2014年の日米野球、私は京セラドーム大阪のスタンドで日本チームが整列するのを見ていた。大谷翔平と藤浪晋太郎が横に並んだ。「あ、やっぱり藤浪の方が背が高い」と思った。2人はこの時期には両リーグを代表する若き先発投手であり、ライバルだった。

 藤浪晋太郎は中学強豪野球チーム「大阪泉北ボーイズ」から、大阪桐蔭に入学。大阪のボーイズやリトルシニアの野球少年にとって大阪桐蔭は、当時から最高の進学先だった。

 すでに190センチ近くあった藤浪は、図抜けた存在だった。早くも1年生の2010年夏の地方大会でエース福本翼に次ぐ2番手として登板。2年生でエースとなり、3年生になった2012年には甲子園で春夏連覇を果たした。

選抜では大谷に本塁打を浴びたが。

 以下、藤浪晋太郎の甲子園戦績である。

<2012年選抜>
1回戦 ●花巻東2−9大阪桐蔭○
9回 8被安打 12奪三振 2与四死球 自責点2
※大谷翔平に本塁打を打たれる

2回戦 ●九州学院3−5大阪桐蔭○
9回 6被安打 8奪三振 3与四死球 自責点1

準々決勝 ●浦和学院2−3大阪桐蔭○
4回 6被安打 6奪三振 0与四死球 自責点0

準決勝 ○大阪桐蔭3−1健大高崎●
9回 7被安打 9奪三振 4与四死球 自責点1

決勝 ○大阪桐蔭7−3光星学院●
9回 12被安打 6奪三振 2与四死球 自責点3

 準々決勝のみ澤田圭佑(現オリックス)が先発し、藤浪は救援にまわったが、他の4試合は完投勝利した。

春夏連覇、9勝0敗に防御率1.07。

<2012年選手権>
2回戦 ●木更津総合2−8大阪桐蔭○
9回 6被安打 14奪三振 2与四死球 自責点1

3回戦 ○大阪桐蔭6−2済々黌●
登板せず

準々決勝 ●天理1−8○大阪桐蔭
9回 4被安打 13奪三振 2与四死球 自責点1

準決勝 ○大阪桐蔭4−0●明徳義塾
9回 2被安打 8奪三振 3与四死球 自責点0

決勝 ○大阪桐蔭3−0光星学院●
9回 2被安打 14奪三振 2与四死球 自責点0

 3回戦は澤田圭佑にマウンドを譲ったが、他は完投。大会前は不調が報道されていたが、ふたを開ければ連覇を達成し、藤浪は春夏連覇投手となった。ちなみに捕手は1学年下の現西武・森友哉だった。

<甲子園での通算戦績>
9試合 9勝0敗 76回
53被安打 90奪三振 20与四死球 自責点9
防御率1.07

 まさに完璧。ライバルの大谷翔平が甲子園で1勝もできなかったのとは対照的だった。

阪神に入って以降の成績は……。

 この年のドラフトでは、オリックス、ロッテ、ヤクルト、阪神が藤浪を1位指名。抽選で地元阪神に入団が決まった。大阪のスポーツ新聞は例によって沸きに沸いた。

 以下、プロでの成績である。

<2013年>
24試合10勝6敗
137.2回 44与四球 126奪三振
防御率2.75

<2014年>
25試合 11勝8敗
163回 64与四球 172奪三振
防御率3.53

<2015年>
28試合 14勝7敗
199回 82与四球 221奪三振
防御率2.40

<2016年>
26試合 7勝11敗
169回 70与四球 176奪三振
防御率3.25

<2017年>
11試合 3勝5敗
59回 45与四球 41奪三振
防御率4.12

<2018年>
13試合 5勝3敗
71回 47与四球 70奪三振
防御率5.32

<2019年>
1試合 0勝0敗
4.1回 6与四球 3奪三振
防御率2.08

高卒3年目までに35勝を挙げた。

 阪神は1年目の藤浪を大事に扱い、当時の中西清起投手コーチがつきっきりで藤浪の面倒を見た。規定投球回数には達しなかったものの、いきなり2ケタ勝利を挙げた。

 そして2年目以降、藤浪はランディ・メッセンジャーと並ぶWエースになっていった。

 メッセンジャーは毎年3000球前後を投げても、全く消耗しない「現代のガソリンタンク」ともいうべき投手だった。「メッセに投げられるんやから、藤浪もいけるやろう」という認識だったかもしれないが、それは危険なのではと思っていた。

 3年目までの通算では藤浪は35勝21敗、大谷翔平は29勝9敗。二刀流の大谷との単純な比較はできないが、同世代を引っ張る2トップという感があった。

 しかし2016年から藤浪の成績は急落する。制球の乱れが目立つようになった。

 2016年7月8日の広島戦では乱調の藤浪に対し、この年から就任した金本知憲監督が161球を投げさせたことがあった。時代錯誤の「懲罰的投球」と言われて物議をかもしたが、この時期から藤浪は阪神のローテを維持できなくなっていくのだ。

2015年に見た藤浪の剛球と笑顔。

 阪神タイガースの沖縄・宜野座村の春季キャンプでは、2年前までブルペンがオープンになっていて誰でも間近に投球練習を見ることができた。

 私は2015年にブルペンにて藤浪を目の前で見たが、長い脚がゴムのように伸びて、剛球がミットに素晴らしい音を立てて収まるのを見て、胸がすく思いがした。

 彼は本当に楽しそうにボールを投げていた。投内連携の練習でも、長い体を折り曲げて送球しながら、こぼれるような笑顔を見せた。

「ええ子やなあ、藤浪は」と思った。

 その藤浪がここ数年、二軍でくすぶっているのは本当に残念なことだ。

 日本版「ルール5ドラフト」、つまり現役ドラフトの導入がうわさされているが、もし藤浪が阪神にいることに居心地の悪さを感じているのなら、他のチームに行って活路を見出してほしいとさえも思ったほどである。

 その矢先に新型コロナウイルス禍で、藤浪晋太郎が感染したとのニュースである。

嗅覚の異常を包み隠さず明らかに。

 藤浪は発熱やせきなどの症状はなかったが、数日前からトレーナーに「においを感じない」と嗅覚の異常を訴えたという。おそらくはそれが新型コロナウイルス感染の兆候であることを知っていたのだろう。

 プロ野球選手のような有名人が新型コロナウイルスに感染したことが明るみに出れば、世間はショックを受ける。中には「気が緩んでいるから感染するんだ」、「この時期に外食するなよ」みたいなバッシングもあるだろう。

 それでも、現状ではどこに住んでいる誰だって感染する恐れがある。藤浪を責めるのは全くのお門違いだ。

 それでも古い野球界の体質を考えれば、「隠ぺいしてしまおう」と思うことも考えられた。しかし藤浪は包み隠さず事実を明らかにしたのだ。

 私は「やっぱりええ子やなあ」と思った。

世間に対して果たした大きな貢献。

 藤浪の感染発覚で、我々は新型コロナウイルスに感染すると「味覚、嗅覚の障害が起こる」ケースがあるという大事なことをいっぺんに理解した。彼は、世間がこの未曽有の災難への知見を深めるうえで、大きな貢献をしたのだ。

 幸いにも症状は軽いという。藤浪はこの感染を「災い転じて福」にしてほしい。

 今回の新型コロナウイルス禍は、歴史上誰も経験したことのないような未曽有の災厄だ。この災厄の前には、スターも一般人も、どんな国籍、人種もすべてが無力だ。

 できることは限られている、何もしないで、出歩かず、じっとしているよりほかはないのだ。

 プロ野球、スポーツの再開も、そんなに簡単なことではない。

 我々は辛抱強く、粘り強く「スポーツの春」の到来を待たないといけないのだろう。

文=広尾晃

photograph by Toshihiro Kitagawa/AFLO