改めて日本球界にとっては負のルールであると思う。

 米大リーグ、ボストン・レッドソックスなどで活躍した田澤純一投手が、独立リーグ「ルートインBCリーグ」埼玉武蔵ヒートベアーズと契約した。

 田澤は2008年オフに社会人、日本石油ENEOSから日本のプロ野球を経ずに直接、米大リーグのボストン・レッドソックスと契約。

 マイナーから這い上がって入団4年目の'13年にはクローザーの上原浩二投手とともにブルペンを支える柱となり、レッドソックス5年ぶりのワールドシリーズ制覇の立役者の一人となった右腕である。

 '16年オフにはマイアミ・マーリンズに移籍し、その後は故障などでの低迷期もありデトロイト・タイガース、ロサンゼルス・エンゼルス、シカゴ・カブスを経て'19年8月にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ。

 しかし全米の新型コロナウイルスの感染拡大の中の今年の3月11日、レッズとの契約を解除されて新天地を日本に求めての契約となった訳だ。

議論百出の異例な制度の存在。

「コロナの中、アメリカでもマイナー(リーグの試合)がなく、やれる場所があまりなかった。オファーをもらい素直に嬉しかった」

 入団会見でこう語った田澤だったが、その一方で、この独立リーグ入りで改めてクローズアップされたことがあった。

 それは「田澤ルール」というこれまでも議論百出の異例な制度の存在である。

 ご存知のように「田澤ルール」は、'08年の田澤のメジャー挑戦の際に、NPBが今後の日本人選手の海外流出に歯止めをかけるために作ったものだ。

 このルールでは日本のドラフトを拒否して海外リーグに移籍した選手は、海外球団を退団後も大学卒、社会人経験者は2年間、高校卒は3年間、NPB所属球団とは契約できない制約を設けている。

ドラフト指名の権利を得るにも、2年間かかる。

 有り体に言えば、NPBのドラフト候補が、それを袖にして米国など海外のリーグと契約すると「日本に戻ってプレーしたくても、たやすくは戻らせない。そのリスクを覚悟しろ」という“嫌がらせ”をする制度である。

 日本のドラフトを通っていない田澤がNPBの球団に所属するには、ドラフトで指名されることが条件となるのはいい。

 ただそのドラフト指名の権利を得るにも、このルールのために2年という期間を待たなければならない。そのため田澤は、2022年まではNPBの球団とは契約できない縛りを受けていることになるのだ。

「ルールが出来てしまえば、従うしかないです」

 実はレッドソックス時代の2014年に田澤のインタビューをしたときに、この制度について話したことがある。

 そのとき出てきたのはそんな制約を受けることへの不満や怒りではなく、謝罪の言葉だったのに驚かされた。

「ルールができてしまったことには、申し訳ないというか……」

 こう語る田澤はやるせない思いをこう続けた。

「ルールができないことがベストだったわけですけど、そこは僕が決められる事ではないので……。ただそういう風にルールが出来てしまえば、従うしかないです。いまは与えられている野球を頑張ることだけが、僕のやるべきことかなと思います」

 後に続く後輩たちへの思いと自分ではどうしようもない制度への諦め。その中でできることは、目の前の野球に集中して結果を残すことで、後から続く後輩たちに可能性を示すしかない。

 言葉からはそんな思いが伝わって来た。

海外に行く才能を止めることはできない。

 田澤はメジャーで成功を収めている。

 すでにトータルで25億円近くの年俸も稼いで、日本球界を経ずにメジャーと契約した最初の成功者となった。その事実は日本のプロ野球を経なくても、メジャーでやれるチャンスがあることを改めて示したものだった。

 ここ数年は故障やスランプに苦しんだ時期もあった。

 ただ今季のオープン戦では2月24日(現地時間)のレンジャーズ戦で1回を被安打1、1奪三振で無失点に抑えて復活への手がかりを見せてもいる。

メジャーでの経験と実績を考えたら、このオフにはNPBの球団がドラフト指名に名乗りを上げてもおかしくないはずだが、その可能性を「田澤ルール」が絶っているのである。

「田澤ルール」が出来てすでに12年の月日が経っている。

 その間にこのルールの対象となるのは、'18年にパナソニックからアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ吉川俊平投手のみだった。

 この事実はそれなりの抑止力が働らいているようにも見えるが、その一方でそんなルールを作っても海外に飛び出していく才能を止めることはできないということを同じように示している。

日本代表へのオファーの時点で再考すべきだった。

 そしてこの12年間で日本の野球を取り巻く環境は大きく変わった。

 特に大きいのは「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」や「プレミア12」などが開催されて急速に進んだ国際化の波だろう。

 実は2017年の第4回WBCでは、田澤に日本代表入りのオファーがあった。

 NPBは「田澤ルール」で復帰への障壁を設けながら、自分たちの都合で代表入りを依頼した訳だ。

 結果的にはこのときは田澤がマイアミ・マーリンズ移籍1年目で代表入りを辞退したが、少なくともオファーの時点で「田澤ルール」の再考も話し合われて然るべきだったはずである。

一番、損をしているのはNPB。

 2021年に予定されていた第5回WBCは新型コロナウイルスのパンデミックによって延期され、大会そのものの今後の行方も不透明になっている。

 ただ野球の競技人気を支えていくためには国際化は必須の道であり、それは日本球界を取り巻く状況も同じはずだ。

 その中でメジャーで活躍する選手たちを侍ジャパンとして招集するなら、「田澤ルール」はいかにも矛盾した制度となるということだ。

「2年間のルールには、従わなければならないと思っています。ただ少しでもそういうルールがなくなってくれればいいなという気持ちも、個人的にはあります」

 ヒートベアーズの入団会見で田澤は改めてルール撤廃の願いを吐露している。

 そもそも田澤はこのルールができる前にレッドソックスとの契約の意思を表明していた。遡及してこのルールが適用される対象なのかも論議されて然るべき問題の1つだろう。

 ただNPBがそんなルールに縛られる中でも、独立リーグという受け皿があったことは、日本の野球界にとっては喜ぶべきことかもしれない。そして逆に考えると、こんな制度で実は一番、損をしているのもNPBだということに気づくべきなのだ。

メジャーでの経験を伝えられる貴重な人材。

 メジャーを経験した投手が日本に戻ってプレーをすることの価値は、広島の黒田博樹投手や巨人の上原浩治投手、野手でもヤクルトの青木宣親外野手らがこれまでにも散々示してきてくれている。

 チームにとって、特に若い選手たちにとっては、彼らの野球への取り組み方を含めて一挙手一投足が勉強になり、将来への大きな財産となるはずである。

 田澤の場合もメジャーの過酷な環境の中で中継ぎ投手がチームの中でどういう立ち位置にあり、試合ではどんな調整をして、どういう心構えでマウンドに上がっているのかを伝えられる貴重な人材のはずなのだ。

 何よりマウンドに立って実際にどんなピッチングをするのかは、戦力としてだけでなくチームとファンにとっては大きな魅力なのである。

 そういう貴重な選手の復帰を拒絶する制度が「田澤ルール」だ。NPBだけでなく日本球界にとっても時代遅れの負のルールと言わざるを得ない。

文=鷲田康

photograph by KYODO