志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で天国に旅立った翌日、FC東京の公式サイトに「ご逝去のお知らせ」が掲載された。

「東京都東村山市出身の志村けんさんが2020年3月29日(日)にご逝去されました。心よりご冥福をお祈りいたします。志村けんさんには、2014年3月8日のホーム開幕戦ゲストとして味の素スタジアムにご来場いただき、スタジアムを盛り上げていただきました」

 キャラクターの「変なおじさん」姿で登場したイベントの写真も添えて。森重真人に花束を贈呈した写真では、アイ〜ンと一発。森重も後ろの審判団も笑っている。

「だっふんだ!」の決めゼリフに、みんなが転ぶ。

 筆者もこの日、味スタにいた。

 ドリフターズはど真ん中の世代。いやいや、世代は関係ないのかもしれない。登場しただけで「おーっ!」と、瞬間的、自然発生的にドッと笑いと拍手がスタジアムを包むのだから。

 もう一度、あのイベントを詳しく振り返ってみたい。

 大型ビジョンに「SPORT(スポルト)」のジョン・カビラさんの名調子で「ジャパーン、ケン、シムーラ、ヒガシムラヤマ」と紹介され、アナウンサーの本田朋子さんがまず登場。前振りをしている段階で、変なおじさんが背後から抱き着いて「キャーッ!」との悲鳴がとどろく。

 そこを警備員姿のダチョウ倶楽部・肥後克広さん、お笑いタレントのゆってぃさんに制止され、「♪変なおーじさん」と体をクネクネしながら踊り出す。

 その瞬間、一段と大きな笑いが起こる。そして手拍子の大合唱だ。「だっふんだ!」の決めゼリフに、みんなが転んでハッピーエンド。「FC東京、頑張ってくださ〜い」とエールを送って、足早に消えていった。

久留米高校サッカー部と知ってはいたが……。

 その後、ゴール裏から「志村、トーキョー」のチャントが起こった──。

 このイベントがどんなふうに進められ、実現していったのか。当時、志村さんが何かのイベントに出演するというケースはほとんどなかったため、まさかの味スタ来訪は関係者の間で「奇跡」とも言われた。

 企画に携わったFC東京の小林伸樹総合企画部長(当時は運営部長)にリモートでのインタビューをお願いした。

――志村さんをスペシャルゲストとして呼びたいと企画を立てたのは、何かきっかけがあったんでしょうか?

「いや、それまでも社内ではずっと候補には上がっていたんです。東京・東村山市のご出身ですから。

 久留米高校(現在は東久留米総合高校)サッカー部という情報も、もちろん持っていました。ただ大御所なので、社内でもお招きするのはなかなか難しいんじゃないか、と」

みんなが知っている志村さんの味。

――企画は上がるけど踏み出せない、と。それがこのときばかりは。

「実は志村さんの所属事務所の方がFC東京を応援いただいていることが分かって、その縁もあって接点を持つことができたのです。事務所の方に相談させていただいて、東京を盛り上げたいという思いを伝え、志村さんのスケジュールもなんとか押さえていただいて、やりましょうとなりました。事務所の方も志村さん本人からすんなりとOKが出るとは思っていなかったそうです。FC東京は地元だからというのも少なからず理由としてはあったんじゃないか、と」

――コントをやってもらうこともリクエストしたのでしょうか?

「大御所の志村さんに“ああしてほしい、こうしてほしい”というのはなかなか言えません(笑)。

 ただ、FC東京がどんなイベントを行なっているのか、事務所の方もよくご存じだったので助かりました。当初は、ユニフォームを着て応援メッセージをいただくという話でしたが、ご本人からの希望もあり、みんなが知っている志村さんの味を出せるものという感じで、自然と(コントに)なっていきましたね」

無口だった志村さんがパッとスイッチを入れた。

――まさか「変なおじさん」をサッカーのスタジアムで見ることができるとは(笑)。

「我々も、同じ思いでした(笑)」

――志村さん本人との打ち合わせは試合当日ですよね?

「そうです。志村さんがいらっしゃって一応、きょうの流れを説明させていただくんですけど、フンフンフンって聞いているだけで何も仰らない。

 何か気に障ること言ってないよなってちょっと心配になりましたよ(笑)。でもあまりしゃべらないのが、普段の志村さんのようで」

――そして本番ではスタジアム全体が爆笑に包まれました。

「我々も感動というか、ここまでやっていただいて驚きというか。

 さっきまで無口だった志村さんがパッとスイッチを入れてきて、僕らがいつも目にする志村さんになる。これは凄いなと。

 アドリブも入っていて、スタジアムにいる人を笑わせてあげようっていう志村さんの気持ちなんでしょうね。写真撮影のときもアイ〜ンをやっていただいて、本当に盛りだくさんでした」

「ずっとつながっているように感じています」

――ゴール裏からは「志村、トーキョー」のチャントも起こりましたよね。

「サポーターもあの日のイベントを凄く喜んでくれました。後日談ですけど、『ウチのスペシャルサポーターになってもらおうよ』っていう声も挙がっていたほどです」

――今、振り返ってもよく実現しました。

「そう思います。あれほどの大御所が多忙のなか、FC東京のためにひと肌脱いでくれた。それも凄くインパクトを残していただいて、みんなに喜んでもらって。

 確かに、志村さん来場いただいたイベントは1回だけかもしれない。でも我々としてはずっとつながっているように感じています。志村さんには感謝の気持ちしかありません」

東京ドロンパのヒゲダンスを優しい笑みで。

 一期一会。 

 志村けんさんがFC東京のイベントに参加したのは、この1日この1回だけ。

 だがその後も「縁」は続いていた。

 2014年12月には映画『妖怪ウォッチ』とのタイアップイベントを行なった際に、ゲスト声優として出演した志村さんにチームへの応援メッセージをもらっている。

 翌年、雑誌の公認マガジンにおいても同様である。

 志村さんは日常の会話のなかでもFC東京でプレーしていた久保建英の話題を自ら切り出すなど、何かと気に掛けていたとも聞く。

 高校時代はゴールキーパーを務めていたが、「あまり真面目にやっていなかったから」とサッカー経験者であることを大っぴらにしなかったそうだ。

 しかし、サッカーとの縁、FC東京との縁を志村さんが無下にすることはなかった。

 だっふんだ! 

 あの日、味スタにいる誰もが心のなかで喜んでずっこけた。

 ようやく結ぶことができた大切な縁。志村さんが亡くなってすぐに追悼のコメントを発表したことからも、FC東京にとっていかに大切な存在だったかが良く分かる。

 あの日、マスコットの東京ドロンパが踊ったヒゲダンスを、志村さんは優しい笑みを浮かべながら眺めていたという。

 志村けんさんとのつながりを、これからもずっと、ずっと感じて――。

文=二宮寿朗

photograph by J.LEAGUE