スポーツクライミングが東京五輪の追加種目に決まってから、ボルダリング、リード、スピードの各種目で日本代表の競技力は目覚ましい進歩を遂げてきた。

 それまで野口啓代が国際舞台で孤軍奮闘するような状況だったボルダリングは、2016年と2019年にW杯年間王者と世界選手権優勝二冠を達成した楢﨑智亜や、2019年にW杯年間女王に輝いた野中生萌などが台頭。いまでは多くの日本選手が国際大会の表彰台で笑顔を咲かせている。

 リードは2012年から2年連続でW杯年間王者になった安間佐千が競技を退くと、世界の頂点は遠ざかった。だが、2017年に国内第一人者の是永敬一郎が悲願のW杯初優勝を果たすと、次々と国内のスペシャリストたちが国際大会で頭角を現した。

 昨シーズンは男子で西田秀聖(現・高3)と清水裕登がW杯リードで初優勝。女子でも国際大会デビュー年だった谷井菜月(現・高2)がW杯リード年間3位。この谷井と同学年の森秋彩もW杯ボルダリングでの3位に続き、W杯リードと世界選手権リードでも3位になる活躍を見せた。

国内初のスピード専用壁誕生で進歩。

 スピードは2016年まで国内にスピード専用壁はなく、大会も行われてこなかったが、東京五輪の実施種目が3種目複合のコンバインドに決まり、2017年に国内で初めての国際規格のスピード専用壁が誕生してからは目覚ましい進歩を遂げた。

 2017年11月に初めて発表されたスピードの国内最速タイムは、男子1位が楢﨑智亜の7秒37、女子1位が野中生萌の10秒30。そこから足掛け4年で、日本記録は男子が楢﨑智亜の6秒15、女子が野中生萌の8秒40まで短縮され、ほかの選手たちも大幅に記録を伸ばしている。

 ただし、これは東京五輪で実施されるコンバインド強化としての成功であって、スペシャリストがしのぎを削る単種目での実力は、まだまだ世界トップレベルは遠いのが実情だ。

競技未経験の才能発掘トライアウト。

 現在のスピードの世界記録は、男子がレザー・アリプアシェナ(イラン)が2017年にマークした5秒48。女子は昨年10月にエリーズ・スーザンティ・ラハユ(インドネシア)が6秒99を記録して女子選手で初めて7秒の壁を破った。

 世界選手権やW杯で予選上位16名が進む決勝トーナメントを勝ち上がるには、男子なら5秒台、女子なら7秒台をコンスタントに出すことが求められる。日本代表はまだ男女ともこのレベルには達していない。

 この現状を打破するために、JMSCA(日本山岳・スポーツクイミング協会)は、昨年からJSC(日本スポーツ振興センター)のタレント発掘事業『アスリート・パスウェイ』を利用したタレントの発掘を始めている。スポーツクライミングは未経験でも、スピードで五輪や世界選手権の『未来の日本代表』になりうる潜在能力の高い子どもを発掘・育成していくもので、昨年11月に愛媛県で『タレント選出トライアウト』を行った。

 日本代表の強化を担う安井博志ヘッドコーチは、「陸上で全中(全国中学校体育大会)に出場するレベルの選手もいて、将来が楽しみな才能にたくさん出会えました」と手応えを口にする。

ホープとして期待される竹田創。

 トライアウトで選出された子どもたちは、ユース日本代表コーチの指導を月に1度ほど受け、国内合宿や大会に出場しながら将来の日本代表を目指していくことになる。

 そうした状況のなか安井ヘッドコーチが、「それでも一番期待しているのは」として国内クライミング界のホープの名を挙げる。

 それが竹田創(はじめ)だ。宮城県塩竈市に暮らす仙台城南高3年は、子どもの頃からクライミングを始め、ユース大会では知られた存在だったが、昨年5月の国内外の有力選手を集めたスピードイベントで2位になって一躍パリ五輪の期待の星に躍り出た。

楢﨑智亜と対決するなど急成長。

 昨年は3月から5月にかけては世界ユース選手権のユース日本代表入りに向けて、スピードの練習に特化。平日はフィジカル強化、週末は仙台から東京や岩手にスピードの練習に通ったことが、5月のジャイアントキリングにつながった。

 スピードでの竹田の動きは、スタートから3手目まではどちらかといえば重たさを感じさせる印象。しかし、馬力の大きなエンジンがトルクを得ると一気に推進力を得るかのように、竹田は4手目からは力強く加速度を増してゴールまで駆け上る。今年の『スピードジャパンカップ』は準決勝で楢﨑智亜と対決し、勝負所で足をスリップさせてフォールして3位。日本最速の称号は逃したものの、随所で竹田らしいパフォーマンスを披露した。

近場にスピード壁がない葛藤。

 竹田の自己ベストは昨年の世界ユース選手権でマークした6秒44。今シーズンは国際大会への派遣基準タイム6秒20のクリアや、楢﨑智亜の日本記録6秒15超えなど、さらなる進化を期待されていたが、コロナ禍で停滞を余儀なくされている。緊急事態宣言下に竹田と連絡を取ると、「毎日ダラダラしています」と笑いながら返ってきた。

「3日に1日程度で家にあるトレーニングボードで2時間くらい登ったり、筋トレをやったり、走ったりしています。それ以外はゲームばっかりです(笑)。今シーズンは6秒20より速いタイムを目指していたので、やっぱり残念です。一日も早く収束してトレーニングできる日が戻ってくれることを願っています」

 竹田がスピードさらなる成長のために欲しているのがトレーニング環境の充実だ。ボルダリングやリードは宮城県内のクライミングジムでできるが、国際規格のスピード壁は宮城県内にはない。そのため東京や岩手に通いながらスピードの競技力を高めてきたが、「やっぱり身近にないとできないことがある」と嘆く。

「もっと速くなるには、体の動かし方を繰り返し練習して染み込ませること。ホールドに乗せる足の置き方の角度が微妙に変わるだけでタイムは大きく変わってしまうんです。細かな部分を突き詰めて行くためにも、やっぱり身近な場所にスピード壁はほしいですね」

同じ熱量で取り組むライバルを熱望。

 竹田にはもうひとつ求めているものがある。それは自身と同じ熱量でスピードに取り組む選手だ。

 スピードは世界選手権の第1回大会から実施され、W杯では1998年から種目になったが、競技としての歴史はスポーツクライミング種目のなかでもっとも古い。リードの源流は1985年にイタリアの岩場で行われた『SportRoccia』にあるが、スピードの源流は1940年代から1980年代前半に旧ソ連で行われた岩場を駆け登る大会。1976年には初めて国際大会が開かれ、日本からは今野和義氏、大宮求氏が参加している。

 しかし、このときは国内で普及することはなく、リードやボルダリングの後塵を拝してきた。こうした背景もあって国内ではコンバインド種目の一環としてスピードに取り組む選手はいても、スピードにフォーカスしてトレーニングする選手は限られた。

 それだけにアスリート・パスウェイでスピードに特化した選手たちの育成が始まったことを竹田は歓迎している。

「競技として本気でスピードに取り組む選手が増えれば、ボクの気持ちも上がりますから。刺激しあい、切磋琢磨しながら、世界のトップレベルに追いつきたいです」

 15mの壁を瞬く間に駆け登っていくスピードは、スポーツクライミングの3種目のなかで、もっともわかりやすいルールだ。ゴールパッドを先に叩いた選手が勝利。シンプルな勝負だけに、初めてスピードを観た人たちをも一瞬で魅了して大会は大いに盛り上がる。

 2024年パリ五輪では単種目での実施が有力なスピードは、国内では新たなフェーズを迎えている。竹田創をはじめ、日本記録保持者の楢﨑智亜、そして発掘事業の新たなタレントたちによって、これからの4年間で国内のスピードは、新時代が築かれていくことになる。

文=津金壱郎

photograph by AFLO