どこにでもいそうな、チャラチャラした高校生のひとりだった。サイズは170センチそこそこで、身体つきはひょろひょろである。

 が、そのプレーは異彩を放っていた。特長的だったのは、ターンのスピードと身体のキレだ。ボールを止めたあと、見たこともない速さでギュンと旋回した。

 2010年の春、ジェフユナイテッド市原・千葉U-18のコーチに就任した菅澤大我。視線の先にあったのは、同ユース2年次の井出遥也である。菅澤はひと目見た瞬間、こいつはプロまで到達する選手だと直感した。

 かつて千葉のアカデミーは阿部勇樹や双子の佐藤勇人、佐藤寿人といった名選手を輩出してきたが、以降、精彩を欠く時期が長く続く。よく言えば気風がおおらかで、悪く言えば秩序や方針の欠如。アカデミーを立て直し、クラブの基盤を強化する。それが菅澤に課せられた使命だった。

「あの頃のハルは全然……」

 東京ヴェルディの前身である読売クラブ育ちの菅澤は、育成畑を長く歩んだ指導者だ。東京Vのアカデミーで森本貴幸、小林祐希、京都に移籍してからは久保裕也など、日本代表選手の育成に深く携わっている。現在は、なでしこリーグ2部・ちふれASエルフェン埼玉の監督を務める。

 菅澤は言う。

「あの頃のハル(井出)は全然本気でサッカーをやってなかったと思いますよ。自分の仕事は、チーム全体の戦術の枠組みのなかで、こういうふうに能力を発揮したほうがいいと、技術の生かし方をすり込んでいくことでした。そうすればピッチでより輝き、サッカーがもっと楽しく、面白くなるぞ、と」

 井出は言った。

「それまでの自分は感覚だけでやっていたようなもの。トップ(チーム)よりも細かい戦術のなかで各々の役割があり、立ち位置の重要性やそこで求められるプレーなど、サッカーの本質的なことを教わりました。大我さんと出会っていなければ、自分は間違いなくプロになれてないです」

千葉を離れる際には多額のお金を。

 2012年、井出は同期の佐藤祥とともに千葉のトップに昇格。U-18からの昇格者は、じつに4年ぶりのことだった。

 クラブの一部からは「あんな子どもみたいな身体の選手をトップに上げて責任を取れるのか?」という声もあったが、菅澤は意に介さなかった。井出は3月25日の早生まれでもあって、身体ができてくるのはこれからだった。「必ずクラブに利益をもたらす選手になると確信していましたから。実際、ハルが千葉を離れる際は、育成費を含めて多額のお金を残しています」(菅澤)。

 プロ入り後の2年間、井出は雌伏の時を過ごし、3年目から飛躍的に出場機会を増やしていく。新進気鋭の技巧派アタッカーは多くの人々が知るところとなり、当時はまだ現役だった永井秀樹(東京V監督)も強い興味を惹かれたひとりである。

「後輩の富澤清太郎が千葉にいたんでね。あいつ、いい選手だなあとよく話していたんです。自分が監督になってから、強化部に対して真っ先に補強のリクエストを出しています」(永井)

「永井さんのサッカーがやりたくて」

 井出は、2017年にガンバ大阪、2019年にモンテディオ山形へ移籍。今季から東京Vに加入した理由がここにある。

「永井さんのサッカーがやりたくて移籍を決めました。ボールを持ち、ゲームの主導権を握って攻撃を仕掛けていくスタイル。思えば、プロになって以降、自分が楽しさを感じるやり方でプレーできた時間はほとんどないんです。今年、親しい人からはやたらと表情が明るく、いつもうれしそうにしていると言われますね」(井出)

 7月15日のJ2第5節、ヴァンフォーレ甲府戦では、井出の真骨頂と言えるゴールシーンが見られた。

 東京Vの1点リードで迎えた66分、ボックス左角の付近でボールを持った井出は、鋭いカットインでマークをはがし、間髪入れず右足を一閃。強烈なミドルシュートをファーサイドのネットに突き刺した。結果、4−2で甲府を下し、東京Vの今季初勝利に貢献している。

「ネイマールみたいな進入角度で」

 永井は言った。

「ハルはいやがるだろうけれど、ボールの持ち方やステップの踏み方など、昔の自分のプレースタイルに似ているところがある。もちろん、もっと高いレベルを目指すべき選手ですし、そうあってほしいというのが私の希望です」

 くだんのゴールについて、菅澤の述べた見解はこうだ。

「シュートに入る前の雰囲気がよかった。カットインの角度がね、ほかの選手とはちょっと違うんです。ややマイナス気味にボールを動かし、ネイマールみたいな進入角度でゴール前に出ていける。まあ、それはちょっと言いすぎだな。とはいえ、相手の逆を取ってはがせるところは重要な武器だと思います。ハルは自分が見てきた才能のある選手のなかで、誰よりも欲が乏しい。おそらく晩熟型で、本気になったのが遅いからお楽しみはこれからですね」

 菅澤と永井、両者のサッカー観は相違があり、生き方もまた異なる。だが、ともに同じ場所でサッカーのエッセンスを吸収してきた指導者だ。

 井出が東京Vで水を得た魚のように躍動できるのは、必然の帰結である。

文=海江田哲朗

photograph by J.LEAGUE