MLBで数少ない黒人の幹部職員であるホワイトソックスのケニー・ウイリアムス副社長は6月15日、チームがリリースしたビデオの中で、こう語った。

「(南北戦争時の)奴隷制度の撤廃がそうであったように、黒人だけで人種差別は解消できない。我々には、白人がそうすることが必要なんだ」

 それはミネアポリスで起きた警官による黒人男性の殺害事件をきっかけに起こった全米規模の抗議運動に関連した、MLBの反応のひとつだった。

 ウイリアムス副社長がそう言ったのは、彼がNBA(バスケットボール)やNFL(アメリカン・フットボール)ではなく、MLBの住人であることと無関係ではないだろう。

 MLBの黒人選手は全体の8%にも満たず、NBAが全体の約80%、NFLが全体の約70%と黒人選手が大多数を占めている事実と比べると「圧倒的な少数派」だ。黒人の幹部職員もかなり少なく、MLBが「白人社会」であることを示している。

MLBで人種差別を問題にするのは難しい。

 インディアンスの黒人選手デライノ・デシールズも、ESPNの取材でMLBにおける黒人の雇用状況について、こう語っている。

「アメリカで権力を持つのは白人だから、リスペクトしろと教えられて育った。(給料の)小切手を書き、プレーする機会を与えてくれる誰かをリスペクトせず、『分かった。私をリスペクトしないなら、私のチームには欲しくない』と思われるのは、怖いことなんだ」

 だから、MLBでは人種差別に抗議して国歌斉唱中に片膝をついたNFLのコリン・キャパニックや、彼に同調した選手たちのようなシンボリックな黒人選手は現れなかった。

 野球界で唯一、当時アスレチックスで勇気ある行動を取ったブルース・マックスウェルも、誰も同調する者がいなかったことで孤立してしまったのだ(同調しなかったデシールズは、今では後悔していると明かしている)。

NFLとMLBの温度差。

 北米最大の自動車レース団体NASCARが、南北戦争時に奴隷制度の存続を主張して戦った南軍の旗を「すべてのイベントで使用禁止にする」と決定した時、それを「我がこと」のように扱ったのも、NFLネットワークだった。

 そこでは「NASCARは南部のスポーツであり、その旗があたかも『これは我々のスポーツの旗だ』という風に掲げられていた」と、現役のフットボール選手を招いて激しく議論されていた。

 キャパニックの膝つき抗議についてすら語ることのなかったMLBネットワークでは、触れたくない話題だったのかも知れない。

MLBで始まった居心地の悪い会話。

 NFLとMLBの温度差は、郊外の小さな町と少し似ている。

 シカゴから車で1時間ほど西へ行った地域=「District 204」は、3つの高校、7つの中学校、21の小学校があり、2019年の調査では全体で2万8000人の生徒がいる地区だ。

 アジア人の生徒の割合が全体の30%と多い場所なのだが、一番多いのはやはり白人で、全体の42.4%を占める。以下、アジア人、ヒスパニック12%と続き、黒人は8.9%しかいない。

 そんな場所では、庭先に抗議運動の象徴である「Black Lives Matter」の看板を掲げる家庭や、そのグッズ(Tシャツやリストバンド)を着用している人はほとんど見かけない。

 そういう地区でも暴動は起きたし、コミュニティーのSNSでは「人種差別反対」が叫ばれているのだが、白人の多い場所では「人種差別」は「居心地の悪い会話」であり、目立たぬように過ごすのが賢明という判断に傾くのは無理のないことだ。

 居心地の悪い会話=Uncomfortable Conversation。それが今、ようやくMLBでも行われているようになった。黒人の父と白人の母を持つデレク・ジーター現マーリンズ最高経営責任者は、MLBネットワークでこう言っている。

「皆と一緒にこの居心地の悪い会話をすることこそ、この問題を解決する唯一の方法なんだ」

白人ばかりを雇ってきた、という告白。

 カブスの編成本部長で白人のセオ・エプスタインは、「自分と似たような人々ばかりを雇ってきた」と自らの過去を告白しながら、冒頭に登場したウイリアムス副社長に連絡を取って、MLBにおける黒人の雇用機会を拡大する変革について話し合ったという。

 居心地の悪い会話を始めたのは選手も同じで、その一環として、黒人選手(引退した選手や、オリックスのアダム・ジョーンズらを含む61人)が、今回の抗議運動を象徴する「Black Lives Matter」を支持するビデオを作成し、すでにSNSを通じて拡散されている。

 参加者の1人であるカブスのジェイソン・ヘイワード外野手は6月16日、ニュース専門局のCNNにネット出演して、こう説明した。

「もうこれ以上、(自分たちの立場を)心配せず、自分たちのコミュニティーのために話していくべきだと思いました」

 番組のホストであるドン・レモンは黒人で、かつて同じ番組の中で現職の大統領を「人種差別主義者だ」と糾弾した勇気ある人だ。

 物事の裏側を冷静に見ているジャーナリストであり、彼はヘイワードのコメントを聞いて「あなたたちが自らの声で話してくれていることに感謝する」と言いながらも、番組で共演していたカーティス・グランダーソン(元タイガースほか)に、こう質問している。

「MLBは今月初めの声明で『人種差別に対処するために野球と社会の両方で必要な行動、そして変化することを約束する』と発表しました。 そのために彼らが何かをする計画を聞いたことがありますか?」

カブスが表明した「End Racism」。

 グランダーソンは「今はまだ何も」と正直に答えると、その真っ直ぐな質問は、ヘイワードにも向けられた。

「抗議運動の渦中、カブスはリグリーフィールド(外の電光掲示板)に『END RACISM(人種差別を終わらせよう)』というメッセージを流しました。チームやチームメイトから何か言われましたか?」

 ヘイワードは冷静にこう答えた。

「数多くのチームメイトが連絡をくれたし、ドクターや広報など、日常的にこのゲームに関わっている人々も彼らの考えを示してくれた。

 ひとつの組織として、彼らがポジティブな行動をしたいということを教えてくれたのです。それらのことは、彼らが(何らかの計画を準備している)最中だと感じさせてくれる」

開幕以上に重要な案件。

 奇しくもその翌日(17日)、再開した英国のサッカー(プレミアリーグ)では、選手全員が「Black Lives Matter」の文字をジャージーの選手名の部分に入れ、試合開始前にはやはり、選手全員がNFLの選手たちのように片膝をつく「抗議運動」をした……すべての選手が!

 アメリカには「黒人のことは黒人だけが語るべき。他の人種は黙ってろ」と言う人々もいるが、アメリカ発の抗議運動が、海の向こうの「外国人」が運営する「外国のスポーツ団体」で、NFLですらできなかった形で再現されたのだ。私のようなアジア人のメディアも含め、自分がどう思われるのか気にしながら語る時間は終わり、自分がどう思うのかを言動で表す時が来ているのではないかと思う。

 確かなのは「アメリカ人」が運営する「アメリカのスポーツ団体」であるMLB(メディアを含む)が、新型コロナ・ウイルスの感染が再び拡大する兆しを見せる中で開幕することより、もっと重要な案件に直面しているということだろう。

筆者注:アメリカには「アフリカ系アメリカ人」と呼ばれるのを嫌う人もいるため、それを強調する必要がない限り、あえて「黒人」に統一しました。ちなみにその理由をその人は「僕は黒人であってもアフリカ系アメリカ人ではない。僕はアメリカ人なんだ」と教えてくれた。

文=ナガオ勝司

photograph by AFLO