ここ数年で右肩上がりを続けているプロ野球の観客動員数。日本野球機構(NPB)が2019年10月に発表した公式戦入場者数は2650万と史上最高を記録した。その要因の1つとなっているのが、パ・リーグの動員数の伸長だ。2005年は約825万人だった動員数は、昨年は約1167万と約1.5倍に。その裏側には、同リーグが新しいファンを獲得すべく、マーケティング活動を担う役割として2007年に設立されたパシフィックリーグマーケティング株式会社の存在があった。

 パシフィックリーグマーケティング株式会社(PLM)の代表取締役、根岸友喜の原風景は読売ジャイアンツとともにある。

「子供の頃、実家のテレビではいつも祖父の見るプロ野球中継が流れていました。いつも巨人戦でした。おかげで、原(辰徳)さん、篠塚(和典)さんの応援歌は自然に覚えてしまって、空で歌えました(笑)」

巨人が勝てば家長が笑い、負ければしかめっ面になる。その当時の多くの家庭と同じような環境に根岸もいた。

さすがに「巨人、大鵬、卵焼き」の時代は過ぎ去っていたが、プロ野球の価値観は依然としてジャイアンツ・ブランドと、巨人戦というドル箱カードを持つセ・リーグがその中心を占めていた。

「人気のセ、実力のパ」という2リーグの不均衡、パ・リーグの不人気を揶揄する、こんな言葉が当たり前に用いられていた時代の真っ只中で根岸は育った。

根岸がそうした価値観に違和感を覚えたのは就職して社会人になり、自分の給料でスタジアムへ野球を観に行くようになってからだ。

「自分で野球をやったことはなかったんですが、スタジアムの雰囲気が好きで、東京ドーム、神宮、西武ドーム、千葉マリンと関東にある球場にはよく足を運びました。ただ、惹きつけられたのは、小さい頃から刷り込まれていたはずの東京ドーム・ジャイアンツ戦ではなく、なぜか、千葉マリンスタジアムでの観戦だったんです」

楽天に入団、ミッションは「観客を増やす」

根岸の心に刻まれたのは、千葉マリンの外野スタンドの一体感だった。サッカーのチャントのような応援が繰り広げられる熱狂のライトスタンドに身を投じてみると、野球というゲームの勝敗だけではなく、この連帯感そのものが、人々がスタジアムに足を運ぶ理由なのだということがわかった。そして、自分もその中のひとりだということに気づいた。

 そうやって野球との関わりを求めていた根岸は2007年、勤めていた旅行代理店などを辞めて、ちょうど球団職員を募集していた新興球団、東北楽天ゴールデンイーグルスに入団した。

広報部、事業部で働くことになったが、前職でもマーケティングを専門分野としていた根岸が主に担当したのは「観客を増やす」というミッションだった。

「驚いたのはプロ野球というのは寒い日も暖かい日も、晴れでも雨でも、平日も休日も、いつもチケットの値段が同じなんです。私は旅行代理店にいたので、夏休み中は値段が高くなるのが当たり前で、いつも同じ価値であるはずがないと考えていました。だから最初は時期や、状況によって価格設定を変動させる企画をしたりしました。ただ私が入った当初の楽天はなかなかお客さんは入ってくれませんでした」

東北で初めてのプロ野球球団として、創設3年目。楽天にはまだ固定されたファンは少なく、本拠地には空席が目立っていた。

名将・野村克也のもと、2009年にリーグ2位となり、初めてクライマックスシリーズに進出したシーズンは特別な盛り上がりを見せたが、監督交代した翌年、最下位に沈むと、再び客足は元通りになった

悪戦苦闘の中で根岸はあることに思い至った。

リーグ、業界全体で拡大していくべき。

「ビジネスとして不確実なんです。勝ち負けによって観客動員が左右されるとすれば、優勝した1つの球団以外はみんな業績が下がることになります。それでは右肩上がりの成長はできません。結局、勝っても負けても、寝ても覚めてもイーグルスと思ってもらえるかどうか。そういうファンをいかにつくるかなんです」

プロ野球の世界では毎年のように勝者と敗者が入れ替わり、選手の争奪戦が繰り広げられる。一方で、当然ながらリーグ自体は相手球団がなければ成り立たず、お互いの存在がお互いを支えている部分が大きい。やがて根岸は楽天というひとつの球団のことだけではなく、リーグ全体、業界全体で顧客を獲得、拡大していくべきではないだろうかと考えるようになっていった。

「スポーツは相手がいることが前提です。リーグ全体で見れば、もし1つの球団だけがずっと勝っていたとすると、その状態が継続すればするほど全体としては長続きしなくなる。これからは全体に最適を与える仕組みが必要ではないかと思っていたんです」

当時、根岸は時間を見つけては自費でアメリカへ渡っていた。メジャーリーグを視察するためだった。そこで知ったのは、MLBが30球団の放映権を一括管理して、全体として利益をあげる仕組みだった。それぞれのスタジアムは必ずしも連日満員ではないのだが、ビジネスとしては大成功している。

それに対して日本は依然として各球団がそれぞれ放映権を管理していた。

6球団が重なる部分だけを推進する。

根岸は2013年、楽天球団内での人事異動があったことを機に、PLMへの入社を決めた。

 PLMはパ・リーグ6球団の共同出資によって2007年に設立され、最初は各球団からの出向者によってスタートした企業だ。

リーグ全体の収益性を上げるという同社の理念は、根岸が抱えていた思いと重なるところがあった。楽天に在籍していた当時からPLMの事業に参画していた根岸にとっては、ある意味、自然な決断だったという。

設立当初のPLMは、球団ホームページなどを一括管理することなどでの経費削減を柱にしていたが、2012年にネット配信コンテンツ「パ・リーグTV」を開始した。

根岸は入社してから、このネット配信の拡充や6球団合同イベントなどを手がけて、パ・リーグ自体の顧客を増やしていった。

その過程では“寄り合い集団”ならではの難しさも味わった。親会社の業態も、利害関係も異なる6球団共同出資という性質上、企画立案しても、結局はその壁に阻まれて推進できないプロジェクトが多かった。

「例えば、某食品会社さんとスポンサーシップを結ぼうとしても、それはロッテさんとしてはあり得ないわけです。他方、ソフトバンクと楽天では何かをやろうとすると必ず競合関係にありますから」

その中で根岸が見出したのは、それぞれの球団が描く6つの円が重なる部分だけを推進し、それ以外のことは「やらない」と決めることだったという。

年間売り上げは、設立当初の30倍に。

「6球団だからできること、1球団だけではできないこと。それを考えていく中で、まず『これはやらない』ということを決めていくんです。そうすると6球団の思惑が合致する部分が見えてきます。色に例えれば、各球団の色はそれぞれ全く違うわけですから、その中でなるべく全体に近い色、例えば青系を目指そうと決めるわけです。そして結果的にそれが黄色になったとしても、それはいいんです。まとまるためにまとまるのではなく、あくまで各球団の収益性を今よりも上げるために、これならまとまれそうだという部分だけをやればいい。そう考えてからやるべきことが見えてきました」

2017年には代表取締役社長となり、2018年には楽天、ソフトバンクに加えて、イギリス発のスポーツ専門ネット配信サービス「DAZN」とも配信契約をまとめた。それによって年間売り上げは50億円に達し、設立当初の30倍にもなった。

それと並行するように、パ・リーグの観客動員数はこの15年間でおよそ1.5倍に増加した。デジタル多チャンネル時代となり、民放のプロ野球中継が激減していく中での成長は、パ・リーグTVなどネット配信コンテンツが大きな影響力を持っていることの証明でもあった。

パ・リーグTVのコンテンツは有料と無料があり、軸となるのは有料のライブ配信だ。ただ、その他に勝敗以外の部分、監督や選手、コーチのストーリーやマスコット、チアなどの6球団合同企画を特集した動画を無料で提供している。そうやって贔屓の球団や勝敗だけでなく、パシフィック・リーグそのものに関心を向ける人たちを増やしていった。

セ・リーグへの対抗心は「全くない」

その結果、セ・リーグとの観客動員数の差は年々縮まっている。「人気のセ、実力のパ」という言葉はほとんど使われなくなった。かつて、毎日、巨人戦だけを目にする環境で育った男が、その時代の終わりを演出している。

「巨人さんや阪神さんのような球団は親子代々のファンがいて、歴史と伝統があります。そこはコンテンツホルダー側が動いていかなければスタジアムを埋めることのできないパ・リーグの球団とは決定的に違うでしょう。ただ、歴史や伝統があればお客さんが入る、なければ入らないかというとそうではないと思うんです」

その上で、根岸はセ・リーグへの対抗心については、きっぱりと否定した。

「対抗心は全くないです。むしろ、今は12球団合同で事業をやるためのプロセスだと思っています。私はこの仕事を引き受けたときから、12球団でまとまって何かをやれる日がくれば、その時にこそPLMを発展的に解消したいと考えてきました。それが目標ですから」

あくまで最終到達地は、12球団の最大公約数を導き出すことだという。

「今のところ、我々はクライアントに売り込みにいっても、セ・リーグというコンテンツを持っていないので、価値としては不十分です。もしMLBがナショナル・リーグの放映権はあるけど、アメリカン・リーグの放映権、ワールドシリーズの放映権は持っていないとなればビジネスとしては限定されてしまいます。それと同じです。だから我々としては『これは12球団でやるしかない』とセ・リーグに思ってもらえるような、アウトスタンディング(傑出した)な結果を出すしかないんです」

 かつて12球団の顧客はそれぞれ別だと考えられていた。そもそも球団はあくまで親会社の広告塔であり、利潤追求は二の次だった。

だが、そんな考えはもう過去のものであり、日本プロ野球はビジネス面でも新しい時代を迎えようとしている。

根岸はそのために自分たちが果たす役割はまだまだあると考えており、PLMという組織自体も根岸とはまた別の新しい価値観を持った人材を加えて、変貌を遂げている。

(後編へ続く)

文=鈴木忠平

photograph by PLM