世界1位のノバク・ジョコビッチがリードした『アドリア・ツアー』は多数の新型コロナウイルス感染者を出し、あからさまな<失敗>に終わったが、ヨーロッパではもう1つ注目のイベントが同じ日に幕を開けていた。

 セリーナ・ウィリアムズのコーチとしても有名なパトリック・ムラトグルーが打ち出した『UTS(Ultimate Tennis Showdown=究極のテニス対決)』と称するプロテニスマッチ。彼が南フランスで経営するムラトグルー・テニスアカデミーで6月13日から毎週末に行われ、10人の出場者が2試合ずつ戦う全10試合をオンライン中継してきた。出場者は同アカデミーの看板選手、ステファノス・チチパスをはじめ、ドミニク・ティーム、ダビド・ゴファンといったトッププレーヤーたちだ。

テニスは今のままではダメだ。

 ただしこの『UTS』の目的は、コロナ禍で実戦の場を失った選手のためとか、ツアー再開に向けての準備といったものだけではない。発端は以前からムラトグルーが抱いていた現在のテニスに対する問題意識だ。

「テニスは若いファンを取り入れることに失敗している。今のままではダメだ。大きく変えていかなくてはならない」

 そう主張してきたムラトグルーにとって、この『UTS』の構想はテニスの大改革のための試みであり、コロナ禍によるツアー休止はその試みを実践するにはもってこいのチャンスだった。

 ルールは通常のテニスと完全に異なる。まずゲームやセットという考え方はなく、10分間を1クォーターとしてその中でどちらが多く得点するかで争う。サーブは2ポイントずつで交代。テニスは時間が読めないという短所(それがおもしろさでもあるのだが……)がこれで消える。見たい選手の、見たい試合にきっちり合わせてテレビやパソコンの前に座ることができる。

時間制はテニスの将来にありえる。

 また、第4クォーターまで戦って2-2のタイになった場合に勝負を決める<サドンデス>は、どちらか先に2ポイントを連取したほうが勝ちという究極の短時間決戦だ。1ポイント目が終われば早くもどちらかにマッチポイントが訪れる。「テニスを知らない人にとってタイブレークのシステムは複雑すぎる。それに、長くて退屈だ。この方法はわかりやすいし、1ポイント目から目が離せない」とムラトグルーは説明する。

 若い人を意識してなのか、さらに遊びの要素をちょいちょい入れている。相手のサーブ権を奪ったり、1ポイントを3ポイントにしたりできる<UTSカード>を、決められた回数だけ使うことができるのだ。遊びと真剣勝負のバランスをどうとればいいのか、最初は見るほうもかなり戸惑う。これに対し先週、ブルボン・ビーンズドームで開催された非公式戦『Beat Covid-19 Open』で優勝したダニエル太郎は肯定的な意見を示した。

「時間制はテニスの将来にありえると思います。ATPやグランドスラムが取り入れることは多分ないと思うんですけど、テレビにやさしいフォーマットだなと思う。UTSには僕も出たいと思ってます」

ファンの平均年齢は64歳。

 その前の週に千葉県柏市で行なわれた『チャレンジテニス』というチーム戦のエキシビションイベントで、車いすテニスの国枝慎吾とともに発起人となったダニエルだが、1試合45分という時間制は『UTS』から思いついたアイデアだったという。また、実際に行ってみて「若い人たちがもっと見てくれそうなエキシビだった」という手応えもあった。「若い人」を意識したのは、ダニエルもファンの年齢層について以前から気にしていたからだ。

「テニスファンの平均年齢は64歳というATPのデータを前に見たことがあります。ちょっとびっくりしたけど、試合とかイベントに来てくれる人とか応援してくれる人は、確かに年配の人が多い。若い女の子たちにキャーキャー言われることってほんとにないです(笑)。ちょっと寂しいかな。騒げないっていうイメージのせいかもしれないし、選手のことをよく知らないとおもしろくないのかなとも思います。やっぱり男の人も含めて若いファンが増えていかないと、テニスの人気はどんどん落ちていくような気がします」

じわじわと進行していく高齢化。

 64歳という驚きの数字は、アメリカの大手スポーツ・ビジネス誌である『スポーツ・ビジネス・ジャーナル』が2017年に掲載した記事が裏付ける。2000年、2006年、2016年のそれぞれの年におけるスポーツテレビ中継の視聴者の平均年齢を調査したもので、結果は2016年の男子テニスで61歳。2006年から10年間で5歳上がり、2000年からは10歳上がっていた。

 当然ながら、このことはATPも危惧し、すでに数年前から動いている。たとえば3年前に始まった『ネクスト・ジェン・ATPファイナルズ』という21歳以下のトップによる大会は、当時ATPの会長だったクリス・カーモード氏の「テニスの未来のためには、若い世代の選手と同時に、若いファンが必要。若手が注目されなければ、若いファンもつかない」という考えから生まれたものだった。若くて魅力ある選手が力をつけてきたという成果はあったが、あいかわらずファンの高齢化はじわじわと進んでいるらしい。

女子テニスは若返ったものの。

 先のデータによると、ファンの高齢化はテニスだけの傾向ではないのだが、調査対象となった24の競技で、61歳のATPよりも上だったのは男子ゴルフとフィギュアスケートの64歳、そして女子ゴルフと競馬の63歳だけだった。

 おもしろいのは、たった1つ10年前から視聴者年齢が若返った競技がWTA(女子テニス)だったということ。ポジティブに考えれば、スター選手のファッションや若手のキャラクターなど若い層を惹き付ける要素があったのかもしれないが、悲観的に見れば、長年のテニスファンが女子テニスを離れて男子テニスのみ見続けているのかもしれない。ただ、若返ったといっても55歳。10年前には60歳を越えていた唯一の競技だったのだ。

叫んでもラケットを壊してもOK。

 ムラトグルーは、試合中の違反行為に対する厳し過ぎる罰則もテニスの魅力を損なっていると指摘する。

「今のほうがテニスのレベルは明らかに上がっているにもかかわらず、(ジョン・)マッケンローや(ジミー・)コナーズの時代のほうがテニスは面白かったと言う人たちがいる。なぜか。それは今の選手たちが規則に縛られて感情を抑え、個性を表現できないからだ」

 だから『UTS』では、暴言や悪態等々に対する罰則が緩い。対戦相手に対する身体的な攻撃やいきすぎた罵倒は違反だが、ただ汚い言葉をつぶやいたり叫んだりするのは問題ないし、ラケットを壊したっていい。

 こうした試みから新しいファン層を獲得できたのかどうか、少なくともそのヒントは得られたのかどうか、明確な答えはすぐには出ないだろう。しかし、コロナ後のテニスのあり方を探る大胆な動きは、じわじわと世界中へ広まっていくのかもしれない。

文=山口奈緒美

photograph by AFLO