あきらかに昨年とは体つきが違う。とくに感じるのはユニフォーム姿ではなく練習中にTシャツになったときだ。四肢がしっかりとし、厚みとキレが見て取れる。立ち姿や動く様子にバランスや体幹を感じられるのだ。

「えっ、そう言われることがあるので、自分でもびっくりなんですよ」

 横浜DeNAベイスターズの柴田竜拓は、そう言うと笑顔を見せた。

 今シーズンの柴田は、まだレギュラーとまではいかないが、スタメンでの起用が増え存在感を示している。持ち味である確実性の高い守備はもちろんのこと、打撃に関してはここまで34試合に出場し打率.299、出塁率.405、OPS.793(以下、データは8月1日現在)と、十分なアベレージを残している。

「ここまで体調面もメンタル面もすごく充実している感じはありますね」

 いい表情を見せてくれた柴田だが、長くつづいた自粛期間中、自身にどんな変化をもたらせたのだろうか。

柴田が取り組んだマット運動。

「自粛期間は一旦リセットじゃないですけど、自分の体と向き合う時間が長かったですね。どうすれば自分の体を思ったように扱うことができるようになるのか。そういった作業をする毎日でした。ちょっと体が重いかなと感じたので、開幕前に体重を少し落としたんです」

 柴田はこの2〜3年間、ウェイトトレーニングをやっていない。野球に必要な筋力は、基本的に野球でつける。そして感覚を研ぎ澄まし、自由自在に体を動かすために取り組んだのが、いわゆる“マット運動”だったという。

「本当、簡単に言えば子どものころにやっていたブリッジや逆立ち、前転や後転など、自分の体を使い切るための運動で、それをやることで体の感覚を高めるんです。あと大事なのは動いている自分のことを客観的に見ること。実際は見えないんですけど、見るように意識するんです」

 自分で自分を俯瞰する。アスリートにとって大事なのは、自分のイメージする動きと実際の動きの誤差をなくすことにある。当然、繊細な感性と高い身体能力、反復練習が求められるが、柴田はそこを飽くことなく徹底的に追求したという。

「そのギャップをなくすことができれば再現性を高めることができると思っているんです」

 小柄な柴田の肉体が昨年にくらべてスケールアップして見えたのは、きっとこのあたりに起因しているのだろう。

しっくりきてない中でもヒットが出る。

 柴田は昨季、打撃に関してある“決断”をした。オールスター以降、今季と同等の数字を残し、首脳陣をうならせた。

 その決断のひとつは、それまで意識して取り組んできた逆(レフト)方向へのバッティングのイメージを一度胸の内に納め、早いカウントから強いスイングでボールを叩くことだった。結果、ライト前へのヒットを量産したわけだが、今季も鋭い打球が一、二塁間を抜けていくシーンがよく見られる。インコースをえぐる速球であっても、決して力負けせず跳ね返す。

 本当ここまで調子がいいですね、と問いかけると、柴田は意外にも苦笑しながらかぶりを振った。

「いや正直、(バッティングの)感覚はあまりよくないんですよね」

 一体どういうことだろうか?

「しっくりとはきていないんですが、それでもヒットが出ているというのは、ここ何年かゴウ(筒香嘉智)さんと一緒にやってきたことだったり、コーチの方々が指導してくださったことの継続が要因じゃないかって思うんです。やっぱその都度、つまみ食いじゃないですけど、そんな(いいかげんな)感じでやっていたらヒットは出ていないと思いますね」

明らかに変わった打球の質。

 継続は力なり、と言うは易しであり、実行するのは簡単なことではない。すぐに結果は出ずとも我慢をして取り組んできたことが、後に自分自身を救うことになる。

 それは興味深いことに、まだヒット数こそ少ないが、見直しを図った逆方向へのバッティングにも活かされている。体軸のしっかりとしたスムーズなスイングから放たれるレフト方向への打球は、昨年とは伸びの違いが感じられる。まるで肉体と連動するように放たれた打球は、一流の打者にしか出すことができない美しささえ感じさせる。そう伝えると柴田はうなずいた。

「たしかに打球の質は、明らかに去年までとは違うなという感覚はあります。そこはもっと技術を高めていくことができれば出塁率も上がっていくと思いますね」

 如実にそれが表れていたのが7月28日の巨人戦だ。6回表、ランナー一塁の場面で打席に入った柴田は、菅野智之を相手にインハイのカットボールを空振りしたあとの4球目、外角に甘く入った149kmのストレートを頭をブレさせることのない素直なスイングで振り抜き、レフトフェンス直撃の二塁打を放っている。目の覚めるような一撃だった。

実感し始めた「継続」の大切さ。

 野球のことを常に考え、十分な準備をし、成長のスピードを上げる。昨季までに感じていた課題を柴田は少しずつではあるがクリアしつつある。前述した技術に加え、苦手だった外角への対応や左投手との対戦。さらに追い込まれてからの粘り。それに付随した選球眼。今季、柴田の見逃しの三振はほぼなくなった。常に集中しボールにコンタクトができているように感じられる。

「いずれも課題として取り組んできたことではあるのですが、あまり感覚が良くないなかでも、体に残っているみたいなんですよね。起こったあとに『あれっ?』と思うことが、たまにあるんです。無意識に起こっている現象なので、そこはなかなか説明しづらいのですが……」

 それでも柴田は噛み砕きながら、その現象について話してくれた。

「たとえば今までなら打ってフェアゾーンに飛んでアウトになっていたのがファールになったり、また以前なら振っていたボールを、最近は気づかないうちにバットを止めていたり……。数はまだ少ないんですけど、これもやっぱり継続してきたから出ることだと思うし、その大切さをすごく実感するんですよね。今までと違うものが出ていることは間違いないと思います」

「どんな数字を残しても満足なんてない」

 成長を遂げてはいるが、言うまでもなく柴田本人は満足していない。狙うはショートのポジション。ただ今季は、仲間でありライバルの大和や倉本寿彦も好調を維持している。厳しい戦いではあるが、柴田はレギュラーを掴み取ったとしても、さらなる高みをイメージする。

「正直、打撃において圧倒的な数字を残さなければレギュラーは難しいと思います。ただ、どんな数字を残しても満足なんてないと思うんですよ。正解はないですし、常により上を目指すことが大切。まわりからレベルアップしたと見られるのはありがたいのですが、僕自身、急に上手くなったとは感じていないので、もっともっと自分でも『あっ!』と思えるぐらい上達していかないと」

筒香の活躍「うれしい以上に」。

 そして最後にひとつ、今回の取材で柴田にこちらから筒香に関する話を訊くつもりはなかった。公私ともに仲が良く行動をともにしてきた偉大な先輩が同じチームにいたのは、もう過去のこと。ひとりのプロ野球選手として柴田に話を訊くという意味では、もう必要のないことだと思っていた。

 ただ、かつて背中を追った筒香が悲願のメジャーデビューを果たし、いい表情を見せ奮闘している昨今、どうにも我慢ができず感想を訊いてしまった。すると、屈託のない笑顔で柴田は答えてくれた。

「うれしいですよね。普段から連絡はとりあっているので、あっちの練習のやり方や環境のことはいろいろと聞いています。生き生きとプレーしていますが、それ以上に苦労もあるようですね。それを知っているだけに、うれしい以上に感じることもあるんです」

 太平洋をまたぎ心は通じている。常に野球のことを考え、最善の準備をしている柴田の姿が筒香と強くだぶったのは、冒頭の自粛期間について尋ねたときだ。

「すごく大事な時間でした。結局、僕らは野球が仕事で、逃げても絶対に向かってくるもので、だったら常に正面から挑むしかない。正直に言えば、調子が悪いとき向き合うのは大変なんです。けど、翌日にプレーボールは何があってもかかりますし、だったら良くなるようにやっていくしかない。野球が上手くなる方を選ぶというか、しんどいほうを選んだほうがいい。そういう意味でもいい時間が過ごせたと思います」

 あえて茨の道を歩む――自分の想いを結実させることを目指し、柴田は今日も自身の体と心をコントロールするため最高の準備をする。

文=石塚隆

photograph by Asami Enomoto