限定的に戻ってきたサポーターの前でも、王者のエンジンは温まりきらなかった。

 10日に政府がイベント開催制限を緩和し、先週末からJリーグにも最大5000人の観客の入場が認められるようになり、12日の日産スタジアムにも4769人のファンが入った。7万2327人を収容する会場でその数の人々が席を埋めても、ホームの利と言えるかはわからない。

 ましてこの日の一戦、横浜F・マリノス対FC東京といえば、昨季の最終節にこのスタジアムで優勝を争ったカードで、あの時はJ1リーグ新記録となる6万3854人を集めた。

 それでも過去2試合の無観客と比べると、明らかにポジティブな前進と言える(それにもしこれがニューノーマル──新様式となるのであれば、慣れる必要もある)。ファンは声援を禁じられ、手を叩くことでしか選手たちをサポートできないが、「(ファンが)いるといないとでは、大きく違います。拍手をもらえるだけでも、選手たちは勇気づけられます」と試合後に横浜の遠藤渓太は語っている。

先制点で波に乗ったと思いきや。

 その背番号11が開始早々に先制点を奪った時は、昨季のリーグを席巻したスピーディーでアグレッシブな横浜のスタイルがいよいよ本領を発揮するかとも思われた。

 右サイドのスローインから、いったん中央の天野純に渡ると、ダイレクトで再び右の水沼宏太へ。そこからのクロスを中央のオナイウ阿道がマーカーと競り合いながら後ろへそらし、逆サイドから走りこんできた遠藤が足裏のボレーでネットを揺らした。

 マリノスは前節の湘南ベルマーレ戦で、痺れる試合展開から最後は3−2で今季初勝利を飾っている。後半だけで5得点が記録された撃ち合いの神奈川ダービーを制した後、再開後初の日産スタジアム(少ないとはいえ、観客も戻ってきた)で序盤に先制──チャンピオンが波に乗り始めても不思議ではないプロセスだ。

 けれどこの日のFC東京は、試合後に長谷川健太監督が喜んだように「リバウンドメンタリティ」に優れていた。

同点までの流れが勝利の分かれ目。

 昨季最終節の悔しさもあったはずだ。そして何より、復帰した永井謙佑の存在が大きかった。今季初出場を果たした31歳の韋駄天は、そのスピードで横浜の低い位置からのパス回しに綻びを生み、攻撃時には俊足を飛ばして相手に脅威を与えた。

 そしてアウェーチームは失点から10分と経たないうちに、同点の絶好機を迎える。自陣から長めのグラウンダーのパスをつなぎ、前線中央のディエゴ・オリヴェイラに楔が入ると、ダイレクトで右に展開し、駆け上がってきた室屋成もワンタッチで折り返す。

 そこに走りこんできた田川亨介に、チアゴ・マルチンスが後ろからタックルし、PKが宣告された。これをディエゴ・オリベイラが自分の間合いで仕留め、試合は振り出しに。

 同点までの一連の流れは、この試合の勝負の分かれ目だったと振り返られる。というのも、ここで負傷した田川に代わって投入されたレアンドロが残りの2ゴールを決めることになるのだ。

 ひとつは前半終了間際の直接FK、もうひとつは後半開始直後のボレーシュートだ。「壁が低かったので、コースが見えた」と説明したFKも、永井のクロスに軽快に合わせた強烈なボレーも、実に美しいゴールだった。

アンジェの“3枚替え”も実らず。

 横浜のアンジェ・ポステコグルー監督は前節、先行された後に3人を一気に交代させ、その全員が得点に絡んでシーソーゲームを勝利に導いている。

 この日も同様に、60分過ぎに3枚のカードを同時に切ったが、2試合続けて采配が的中することはなかった。むしろ、オナイウとエジガル・ジュニオの2トップ気味に変更したことで、その下のつなぎ役がいなくなり、攻撃の流れは淀んだように見えた。

 結局、スコアは1−3のまま終了を迎え、昨季の覇者は4試合を終えて、1勝1分2敗の13位。

 新型コロナウイルスの影響による長い中断や観客制限、J2降格の不採用、長期の連戦や交代カードの増加など、普段とは異なるシーズンだけに、難しさはあるかもしれない。

 しかしそれはどのチームにも言えることだ。

天野、小池からも意欲を感じる。

 9日に延期されていたAFCチャンピオンズリーグの日程が発表され、10月から11月に集中開催されることになり、今後のカレンダーはマッチデーでいっぱいになる。だがそれもまた、この日の相手のFC東京や、ヴィッセル神戸と同じ条件だ。

「(過密日程のなか)選手をケアしなければならない。彼らがベストを尽くせるように、我々は手を尽くす」とポステコグルー監督は、昨季MVPの仲川輝人をベンチスタートにした理由を説明した。そしてブリスベンでも横浜でも2年目にリーグを制した信念の人は、おなじみのセリフで試合後の会見を締めくくった。

「敗れはしたが、我々のフットボールは良かった。試合をコントロールし、多くのチャンスを作った。最も重要なのは、自分たちのフットボールを続けることだ」

 確かに特に前半は良い形が何度も見られ、20分には相手ボックス付近で小気味よいダイレクトのパスワークを披露。ベルギーから帰還した天野純は体つきが逞しくなったうえに士気も高そうだし、同じくロケレンに所属していた新加入の小池龍太は指揮官が好みそうな攻撃的SBに見える。

「一度つないだ手を絶対に離しません」

 仲川やエリキ、エジガル・ジュニオにまだ得点がないのはやや気がかりだが、一度でもネットが揺れると、また昨季のような量産が期待できるかもしれない。ライバルの対策を乗り越え、あの凄まじいまでのアタッキングフットボールが戻ってくれば──。そのためには、やはり信じることがカギとなるか。

 そこを問われた主将の喜田拓也は、「当然ですね」と笑顔で答えた。

「みなさんがどう思っているかはわかりませんが、自分たちは一度つないだ手を絶対に離しません。何があっても乗り越えていく自信はあります」

 リーグ連覇とアジアの頂点──。壮大な目標に向けて、やや出遅れてしまった感は否めない。それでもマリノスは信じる航路を突き進んでいく。潤沢な戦力、明確な指針のもとに。

文=井川洋一

photograph by J.LEAGUE