素敵なフィナーレだった──。

 プレミアリーグでは不本意すぎる8位に終わったものの、FAカップでは史上最多となる14度目の戴冠。ブカヨ・サカ、ガブリエウ・マルチネッリ、キーラン・ティアニーといった若者が台頭し、移籍の噂が絶えなかったピエール・エメリク・オーバメヤンも残留が濃厚になった。

 彼ら選手とミケル・アルテタ監督は太い絆で結ばれ、アーセナルは2020-21シーズンを意気揚々と迎えるはずだった。しかし……。

◆55人の従業員を解雇!?
◆ラウル・サンジェイ辞任
◆メスト・エジルの問題発言

 2019-20シーズン終了後、耳を疑うニュースが相次いだ。FAカップ優勝の感激は消え、不安ばかりが募ってくる。

 いったい、アーセナルになにが起きているのだろうか。

コロナ禍とはいえ従業員を軽視?

 新型コロナウイルスの影響で、アーセナルも大幅な収入減を余儀なくされた。関係者の努力によってプレミアリーグも再開→シーズン終了に至ったとはいえ、無観客のために入場料収入が断たれた。

 その結果、リクルート、スカウティング部門で貢献してきた者も含め、55人もの従業員が解雇される公算が非常に大きい。

 いま、世界中が新型コロナウイルスの恐怖に直面している。エコノミストの分析によると、世の中の経済が落ち着くのは3〜4年後だそうだ。したがって、フットボール業界も規模を縮小しなくてはならない。コロナ以前の経営方針のままではクラブの崩壊に直結する。

 しかし、アーセナルを所有する『クロエンケ・スポーツ&エンターテイメント』(以下KSE)は、従業員を助けるそぶりも見せなかった。オーナーの投資に頼らないところがアーセナルの魅力とはいえ、新型コロナウイルスによる経済的なダメージを従業員が負うという構図は、大衆のヒンシュクを買うだけだ。

『KSE』のスタン・クロエンケ社長は、総資産100億ドル(約1兆円)ともいわれている。いまこそアーセナルを援助すべきだ。

フロント要職が移籍市場真っただ中に。

 そして8月15日、サンジェイが辞任した。ヘッド・オブ・フットボールという要職にあった男が、新シーズンの補強戦略を煮つめる時期にクラブを去っていった。

 55人もの従業員を解雇する非常時に重責を担った男がその座を去るとは、異例中の異例である。しかもアーセナルもサンジェイも、辞任の理由を明らかにしていない。

 英国の高級紙『Times』は、次のように伝えている。

「7月中旬、『KSE』がアーセナルに送り込んだティム・ルイス弁護士が関与しているのではないだろうか。彼はフットボール畑を熟知しているサンジェイではなく、ビジネス畑に精通するビナイ・ベンカテシャム(マネージング・ディレクター)を選択したようだ」

 これが事実だとしたら、アーセナルを信じてきたサポーターと選手、従業員がバカを見る。コロナ禍でクラブがよりまとまらなければならない時期に、お家騒動によって上層部のひとりが職を追われた、とも考えられるからだ。

 アーセン・ベンゲル元監督がすべてを取り仕切っていた当時には、起こりえなかったスキャンダルである。

特定のエージェントを信頼する現SD。

 サンジェイ切りがコストカットだとしても、なおかつ在任期間に特筆すべき結果を出していなかったとしても、ベンカテシャムの力は未知数だ。

 テクニカルディレクターのエドゥ・ガスパルは特定のエージェントのみを信頼し、前述の記事にあるルイスなる弁護士も財務管理が主な任務だ。

 英語力の乏しいウナイ・エメリ(前監督)を招聘したり、ニコラ・ペペを獲得する際の手法に少なからぬ疑問が生じたり、サンジェイにも問題が続出しているが、サポーターを無視するような内輪揉めには一刻も早くピリオドを打つ必要がある。

 なぜ、サンジェイは辞めたのか。なぜベンカテシャムがヘッド・オブ・フットボールも兼任するのか。ルイスはアーセナルを、フットボールを理解しているのか。具体的な説明が欲しい。

アシストが伸び悩んだエジルは?

 2019-20シーズンも、エジルは周囲の期待を裏切った。23試合・1ゴール・2アシスト。もちろん、一概に彼だけが悪いとは断言できない。ピッチに立てば90分に2〜3回は決定的なパスを出せる。エジルのセンスに反応できなかったFWにも責任の一端はある。

 ただ、プレースタイルを頑なに変えようとしないエジルにも非はある。ミケル・アルテタ監督が、前監督のエメリが、「ゲームプラン、相手チームのプレー強度を踏まえ、エジルをベンチから外した」とメディアに説明しても、なんの刺激にもならなかったようだ。

 攻守の切り替えが遅く、時おりピッチ上の傍観者になる。ボールを奪われても、取り返そうとしない。近代フットボールに求められるプレー強度、走力に改善の余地が見られないのだから、首脳陣の人選から外れるのは当然だ。

 また、FAカップ決勝のメンバーから漏れると、トルコで夏季休暇に入った。クラブの了解を得ていたとはいえ、同僚やサポーターの理解は得られないだろう。子どもじみている。

「いつアーセナルを出ていくかは」

 それに加えてエジルは、問題発言で物議を醸した。

「いつアーセナルを出ていくかは、他人ではなく私が決める」

「ペイカットを拒否したのは私だけではない。なぜ私だけが責められるのか」

「監督、コーチの判断は尊重するが、パフォーマンスをもとに決定すべきだ」

「ウイグル自治区で起きていることに対して抗議しただけだ。中国の人々を批判したわけではない。政治には関与しないというアーセナルの公式コメントには失望した」

 エジルの言い分も分からないではないし、彼にも権利はある。ただ、内部批判と受け取られかねない案件を、なぜメディアに吐露したのだろうか。私はいっさい悪くない、すべての非はクラブ側にあると自己弁護しているように聞こえてくる。

 この1年、エジルとアーセナルは常に緊張状態にある。新時代のために血の入れ替えを図りたいクラブ側は、三十路を迎えたエジルを見切ろうとしてきた。32万ポンド(約4480万円)もの週給を、ベンチにも入れない選手に支払うのは無駄な出費だ。

アルテタ体制下で低い序列だが。

 一方、エジルはロンドンを気に入っているのか、はたまた好待遇に固執しているのか、レンタル移籍ですら拒否するほど頑なだ。ベンゲルという理解者が去ったいま、エジルを擁護する者はほとんどいないにもかかわらず。

 アルテタ体制下での序列も低い。

 エジルとの契約は2021年6月30日までだ。推定市場価格は1200万ポンド(約16億8000万円)前後といわれている。アーセナルにすればラストセールのチャンスだ。しかしエジルは、「契約が満了するまでアーセナルに残る。移籍はその後だ」と語っていた。双方が歩み寄る気配すらない。

 リバプールは充実している。マンチェスターの両チームは大型補強を図り、チェルシーも市場で積極的に動いている。アーセナルはゴタゴタが多すぎて、組織の整理整頓を優先しなければならない。このままではその差が、さらに広がっていく……。

文=粕谷秀樹

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