7月28日、陸上界を揺るがすニュースが伝えられた。シューズに関する新たな規制の発表だ。

 陸上では、主にマラソンにおいてシューズがクロースアップされてきた。いわゆる「厚底シューズ」問題だ。ナイキ製の厚底のシューズを履く選手たちが好記録を次々に生み出した。しかもそれはこれまでの「常識」を覆すほどだった。

 そのため、厚底シューズの是非、規制の必要性などについて議論が繰り返された。その末に、今年1月31日、世界陸上競技連盟は新しい規定を発表。

 ソールの厚さを40mm以内にすること、反発力を生み出すために用いられるソールの中のプレートを1枚までとすること、などのルールを設けたのだ。

止まらない厚底シューズへの流れ。

 この規定により、一定の規制がかかることになった。ただ、ナイキの「ズームX ヴェイパーフライネクスト%」はその規定をクリアしており、また、2月上旬に発表された「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」も新規定をクリア。規定は、それらナイキのシューズへの承認を意味していた。

 そうした新規定を経てなお、厚底シューズへの流れは止まらなかった。

 象徴的だったのが、「ホクレン・ディスタンスチャレンジ」だ。北海道の各地を舞台に行われる中長距離を対象とした大会で、7月4日の士別大会を皮切りに、18日の千歳大会まで4つの大会が行なわれた。

記録ラッシュ直後に事態が一変。

 このシリーズで、好記録が連発した。男女、ジュニア、シニアといったカテゴリーにかかわらず、記録が次々に生まれた。

 今季世界最高記録が3つ、日本新記録が1つ、日本歴代2位の記録が2つ。日本高校新記録や、U20日本新記録2つなど、記録ラッシュに沸いた。

 女子3000mで田中希実が実に18年ぶりの日本新記録を出したと思えば、男子5000mでは石田洸介が16年ぶりの日本高校記録更新を成し遂げた。

 出場していた選手たち誰もが厚底シューズを履いていたわけではない。ただ、好記録を樹立した選手たち、各レースにおいて上位に入った選手たちが厚底シューズを履いていたことは、厚底シューズの威力をあらためて物語っていた。来年の東京五輪への流れは変わらない、そんなことも思わせた。

 だが、事態は一変する。

 7月28日、世界陸連がシューズの規定の変更を発表したのである。

東京五輪では使用できないことに。

 注目を集めたのは、各種目におけるシューズのソールの厚さが定められたことだった。例えば、トラック種目の400mまでは20mm、800mメートル以上では25mmまでとされた。

 ホクレン・ディスタンスで好記録を叩き出した選手たちの多くが履いていたのは、その規制を超えるシューズだった。新規定は7月28日の発表日から適用されることになったから、今シリーズでの記録は公認される。でも、これ以降そのシューズを履いての記録は認定されない。

 つまりこの新規定は、東京五輪でそれまでの厚底シューズを使用できないということを意味している。

 トラック種目において、ナイキの厚底シューズの使用者は日本勢が多いと言われてきた。駅伝が盛んな日本では、トラックでの走りを駅伝につなげたいという意識も強いためだとされる。つまりは、駅伝で強みを生む厚底シューズをトラックでも用いたいという意識が強かった。

 それが、ホクレン・ディスタンスでの好記録続出にもつながった。

体に刻まれた感覚は消えない。

 むろん、東京五輪も視野におさめつつ、厚底シューズを武器にしようと足を慣らし、トレーニングに励んできた選手も多いはずだ。衝撃は小さくない。そして、用具をめぐる規定の変更に振り回されるマイナスもまた、決して小さくない。

「日本の選手がトラックでも世界との距離をより縮めることができた」

 そんな手ごたえを語る指導者もいた。言葉の前提としていた条件は、変わった。

 ただ、決してネガティブにばかり捉える必要はない。新たな規定は世界共通であり、日本の選手の使用率が高いと見られていたとはいえ、ルールは平等だ。

 日本の選手たちが進んで厚底シューズを使用し、これまでにない記録を出したことは事実。それは感覚として、自身に残る。スピード感は体験として、体に刻まれる。想像ではなく、あるレベルのタイムを体感したのだ。

 その感覚はきっと、目指すべき目標への意識をさらに高め、植え付けていくはずだ。

 例えば競泳では、速く泳ぐ感覚を味わうためにあえてロープで引っ張ってもらい、自身の本来以上のスピードで泳ぐトレーニングがある。目標とするスピード、タイムを想像だけにとどめないためだ。

 ホクレン・ディスタンスの好記録は、シューズが1つの大きな要因ではあったかもしれない。そして規制もかかる。

 ただ、そうした好記録を刻んだ経験が消えることはない。

 そう考えれば、規制がかかるとはいえ、今後へのプラスとなる。

文=松原孝臣

photograph by Kyodo News