「藤井くん」と呼ぶのがはばかられる強さ、とはいえ画面上からでも伝わる17歳のあどけない笑顔を見ると「藤井棋聖」というのも……ここはあえての「藤井くん棋聖」? いや、明らかに不自然だ……。

 そんなしょうもないことを考えたくなるほど、藤井聡太・新棋聖がとにかく強い。

 第91期ヒューリック杯棋聖戦を3勝1敗で制し、初タイトルを獲得。現役最強棋士の1人といわれる渡辺明二冠相手に見事な戦いぶりだった。そして栄冠の余韻に浸る間もないだろう中、8月には王位戦第3局が待ち受ける。

 日本中が注目する中でも盤面に集中し、将棋界に新風を巻き起こし続ける姿に、畏敬の念を感じる人も多いだろう。

 2020年度の対局成績は7月15日時点で13勝2敗。勝利のおよそ半分が八大タイトル経験者相手で、勝ちっぷりが異次元であることは分かってもらえるはず。

 渡辺棋聖に勝利し、“30歳差”の木村一基王位相手の挑戦で2つ目のタイトルとなれば、“第2次藤井くんブーム”がさらに盛り上がることは必至だ。

白鵬や大阪桐蔭でさえ2回目は……。

 2つ目のタイトル獲得――スポーツの世界でも最強アスリート、強豪チームは数あれど、それを成し遂げるのは難しい。

 角界なら白鵬は大関昇進の2006年5月場所に幕内で初優勝したのち、2回目の優勝は5場所後の2007年3月場所。また高校野球の大阪桐蔭は1991年夏の甲子園で初出場初優勝したものの「2回目の全国制覇」は17年後の2008年夏まで待つことに。

 しかし2回目の栄冠後、白鵬と大阪桐蔭が歩んだ大横綱への道は説明不要だろう。

 その一方で、初タイトルが勢いをもたらす例もある。

 好例はJリーグの川崎フロンターレだ。10年近く栄冠にあと一歩でシルバーコレクター的な扱いをされていたものの、2017年にJ1初制覇すると、翌年はさらなる強さを見せてJ1連覇。2019年もルヴァン杯を制して3年連続タイトルを手にしている。

前の最年少タイトル記録保持者、屋敷九段は?

 様々なキャリアを経ての初タイトルとその後を見るだけでも、その人やチームの歴史が垣間見えて面白い。

 ではこれまでの将棋界の歴史に残る名棋士は「2つ目のタイトル」を何歳のタイミングで手に入れたのだろう? いわゆる「八大タイトル」で、初タイトルと2つ目のタイトルを奪取(防衛は含まず)した年齢を調べてみた。

 まず藤井棋聖の前に最年少タイトル記録を持っていた、屋敷伸之九段である。屋敷九段が獲得したのは棋聖なので、初タイトルと2回目を見てみると……。

・初タイトル:18歳(棋聖/1990年)
・2回目:25歳(棋聖/1997年)

 藤井棋聖の誕生で屋敷九段の名前を何度も見た人も多いはず。当時の棋聖戦は1年間に前・後期の2回行われていた。

 その中で屋敷九段は1989年度後期にプロデビュー1年2カ月ながら一気に勝ち上がり、中原誠棋聖に17歳10カ月で最年少タイトル挑戦(2勝3敗で惜敗)。翌'90年度前期にリベンジし、18歳6カ月でのタイトル経験者となった。

 その後は1期防衛したものの、'91年前期に失冠。棋聖のタイトルを取り戻したのは1997年と、7年かかったのだ。

大山康晴と中原誠、大棋士の記録。

 続いては、将棋にあまり馴染みがないであろう人たちでも「この人たちの名前、知ってる!」という棋士の2つ目のタイトルを見ていこう。

<大山康晴>
・初タイトル:27歳(九段※/1950年)
・2つ目:29歳(名人/1952年)
※十段、竜王戦の前身

<中原誠>
・初タイトル:20歳(棋聖/1968年)
・2つ目:23歳(十段/1970年)

「ひふみん」は初タイトルが28歳。

<加藤一二三>
・初タイトル:28歳(十段/1968年)
・2つ目:36歳(棋王/1976年)

<米長邦雄>
・初タイトル:30歳(棋聖/1973年)
・2つ目:35歳(棋王/1979年)

<谷川浩司>
・初タイトル:21歳(名人/1983年)
・2つ目:23歳(棋王/1986年)

<佐藤康光>
・初タイトル:24歳(竜王/1993年)
・2つ目:28歳(名人/1998年)

<森内俊之>
・初タイトル:31歳(名人/2002年)
・2つ目:33歳(竜王/2003年)

<渡辺明>
・初タイトル:20歳(竜王/2004年)
・2つ目:27歳(王座/2011年)

藤井棋聖は“持っている”人物?

 こうしてみると「若くして立て続けに2つ目のタイトルを奪う」というケースはレアだ。

 渡辺二冠は竜王戦9連覇を果たすなど初代永世竜王の名誉を得る一方で、2つ目のタイトル獲得までは初タイトルから7年を経ているのだから、防衛しながら複数タイトルを狙う難しさがよくわかる。

 そういう意味では、新型コロナ禍による過密日程が藤井棋聖のタイトル連続奪取につながるとすれば――月並みな表現だが、いわゆる“持っている”人物なのかもしれない。

“生ける将棋の神”羽生善治九段の場合は?

 加藤九段にいたっては、中学生棋士としてデビューしながら大山十五世名人の壁に阻まれ続けた末に初の十段戦制覇を果たしたのに、2つ目のタイトルはさらに8年後だった。

 どれほど勝負の非情さを味わってきたかを想像すれば、「ひふみん」のニコニコ顔に対する印象も変わるはず。

 米長永世棋聖、森内九段もそれぞれ中原十六世名人、羽生善治九段という大きな壁がそびえる中で、それを乗り越えた大器晩成と言えるだろう。

 ここまで紹介してきてやっぱり気になるのは、羽生さんだろう。現在までタイトル通算99期。“生ける将棋の神”のような存在の羽生善治九段は、どのような歩みなのか。

<羽生善治>
・初タイトル:19歳(竜王/1989年)
・2つ目:20歳(棋王/1991年)

 1988年度、羽生五段(当時)は加藤一二三九段戦での伝説の「5二銀」を契機に、次々と名人経験者を打ち破ってNHK杯初制覇。そして平成の世となった1989年、第2期竜王戦七番勝負で島朗竜王を破り、タイトル獲得を19歳2カ月で成し遂げた。

 竜王の座こそ翌'90年に谷川九段に奪取されたものの、その4カ月後('91年3月)に棋王を奪取しているのだから、やはり凄い。

 それも2つ目のタイトル奪取である棋王から2018年の年末まで、27年半以上も何らかのタイトルを保持していた。あらためて羽生九段が不世出の大棋士だと再確認できる。

“7年後の藤井聡太”はいくつタイトルを持っているか。

 なお羽生九段が七冠を独占したのは1996年のことで、初タイトルから7年で歴史的偉業を達成している。

 それを踏まえると、“7年後の藤井聡太”がどれくらいタイトルを手にしているのか――。未来を想像するだけでも、さらに楽しくなる。

 もちろん、歴戦のトップ棋士がこのまま手をこまねいているはずはない。

 木村王位は連敗スタートとなったものの、昨年の王位奪取時も同じく連敗しながらも最後は4勝3敗。史上最年長となる46歳3カ月で初タイトルを獲得したし、何より「将棋の強いおじさん」と言われるトーク力だけでなく「千駄ヶ谷の受け師」と称される粘り腰、そして実直な性格に心打たれる。

 藤井棋聖の2つ目のタイトル獲得なるかに注目するだけでなく、王位戦の一局、そしてお互いの凄みを感じる一手を堪能したい。

文=茂野聡士

photograph by 日本将棋連盟