久しぶりに向かい合うと、身長186cmの肉体はさらに大きくなっているように感じた。

 上半身と下半身のバランスは良いが、筋肉の盛り上がりはランニングウエアを着ていても顕著にわかるくらい、大きくなっていた。

 ――身体、大きくなりました?

「わかります? 今まではなかなかできませんでしたが、自粛期間中に家にいる時間が続く中で、筋力トレーニングを徹底的に行って、食事管理もさらに徹底し、身体のサイズを大きくすることに成功しました」

 そう語るのはリオデジャネイロ五輪陸上男子4×100mリレー銀メダリストの飯塚翔太。

 日本の短距離界で身体のサイズはトップクラス、欧米の選手にも引けをとらない。

 3月に出場予定だった大会に新型コロナウイルス感染症の影響で出場できず、4月からは練習拠点としている味の素ナショナルトレーニングセンターの使用が1カ月半ほど禁止された。飯塚ら、五輪を目指す陸上界のトップ選手らはどのようにして過ごしてきたのだろうか。

苦労した「走れる場所」の確保。

「移動が制限される中で、練習場所を探すのに苦労しました。自宅でできることに限りがある中で、トレーニング場を貸してもらい、誰とも接触しない時間に使用し、ウエイトトレーニングを行いました。自宅では体幹と、競技映像を観てイメージを膨らませるトレーニングが中心。ただ、走る場所がありませんでした。だから、誰もいない時間帯の公園や河川敷を必死に走っていました。他の選手からも練習できる場所の情報をもらったりしていました」

 五輪メダリストは身体を動かし、走れる場所を探し続けた。

「練習は場所と時間を工夫して何とかなりました。ただ、何よりもきつかったのは陸上を始めてから初めて目標とする大会を失っていたこと。コロナの影響で予定していたスケジュールはほぼ全て白紙になりました。延期と発表されても、中止になるかもしれない。今も、本来であれば日本選手権が終わって、東京五輪の代表選手が発表されている時期です。次に出場する大会が見えない中で、心身のピーキングも含めて、精神的に自分をどう保つかが、とてもきつい状態でした」

支えになったのは、あの4人。

 日本の大会も無ければ、海外の大会もない。次に向かうべきレースがない……ほとんどの陸上選手が初めて経験する、極めて不安定な感覚だった。

「心の動きをどう安定させて、次に走れる大会が決まった時に、柔軟に対応できるか……なかなか難しい作業でした。モチベーションの保ち方、トレーニングへ向かう時の気持ちのスイッチの入れ方など、考えることは多くありました。そんな中で、リオ五輪のリレーメンバーとの情報交換は自粛期間中、本当に支えになりました」

 4年前、日本陸上界にとって歴史的快挙となった男子4×100mリレーの銀メダル獲得。飯塚ら、あの時のメンバー4人は声を掛け合って、リモートという形ではあったが全員が集った。情報交換しただけでなく、士気を高め合い、さらには陸上ファンに向けて、バトンを用意し、リモート内で仮想リレーも披露した。

再開初戦は故郷・静岡で。

「今、ようやく次に走る大会が決まりました。僕の故郷、静岡の大会です。静岡県選手権という、静岡出身のナンバーワンを決める大会です」

 飯塚はおそらく、もう一度原点に返るという意味でも、シーズン再開後の最初の大会を地元のレースに定めたのだろう。

「いやあ、かなり楽しみですね。身体を大きくして、出力を上げることに成功したと思います。年齢的にも今が一番いいと、僕は思っています。100m、200mで自己最速を出せるとイメージしています。コロナの期間をアスリートとしてプラスに解釈し、精神的にも肉体的にも上手くトレーニングできた選手が今年、来年は結果を残すような気がします。そのあたり、僕は自分自身に期待しています」

 先月29歳になった飯塚翔太。リオ五輪後の陸上短距離界では、21歳のサニブラウンや25歳の小池祐貴らが台頭した。ベテランの域に向かう飯塚が自分の武器は世界に負けない身体のサイズであり、さらにサイズを大きくすることが勝機だと考えたのであれば、どんな結果が出るのか非常に興味深い。

 新型コロナウイルスの影響によって止まっていた3カ月が、陸上界に何をもたらすのか。いよいよ、スプリンターたちの2020年シーズンが始まる。

文=田中大貴

photograph by Asami Enomoto/JMPA