「例年であればこの時期は、ドラフト候補のラインナップが出揃い始めるはずでした。そこでリストアップされた選手たちを夏にかけて視察していくわけですが、今年は夏の甲子園や大学選手権がなくなったことで、ほぼぶっつけ本番でドラフト会議を迎えるような感覚です。いつもよりスカウトの力量、眼力が試される秋になります」

 福岡ソフトバンクホークスの山本省吾スカウトは、新型コロナウイルスによる夏の甲子園中止の影響をこう語る。

 山本スカウトによると、例年のスカウトの動きは以下の通りだ。

 2月のキャンプ、もしくは3月のセンバツ甲子園で集まった際、シーズン最初の情報共有を行い、全国の有力選手の状況や、それぞれのスカウトが目を付けている選手を知る。4月、5月は新たな選手も含めて、各自がドラフト候補をさらに掘り起こしていく期間。そして、6月の大学選手権で再び全員が集まった際、いったんドラフト候補選手のリストが作成される。8月の夏の甲子園で情報がブラッシュアップされ、秋のドラフト会議に向けて候補者が選定されていくという流れだ。

「それが今年は3月のセンバツ甲子園、6月の大学選手権、8月の夏の甲子園と、球団スカウトが一堂に会する機会を失ってしまいました」

来年以降のドラフトにも影響?

 さらに夏の甲子園中止は今年のドラフトだけではなく、来年のドラフトにも影響が出るという。

「夏の甲子園は選手の力量を測る格好の舞台です。3年生はもちろん、実は2年生、1年生にもリストに挙げられる選手はいないか見ています。全国大会でプレーすればするほど、実力は推し量りやすい。何度もスクリーニングできるし、精査できる材料が出てくる。しかし、今年はそれがまったくないわけです。2年生の良い選手を甲子園で見られないことは、来年のドラフトにも影響してくるでしょう」

 また、甲子園には全球団のスカウトが集結するため、他球団の動向にも目を配ることができる。そんなバックネット裏での駆け引きがない今年は、競合指名を避ける戦略も難しくなる。まさに、一発勝負のドラフト会議になるかもしれない。

NPB延期で補強箇所も分からない

 プロ野球の開幕が延期になったことも、スカウト活動に影響するという。

「スカウトは本来、チームの補強ポイントに従ってドラフト候補をリストアップするものです。それが、今年はまだシーズンが開幕していないこともあって、勝敗も個人成績も出ていません。来年以降のチームの補強ポイントが分からない中でスカウティングしなければならないという状況も、難しさに拍車をかけています」

 プロ野球が6月に開幕できるとすれば、ドラフト会議まで約4カ月。山本スカウトは、準備と経験則がものを言うドラフトになると語る。

「現場に出向いて自分の目で選手を評価することも、3月下旬を最後にできていません。これからは実戦を見ずに練習だけを見て、プロで通用するかどうかを見極める眼力が求められます。また、スカウトの力量が試されるのと同時に、各チームの好みが指名に反映されることになるでしょう。実戦データがないことで、チームによって補強の傾向や選手タイプの好き嫌いが、はっきり出るようなドラフトになると予想しています」

元星稜エース、高2夏に準優勝。

 今回、山本スカウトにこのインタビューをお願いした理由が、もうひとつある。

 山本スカウトは高校時代、石川・星稜高のエースとして2年の夏に甲子園で準優勝を果たしている。その後、慶應義塾大学に合格し、4年秋には大学日本一に輝いた。そして、2000年のドラフト会議で大阪近鉄バファローズを逆指名して、プロの世界へ入ったという経歴を持つ。

 筆者にとっては、大学野球部の2年先輩。山本先輩の背中からはいつも、甲子園準優勝という肩書に頼ることなく、自ら設定した目標をクリアしながら鍛錬していく姿勢が伝わってきた。

 それは、2年夏に甲子園で準優勝しながら、3年夏は県大会で敗れて甲子園を逃した経験が大きかったという。「目指して敗れたことと、大会そのものがなくなってしまった今年の子たちはまったく違いますが……」と前置きしながら、こう言った。

人生のゴールをどこに定めるか。

「甲子園のマウンドに初めて立ったときは、見たこともない大観衆の視線が集中していて、怖いと感じました。でも、怖いと思うくらい魅力的な場所でもありました。10代の少年が経験できる舞台として、世界中のどこを探しても甲子園を超えるものはありません。だからこそ、最後の夏、県大会で敗れたときに心に開いた穴は大きく、その夏の甲子園を見ることはありませんでした。

 でも、時間とともに『自分の人生を自分で考えられる人間でいよう』と切り替えられたんです。甲子園という目標がなくなって、ゴールをどこに定めるか。それは『将来はプロで、長く野球を続けること』で、甲子園はその途中にあり、次に目指したのは早慶戦のマウンドでした。軽く言うことはできませんが、甲子園が通過点だったと思えるようになったとき、自分の人生のゴールが見えたと思います」

 甲子園に出場した自分に頼らず、長く野球を続けたいと思う自分に希望を感じた。その姿勢が大学で悲願の日本一を果たし、13年間のプロ生活を送り、今でもスカウトとして歩み続ける原動力となっている。

 これまでにもさまざまな高校生を見てきた山本スカウトにはかねてから、「甲子園をゴールととらえている子よりも、人生のゴールを見つけられている子の方が強い」という持論がある。ホークスが今年のドラフトでどんな選手を指名するのか分からないが、高卒の新入団選手に山本スカウトはこんなメッセージを送ってくれることだろう。

「甲子園が切り拓くのではなく、自ら切り開いた人生を」

文=田中大貴

photograph by Kyodo News