読売新聞社、巨人軍、東京ドームの3社が7月20日、東京都内で共同会見を行った。新型コロナウイルス対策も含めて巨人の本拠地・東京ドームに約100億円規模の設備投資を行い、大改修を行うと発表したのだ。

「世界トップレベルの清潔・安全・快適なスタジアムを目指して」として、換気能力を1.5倍にアップすることやコンコースに手洗いスポット12カ所を新設、座席ごとにQRコードをスマホで読み込むことで、近隣エリアの観客にコロナウイルス感染者が出た場合などに追跡できる「コロナアラート」を導入座席にいながらトイレやゲートの混雑状況をスマホで確認できる「東京ドームアラート」を導入する。

 それらに加えて、メインビジョンを大改修して横幅126メートルの国内最大超大型ビジョンとし、ファンの観戦満足度の向上なども図るという。このほかに様々な改善案が発表されている。

 東京ドーム開場から今年で33年目。老朽化した感は否めず、ここ最近は本拠地移転の噂が報じられることもしばしばだった。

日ハムですら600億円、都内なら……。

 また、巨人のように球団と球場運営が別会社で、球団が球場使用料を納めるという図式がかつての日本球界では多かったが、近年は球団が「自前球場」を保有し、スタジアムビジネスを収益の柱とするのがトレンドになっている。北海道日本ハムが2023年の開業を目指している新球場への移転はまさにその流れだ。

 一方で北海道北広島市に建設する新球場の費用は約600億円と言われている。仮に巨人軍が東京ドームから移転したとすれば、都内になることはほぼ間違いなく、地価を考えれば費用はさらに膨らむことが想像できる。その巨額投資を巨人軍が嫌ったとしても不思議ではない。

 今後この方針の「違い」の影響が鮮明になれば、プロスポーツビジネス界においては今後大きく注目されることになるだろう。

福岡ドームは870億円だった。

 自前で球場を保有する球団の中でもやはり勢いが目立つのはホークスだ。

 今季から福岡PayPayドームに改称された本拠地は、1993年に福岡ドームの名で開業した。ソフトバンクが親会社となり、特に2012年に球団が870億円を投じて球場買収して以降は自由度が増したことで積極的な改築が行われてきた。

 そして2018年には球団創設80周年、翌2019年の福岡移転30周年という、記念すべき節目の年に際し、次世代型複合エンターテインメント空間の創出を目指す「FUKUOKA超・ボールパーク宣言」を行った。

 2018年はホークスの伝統を重んじ、野球の魅力を伝える企画を展開。2月に宮崎で行った巨人とのOB戦はその一環だ。野村克也氏が南海ホークスのユニフォームに袖を通したのは大きな出来事だったし、今思えば実施していて本当に良かったと思える催しだった。

 2019年はドームの大改装を行い、ホークスビジョンやコンコース、スタンドを大幅にリニューアルした。福岡でファンと共に歩んできた30年の感謝を伝えたいという球団の思いが込められていた。

プロスポーツチームが運営する初のフードコート。

 そして2020年。奇しくも巨人の発表の翌日だった7月21日、PayPayドームのすぐ隣に「BOSS E・ZO FUKUOKA(ボス イーゾ フクオカ)」を開業させた。

「世界に誇れる多彩な革新的コンテンツを展開。ドームと、ドーム周辺のエンターテイメント化の実現に向けて大きな第一歩」(球団公式サイトより抜粋)

 地上7階建て。外から眺めると屋上にはくねくねとしたレールが設置されている。これは「つりZO」というアトラクションで、1人用のぶら下がり式コースター。また、壁面には日本初の建造物に付随したチューブ型スライダーもあり、40mの高さから一気に地上まで滑り降りるスリルを味わえる。

 そのほかに吉本興業の劇場や人気アイドルグループ「HKT48」の専用劇場といった笑顔になれる生のプロフェッショナル・エンターテインメントにふれることの出来る施設があったり、3階のフードエリアの8店舗は日本初上陸が3店舗、九州初上陸が2店舗、有名店による新ブランド2店舗というこだわりの強いラインナップとなっている。

 この「The FOODHALL」は日本で初めてプロスポーツチームが運営するフードコートとなっている。

王会長「何でも持っていって」

 また、もともとドームの外野スタンド後方にあった「王貞治ベースボールミュージアム」が移設してリニューアルされた。世界のホームラン王と呼ばれた王会長の人生の軌跡、栄光のトロフィーなどが200点以上も展示されている。

 担当者によれば、かつてドーム内にあった展示物とは大きく入れ替わっているという。それでもこれだけの展示数があるのは驚きだ。また、もともとミュージアムを開業する際に王会長は「何でも持っていって」と球団の担当者に話したらしく、それを真に受けてほとんどの品を持ち運んだそうだ。過去を振り返らず、常に新しい明日を見据えている王会長らしいエピソードだ。

 だから王会長自身も、自身の展示物より強いこだわりを持っているのは、ミュージアム内に併設されている「89(野球)パーク」だ。

 以前のミュージアムからより拡大し、15種類の体験型アトラクションが設置された。千賀滉大の160キロを体験したり、周東佑京と15mダッシュ競走ができるほかに、実際に打ったり投げたりして、それを数値化して楽しめるように各所で工夫がされている。

「新たな野球の魅力を伝えたい。子どもたちに野球の楽しさを知ってもらいたい」

 王会長の切なる思いが込められた、何度も足を運びたくなる新時代のミュージアムとなっている。

 この福岡が世界に誇るエンタメ発信基地は、PayPayドームの4番ゲートのすぐ前に正面エントランスがある。本当に目と鼻の先だ。

1988年のツインドームシティ構想。

 ふと、思ったことがある。

 もともと福岡には巨大なドームが2つ、隣り合って出来るはずだった。「ツインドームシティ計画」をご存じだろうか。

 遡ること1988年のことだ。南海ホークス球団を買収し、福岡に移転させることを決めていたダイエーグループは、近い将来に福岡市のももち地区に福岡ドームとリゾートホテル、そしてドーム型複合商業施設の「ファンタジードーム」を建設して開業させる「福岡ツインドームシティ構想」を打ち出して福岡市に提出した。そして1992年2月には運営会社「ツインドームシティ」を設立した。

2つめのドームは断念されたが……。

 この「ファンタジードーム」は屋内アミューズメントパークとする案が持ち上がっていた。ドーム球場とホテルは実現したが、バブル崩壊後の消費低迷が厳しさを増す中でダイエー側が資金負担する体力は残っていなかった。

 1998年に「ツインドームシティ計画」は事実上断念。もうひとつのドームが出来るはずだった場所には、2000年4月に、映画館などはあったが商業施設がメインの「ホークスタウン」が造られた。

 しかし、現在はホークスタウンもなくなり、同地は「マークイズ福岡ももち」となっている。

昭和の最後の夢が令和に完成。

 最先端エンターテインメントが集結した「BOSS E・ZO FUKUOKA」の誕生により、野球とエンタメが一体となったボールパーク化はひとつの集大成を迎えた。

 昭和最後の年に持ち上がった壮大な計画が平成を飛び越えて令和の時代にようやく完成の時を迎えた。出来上がったのは「もう1つのドーム」ではなかったが、中身は当時の理想形そのままだ。

 ファンの感動と喜びを創出したい――その夢を抱いてホークス球団を福岡に持ってきたのは、一大流通帝国を築き上げたダイエーグループ総帥の中内功氏だった。

 中内氏は、天国から優しい微笑みで見つめてくれているだろうか。

文=田尻耕太郎

photograph by Kyodo News