それはそれは尊い時間だった。

 2019年12月22日、東京・代々木第一体育館。フィギュアスケート全日本選手権男子シングルのメダリスト3人による記者会見は、それ自体がひとつのエンターテインメントだった。

 壇上に着座したのは、どん底だったグランプリ(GP)シリーズから感動的な復活を見せて、4連覇を果たした宇野昌磨。

 ひと月で3大会に出る過酷なスケジュールに立ち向かい、4年ぶりの全日本出場で2位になった羽生結弦。

 そして、ショートプログラム7位からノーミスのフリーで3位まで上がった超新星の鍵山優真。

主要国際大会に匹敵する熱量。

 情熱とサプライズが満載だった戦いを、選手自身はどのように受け止めているのか。

 多くの報道陣で埋め尽くされた会見場には、主要国際大会に匹敵する熱量が漂っていた。

 今季、コーチ不在でシーズンをスタートさせた宇野は、GPシリーズフランス杯でミスを連発して涙を流すなど、痛々しさすら感じさせる序盤戦を過ごした。

 しかし、ステファン・ランビエルコーチとの練習を始めてから調子を取り戻し、上昇の兆しを感じながら全日本に臨んでいた。

 12月20日にあったショートプログラムでは観衆の胸に響く復活劇を演じた。2種類の4回転ジャンプはもちろん、最後のコレオシークエンスには氷を溶かしてしまいそうな放熱があった。

 羽生に続く2位でフリーを迎え、逆転で優勝した。

羽生へのリスペクトを滲ませながら。

 会見の冒頭、宇野は羽生へのリスペクトを滲ませながら、こう言った。

「僕はGPファイナルに出ることができなかったので、今大会に向けて長い時間、調整することができ、楽しく試合をすることができました。

 やっと、2年前ぐらいの気持ちが戻ってきた。この2年間はつらい思いの方が多かったので、久々にうれしいです。スケートをやって来て良かったと思える試合でした」

 4度目の優勝についてはこう表現している。

「今までで一番、達成感がありました。今シーズンはいろいろなことがあって、今までで一番つらいシーズンだったけど、スケートをあそこで諦めなくて良かったと思っています」

「自分らしくあればいい」と思いながらも……。

 宇野は、GPシリーズフランス杯でどん底まで落ちたことが自身にとって転機になったとも打ち明けた。

「フランス杯のフリーでボロボロの演技をした時点で、自分が勝手に背負っていたものが下りました。今までの僕は、『自分らしくあればいい』と思いながらも『もっと強くなければいけない』と思っている時期がありました。

 特に去年(2018年)なんかは本当にそう。それは、平昌五輪で思った以上の結果を出したことによって、自分へのプレッシャーを自分で大きくしてしまっていたからです」

 宇野と羽生の2人が全日本にそろって出たのは4年ぶりだったが? という質問が出た。いろいろな想像力が働く質問である。宇野がマイクを持ち、切り出す。

「えー、まず、僕は羽生選手ほど自分に厳しくなることができません」

 会見場が和む。羽生もかすかに笑みを浮かべて聞いている。

「僕は昨年、『ゆづくんみたいに強くなりたい』という思いで試合に臨むようになって、あらためてゆづくんのすごさを実感しました。『どうやって自分にプレッシャーをかけて、試合で良い演技を持ってくるのだろう。自分も強くなりたい』と思ったんです」

スケートの楽しさを改めて知る。

 しかし前述の通り、自分で重圧を懸けたことが裏目に出た。

「なかなか結果を出せなくなってしまって、今シーズンはいろいろあって、コーチの下も離れるようになって。自分の思っていた以上にその影響は強く、試合でもうまくいかず、練習でもうまくいかず」

 羽生が真剣な顔で聞き入っている。その横で宇野はためらいなく言葉を継いでいく。

「僕にとってはつらい時期が続きました。でも、ステファンコーチの下で練習するようになって、スケートの楽しさを改めて知ることができました。

 僕はゆづくんみたいに自分に厳しく、強くなることはできませんけれど、せっかくこういう舞台で戦えているからこそ、僕らしく、スケートを楽しみたい。

 今の自分を楽しませてあげたい。今まで頑張ってきたからこそ、ご褒美をあげたい。そう思って練習や試合に挑んでいます」

今度は羽生が宇野について話し始める。

 宇野が会見の席でここまで深く自己に向き合い、心の変遷を語るのを見たのは初めてだった。

 言葉は金色の輝きを帯びているようであり、一方で泥臭い汗水から生み出されたからこその純な結晶のようでもあった。羽生の存在が引き出した本音でもあると感じられた。

 宇野がマイクを置くと、今度は羽生が宇野について話し始める。宇野がフランス杯のキス&クライにたった1人で座り、涙を流していたことを、羽生も知っているようだった。

「僕自身もGPファイナルでコーチがいない状態になりましたから、それがどれだけ大変なことかを分かっています。

 彼自身がコーチと離れるという決断をしたのも、その状態でGPシリーズに臨むという決断をしたのも、すごく勇気がいることだったと思います。僕は、彼がこうやってまた自分の道を見つけて、彼らしいスケートができていることが素直にうれしい」

「ゆづくん」と言ってくれるので「しょうま」と。

 ここまで言うと、その先は、「彼って言うのはおかしいね」と笑いながら、「『ゆづくん』と言ってくれているので『しょうま』と言います」と切り替え、さらに続けた。

「スケートを楽しむことも、スケートに付いたり離れたりする時間も、昌磨にとっては大事。でも、僕が同じようにやってしまうと、すべてが崩壊してしまう時がある。僕は何かを楽しんでいる時すらもスケートのために今を楽しんでいるのだと考えています」

 好対照な2人がわずか数十センチの距離で互いを語り合う。羽生はなおも続ける。

「やっと昌磨が昌磨らしく戻ってこられて良かったなと思いますし、だからこそ『五輪の銀メダリストになれたんだよ』と僕は思っています。

 さっき、(平昌五輪で)『自分が思った以上の結果が出た』と言っていましたけれど、本当に昌磨は強い。弱いところもあるかもしれないけれど、それも含めて昌磨の強さだと僕は思います」

「昌磨に、初めてちゃんと負けられた」

 羽生はその後に続いた自身の演技についての質問に対して、まずはしっかりと答えたうえで、このように加えた。

「なんか、僕の演技の質問から乖離しちゃうんですけれど、この場だから言いたいんですけれど、多分、昌磨はやっと心から全日本王者って言えるようになったと思うんですよね。

(この3年間は)ずっと僕がケガをしていました。もしも戦ったら、もっと前に負けていたかもしれないですけれど、やっと昌磨に、初めてちゃんと負けられた。

 だから、これから昌磨には胸を張って頑張ってほしいと思いますし、僕もまだ頑張るつもりではいるので、一緒に引っ張っていけたらと思います」

 羽生が宇野に「全日本王者って大変だよ?」といたずらっぽく振る。笑顔を返してきた宇野に、羽生はさらに語りかける。

羽生が助け船を出して時間稼ぎを。

「昌磨1人に背負わせるのではなく、僕も一緒に背負って頑張っていけたらいいと思うので、頑張ろうね、おめでとう」

 25歳の羽生。22歳の宇野。はるか彼方を走っていた先駆者と、その後ろ姿に追いつき、追い越そうとして汗を流してきた挑戦者。

 2人はその場で沸き上がった感情を、会見を通してファンと共有した。

 宇野が、「絶対に言いたかったことがあったのに、忘れてしまった」と苦笑いで困っていると、羽生が助け船を出して別の質問に答え、時間稼ぎをしてあげる場面もあった。

1度でいいから勝ってみたいという目標。

 宇野が“絶対に”言いたかったのはこれである。

「羽生選手が出ていなかった全日本選手権で、僕が3度優勝したという言葉を聞いたときに、僕も『日本の誰もが僕が3度、日本一になったことに気づいていない』と思いました(笑)。

 日本のスケートのレベルは高い。その中で優勝できたのはうれしいことではあるのですが、僕の中でも、日本中の人に『日本で1番上手いのはゆづくんだ』というのがあると思う」

「僕には、羽生選手と同じ立場で戦って、1度でいいから勝ってみたいという目標がありました。みなさんは五輪を思っているでしょう、僕にとっては、それがスケート人生の大きな1つの目標でした。

 今回の結果は偶然がたくさんあるけれど、今シーズンの苦しい中で、スケートをやめずに、ちゃんとここまでやってこられたのが良い方に向いて良かったなと、すごくうれしく思います」

 会見そのものが、作品のようだった。

16歳の鍵山がじっと耳を傾けていた。

 大事なことがある。

 平昌五輪の金銀メダリストのすぐ横で、16歳の鍵山がじっと耳を傾けていたことである。無垢な見た目の通り、おそらく鍵山は2人の言葉をすべて金言として余すところなく吸収していた。

 公式練習で羽生の滑りやジャンプを間近に見て興奮気味に目を輝かせてもいたが、表情を変えることなく耳に刻んだ2人のやりとりも、鍵山の財産となったに違いない。

 鍵山は20年2月の四大陸選手権で見事3位になり、優勝した羽生と一緒に表彰台に上がった。

 ユースオリンピック1位、世界ジュニア選手権2位。今後は、同学年の佐藤駿とともに、男子フィギュア界のレベルをさらに高めていくだろう。

 3月。カナダ・モントリオールで行なわれる予定だった世界選手権は、新型コロナウィルスの感染拡大により、急きょ中止になり、スケートシーズンは突然に幕を下ろすことになった。

 蓄えたエネルギーを放出する舞台は来季。そのときが今から待ち遠しい。

文=矢内由美子

photograph by Asami Enomoto