をすると、僕は全国各地を行脚し、サッカークリニックや指導者講習会、保護者向け講演会を実施している。ドイツでサッカー指導者として活動し、それを伝える機会があることを意義深く思っている。

 これまでに訪れた場所は全部で20都道府県になる。どこに行ってもよく受ける質問に、「おすすめの自主トレメニューは?」「練習がないときどんな取り組みをするのが大事?」というものがある。

 さて、皆さんはどうお考えだろう?

 日本では「1日休むとその遅れを取り戻すのに倍の時間が必要になる」という話が主流かもしれない。サッカーだけではなく他のスポーツ、音楽や芸術の世界でも、「他の人が休んでいる間にどれだけ頑張れるかが重要だ」といった考え方が、まことしやかにささやかれている。

 だから、チーム練習がないときは自主練習に励んで差をつけようとするし、スクールに通う小学生も数多い。高学年の子どもに限らず、低学年の子どもでさえ毎日のように練習をしていることが珍しくない。

余白の時間が十分あるからこそ。

「うまくなるために」

「プロになる夢をかなえるために」

 言いようはいくらでもある。大人から「そうすることが大切なんだよ」と言われたら、子どもは「そうか」としか思えない。

 親やコーチに頑張れと言われるから頑張る。だけど、毎日毎日スケジュールに追われる生活を送っているなか、気がつくとなんのために頑張っているのかわからなくなっている子供はいないだろうか。

 サッカーが好きで始めて頑張っていたはずなのに、「サッカー、好き?」と聞かれてすぐ「うん!」と言えない子どもが増えている。それは、なぜなのだろうか?

 人の体も、心も、頭も、やればやるほど強くなるわけではない。余白の時間が十分あるからこそ、それまでの取り組みが成長につながるのだ。

“やりすぎ”は百害あって一利なし。

 体を回復させ、強化させるための時間があるから強くなる。言い換えれば、休む時間と環境が十分にないと成長はない。

 無理の積み重ねは怪我に直結する。激しいスケジュールをやりくりするにはどこかでパワーをセーブせざるを得ないし、それが習慣になると自分の全力を出すことができなくなる。成長段階の子どもたちにとっての“やりすぎ”は、百害あって一利なしだ。

 だから、育成という大枠のなかで大事な大前提として言いたいのは、チーム練習のないときはしっかり休むべき、ということだ。

 子どもの成長には個人差がある。成長スピードが早ければ早いほどいいわけでもない。それぞれの成長段階に応じたやり方を考慮することが大事なのだ。

 成長のメカニズムをちゃんと考慮して練習に取り組めば、体も、心も、頭もそれぞれに成長していくし、それが良質のパフォーマンスへとつながっていく。

 日本の子どもは、ただでさえ忙しい。それも、ものすごく忙しい。

 だから大人たちは一度、子どもたちのスケジュールをしっかり見つめ直してほしいのだ。学校、塾、スクール、サッカー、ほかの習い事。万遍なく埋められている1週間を見て、「ちょっと大変だろうけど、そこまで問題はないんじゃない?」と思われる人もいるかもしれない。

 ただ、大切なのはスケジュールに書かれている予定だけだろうか?

ドイツの小学校年代では……。

 睡眠時間は? 家族と過ごす時間は? のんびりお出かけしたり散歩したりする時間は? みんなで楽しく食事する時間は?

 1人でボーっとする時間は? 本や漫画を読む時間は? 兄弟でふざける時間は? 友達と遊ぶ時間は?

「何時まで」という制限なく、友達と心の底から笑い合える時間が、1週間にどれくらいあるだろうか。

 スケジュールに書き込めない、でも子どもの成長に何よりも大切な余白の時間をもっともっとケアすべきではないだろうか。

 前置きがだいぶ長くなったが、ドイツを例にしよう。

 小学校の間の練習は基本的に強豪クラブでも週3回で90分ずつ、週末に30分ハーフの1試合だ。

 夏休み、冬休み、秋休み、イースター休暇。長期休みはいつだって、まるっと休みを取り、遠征には行かない。朝から晩まで試合を続けたりもしないし、合間に練習しない。その分、1回の練習や試合に密度濃く取り組めるし、十分な休みを取るから疲れを引きずることもない。

怪我をしたらちゃんと休む。

 怪我を抱えながら、テーピングやサポーターをしてプレーする小学生は、ほとんど見たことがない。怪我をしたらちゃんと休む。怪我をした状態でプレーすることがどれだけ悪影響を及ぼすのか、両親も指導者も伝える。子どもたちも小さいころから休むことの大切さをわかっている。

 日本の子どもたちは、どうだろうか?

 成長に関して言えば、もう1つ大事な点がある。

 それは“サッカーだけをやらない”ということだ。サッカーチームだからといってサッカーだけをやっていればいいわけではないし、サッカーさえ教えていればいい指導者というわけではない。

 子どもたちはいずれ社会に出ていく。

 そのときに、人としてしっかりと自立してやっていくことが求められている。育成というのは子どもたちの人間としての成長に、しっかりとつながっていかなければならないのだ。

他競技に取り組む「好奇心」。

 僕が所属しているフライブルガーFCでは、オフシーズンを中心にサッカー以外の競技に取り組んでいる。監督をしているU13(日本の小学校6年生年代)では冬休みにキックボクシングにトライした。ジムを訪問して、キックボクシングの指導者にイチからしっかりと教わるのだ。

 ハンドボールのチームと合同で練習したこともあるし、過去にはカポエイラの講師を招き、グラウンドの芝生の上でカポエイラに挑戦したこともある。足技を鍛えるためではない。 メーンは「知らないことを知る楽しさ」や「新しいことに取り組む好奇心」を大切にしてもらうためだ。

 普段とは違う体や頭の使い方を感じてほしい思いもあるし、サッカーにフィードバックされたらいいな――そう頭の片隅で考えないわけではないが、あくまで副産物的な期待である。

社会に関わることを楽しんで。

 子どもたちには未知のものにどんどん触れてほしい。勝手が違うこと、上手くいかないことに驚いてほしい。「やっぱりサッカーがいい」と思ったとしても、新しいものとの出会いは素敵な経験になるはずだ。

 チームメイトの意外な面に気づくかもしれないし、いつもと違ったコミュニケーションも生まれるだろう。サッカー以外の世界に対しても常にオープンでいてほしい。それが間違いなく、人間の幅を広げ、深みを作り上げていく。

 スポーツだけではなく、社会活動にも積極的に関わっている。

 路上生活者のために、他のボランティア団体と協力してクリスマスのクッキーを焼く慈善活動も行った。これも道徳心や公共心を育んでほしいというよりも、単純に「仲間と一緒に誰かを助けることができたら嬉しい、社会に関わることができたら楽しい」という思いをちょっとでも感じてもらえたらと思ってのことだ。

部活の垣根を越えてみてはどうか。

 こうした活動はブンデスリーガの育成クラブでも一般的に行なわれていて、選手たちがビーチバレーやサイクリング、スキーなどサッカー以外の種目に取り組んだり、社会福祉活動に積極的に参加したりしている。

 日本の場合、中学や高校となると地元のクラブよりも部活動で、というのがこれまでの主流だし、今後もしばらくはそうだろう。

 最近、部活動のあり方についていろいろと議論されているという。ただ、そもそも部活動は活用次第でものすごいポテンシャルを持っていると思う。日本の学校には様々な活動ができる施設が整っている。学校という空間のなかで、多くの世界に触れる選択肢を提供することもできるはず。

 例えば、他の部活動を体験できる日を設けるというのはどうだろう。

 体育会系に限らず文化部も交え、垣根を超えて。あまり馴染みがなく、授業でも触れたことがなく、でもちょっとだけ興味があるような、そんな部活動に入ってみるのだ。

「俺はサッカー部だけど、卓球部ってどんな練習してるんだろう?」

「天文部って普段は何してるのかな? 昼間は星なんか見えないよな?」

 そんな好奇心や素朴な疑問を大事にしてほしいのだ。

別の角度から学び直す絶好の機会。

 顧問や指導者が担当すると負担が増えるので、そこは生徒同士が教え合うようにしたら面白くなるのではないだろうか。どこの部活動でも新入生勧誘の時期には「興味を持ってもらおう」「初心者にも丁寧に教えよう」と試行錯誤するものだ。

 そうした姿勢をそのときだけにしないで、年に何回かは“交流デー”があってもいいのではないか。

 子どもたちにとっても、知っているはずのことを別の角度から学び直す絶好の機会になる。自分にとっての当たり前が、誰かにとっては当たり前でないことを知るというのは、とても新鮮な経験なのだから。

「ここは日本だから」、「それはドイツでのことだから」と思考を止めずに。「これまでがそうだったから、これからも」ではなく、「どうすれば彼らがより成長する環境を整えることができるだろう」という視点を持ち続けるべきだ。

 育成には“これだけやれば大丈夫”という虎の巻はない。

 だからこそ、教育・指導に携わる人間には常に成長が求められている。

文=中野吉之伴

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