発売中のNumber999号の第2特集は、「ベイスターズをのぞいてみよう!」。NumberWebでも連動して、横浜DeNAベイスターズを特集します。連載ラストとなる第5回はベイスターズが2年前から導入している「IT機器」について。球場には、ひと昔前では考えられない光景が広がっていました。

 投手と捕手を結ぶ線上に、何やら見慣れぬ機器が――。

 ここは横浜DeNAベイスターズのファームがキャンプを張る、沖縄・嘉手納のブルペン。「Rapsodo」(ラプソード)と印字された機器が、ピッチャーの方を向いている。そしてキャッチャーの背後にはタブレット端末を手に、額を突き合わせて話し込む面々がいた。

 彼らの正体は、ベイスターズのチーム戦略部R&D(Research & Development=研究開発)グループの職員だ。今回、取材に応じた吉川健一と八木快は、さまざまな最新機器を使って得られた選手のデータを分析し、育成に役立てようと取り組んでいる。

 データサイエンティストの吉川が、解説してくれた。

「ブルペンに置かれていたラプソードは、主に投球の回転数、回転軸を計測するものです。投手は自分の感覚と数字をすり合わせて、本当に投げたいボールに近づけていく作業をします。ほかにもエッジャートロニック社製のハイスピードカメラでリリースポイントを1秒間に1000コマ単位で撮影し、視覚的にも自分がどんなボールを投げたのか把握できるようにしています」

 きれいなストレートを投げたいのに回転軸が傾いていた、スライダーのつもりで投げていたがカーブとほとんど変わらなかった……といった結果が出れば、自分で修正して次の投球練習に臨むことができる。

自分の特徴を理解するために。

 バッティングにおいては、バットのグリップエンドに装着してスイング軌道などを測定する「ブラストモーション」と、センサーを腰、胸、上腕、手につけて身体の動きを測定する「Kベスト」を使用し、データを集めている。バイオメカニストの八木は筑波大学大学院で動作解析を研究し、昨秋からベイスターズのR&Dグループに加わった。

「『ブラストモーション』はバットがどういう軌道で動いたか、『Kベスト』はバットを振るときにパワーが下半身から上半身へと連動できているかを計測しています。ただ、バッティングは正しいスイングをしたからといってホームランになるわけではないのが、難しいところです。今はまだ、理想のスイングを目指すためにデータを活用するというよりも、自分のスイングの特徴を知るために使っているという段階です」

 自分ではハイボールヒッターだと思っていたが、低めを打つときの方が強いスイングができている……という気づきも、測定によって得られるそうだ。

スペシャリストがそろうR&D。

 ベイスターズのR&Dグループは、およそ2年半前にチーム戦略部長の壁谷周介によって設立された。メジャーリーグを視察したところ、どの球団にもR&Dと呼ばれる部署があってデータアナリストやバイオメカニストらが常駐していることを知り、吉川や八木といったスペシャリストを集めた。壁谷によると、R&Dグループの役割は大きく「編成、戦術、育成」の3つ。ベイスターズでは最新機器を、育成を中心に使っている。


「『マネー・ボール』で浸透したセイバーメトリクスは選手の評価に革新をもたらしましたが、育成に使うことはできませんでした。一方、近年はトラッキングデータによって選手のフィールド上の動きを測定できるようになり、これはパフォーマンスの向上にも使うことができます」

 しかし、いきなりデータを信じろと言われても、プロ野球選手は納得しないだろう。

 ピッツバーグ・パイレーツが統計データを使って20年連続負け越しの泥沼から脱却するまでを追った書籍『ビッグデータ・ベースボール』(トラヴィス・ソーチック著、桑田健訳)でも、当初はA・J・バーネットらベテラン選手が改革に反発する様子が書かれている。同様の雰囲気が、ベイスターズにもあった。

「最初はプロ野球経験のない職員が口を挟むことに対して、チームの中には違和感もあったと思います。それでも、私たちもチームに価値を与えられることを証明して、一方で選手の感覚もリスペクトすることで、徐々に距離は縮まってきました」

重要なのは、データを生かす指導。

 また、いくら最新機器を使ったところで、得られたデータを選手が理解できなければ意味がない。R&Dグループの仕事が成果を上げる上で、重要なのはコーチの存在だという。

「新しい機器を導入したら、どういうデータが取れて、何がわかるのかという研修をコーチ陣に向けて行っています。オフには大学教授を呼んで、動作解析の分析内容を勉強しました。どんなにデータを充実させても、最後は選手が理解できるかどうかなので。そのためには、われわれが分析用語で話したものを、コーチが野球用語に変換して選手に伝えられなければなりません」

 壁谷が、キーマンの名前を挙げた。

「その点、各コーチの理解は進んでいますが、特に大家友和コーチの存在がアドバンテージになっています」

 吉川や八木も、「大家さんはすごい。どこで知識を得たのか……」と感心していた。大家は京都成章高から、1994年に横浜ベイスターズに入団。5年で退団して渡米、約10シーズンをメジャーリーガーとして過ごしている。ブルペンで若手選手の指導に当たる、ファーム投手コーチの大家を直撃した。

「独学ですよ。僕としてはそんなに難しいことをやっているつもりはありません」

 大家は、こともなげに言う。

アメリカで「数字」を学んだ大家。

「現役の頃から、測定装置に興味があったんです。約20年前、レッドソックスにいたときに自分でハイスピードカメラを借りてフォームを撮影していました。今でこそメジャーリーグはデータの活用が進んでいますけど、当時はそれほどでもなかった。表に出なかっただけで、そういう動きはあったと思いますが」

 異国の地で知らないバッターと戦うにあたり、若き日の大家が頼りにしたのが数字だった。その経験は、今のベイスターズの若手にも受け継がれている。

「アメリカでとにかく相手バッターの成績を読み込んで、特徴を知ろうとしたことが興味を持ったきっかけでした。メジャーリーグに上がるとたくさん資料を持っているコーチがいて、そこでデータの使い方を学ばせてもらったんです。今のベイスターズの若い選手も、みんな積極的にデータを取り入れようとしていますよ。特に櫻井周斗、阪口皓亮、中川虎大の3人には、僕のコーチ就任1年目のルーキーだったこともあって入団時からよく指導しています」

アウトを取ることが投手の仕事。

 彼らは試合での登板後、紙に反省点を書き出して大家に提出することを習慣としている。そこには投げたボールの良し悪しだけでなく、「このカウントを作れたことでアウトを取れる確率が上がった」「この場面はこのボールで空振りを取れる確率をあげたい」といった統計的な視点での分析も徐々に書かれるようになった。

「ピッチャーの仕事は良いボールを投げることではなく、アウトを取ることです。アウトを取るためにどんなボールが必要なのか、そのボールを投げるためには何を改善したらよいのか。それをR&Dグループは最新機器を使って出してくれるので、非常に頼もしい。僕も選手の経験からアドバイスできることはありますが、データの裏付けがあった方が自信を持って指導できますから」

大貫「ビジョンを描くことが大事」

 最後に、実際に最新機器を活用している投手に話を聞いた。昨季、ルーキーながら一軍で6勝を挙げた大貫晋一も、その1人だ。

「僕には理想とする変化球の軌道があって、そこに近づけるためにラプソードやハイスピードカメラを使っています。カーブをもっと縦に落としたいのですが、自分が思っていたリリースポイントと得られた結果にギャップがありました。そこでR&Dグループの分析担当の方に『回転軸をどう傾けるべきですか』と尋ねて、頭で理解してからまた投げるということを繰り返しています。まずは自分で、どのようにバッターを打ち取るかというビジョンを描くことが、うまくデータと付き合うためには大事だと思います」

 ベイスターズのIT革命を支えているのは、最新機器だけではない。プロ野球選手と、プロ野球経験のない専門家が互いの意見に聞く耳を持つことで、初めて数字が意味を持つのだ。

文=田村航平(Number編集部)

photograph by Asami Enomoto