日本縦断2600kmのギネス最速記録に挑戦した“最強のホビーレーサー”高岡亮寛さん。前半は発疹、食欲不振、睡眠不足、交通渋滞に悩まされ、3日目を終えた段階で予定よりも70kmビハインドという苦しい展開となった。

 遅れを取り戻すべく、4日目は福井県越前市から新潟県胎内市まで、約443km(実走行時間16時間10分)のビッグライドを敢行。国道1号の東京〜鈴鹿(三重県)間と同じ距離を1日で走ってしまったのだからすさまじい。

 疲労困憊でホテルに到着したのは午前3時。だが、翌日も青森のフェリー乗り場まで400km走らなければならない。記録更新は絶望的に思われた。

そのとき神風が吹いた。

──4日目の夜、午前3時に着いたということは、ほとんど寝る時間がないですよね。

 疲労が限界まで来ていたので、5日目のスタートを10時ぐらいにして、少しでも睡眠時間を確保することにしました。そのぶん北海道に渡るフェリーの時間を6日目の午前5時に遅らせることにしました。つまり、5日目は29時までにフェリー乗り場に着けばいいというスケジュールにしたんです。

──とはいえ、疲労度を考えると、厳しい状況であることに変わりはない。

 でも、5時間ぐらい眠れて体も若干回復したし、時間をずらしたことで運よく集中豪雨も避けられたんですよ。おまけに神風も吹きました。

──神風?

 日本海側を青森まで北上する間、強い南風がずっと吹き続けてくれたんです。気象条件的にこの時期は基本的に南風が吹くと予測して、南から北へ向かうルートを選んだんですが、それがドンピシャではまりました。

 追い風を受けて、それまでの1.2〜1.3倍のスピードが出るようになりました。連日400km走ってきたとは思えない快調さで、平地では時速35〜40kmで巡航。おかげで青森には予想よりも早く、午前2時45分に到着できたんです。

──一般のサイクリストからすると、そのスピードで400km走るというのは想像がつきません。ものすごく効率的にペダリングをして、無理せずスピードを維持しているということなんでしょうか。

 それはあると思いますね。今回はロードバイクにDHバー(ハンドルの真ん中に取り付けて肘を乗せることで、大幅に空気抵抗を減らせるパーツ)を付けて、エアロポジションで走っている時間が長かったんです。僕はそのポジションに自信があって、TTバイク(タイムトライアル用に空力を追求したバイク)なら、170〜180ワットのパワーで漕いでも、時速37〜38kmを出せますから。

2600km走ってパンク、トラブル無し。

──バイクの話になったので機材についてもうかがいたいんですが、自転車本体はどういう基準で選んだんですか。

 とにかく長く走るので、普段ロードレースで使っているバイクよりも快適性が高くて、疲れが溜まりにくいというという観点で選びました。スペシャライズドの「Sワークス ルーベ チーム」というモデルをベースに、コンフォート仕様のパーツを付けました。

 といっても、DHバーを付け、サドルをレースのときより少し快適性の高いものに変え、ハンドルのバーテープをちょっと厚めに、タイヤを少し太いものにしたくらいです。組み上げたのはスタートの5日前ぐらいでした。

──そんな直前で大丈夫なものですか!?

 去年一度乗ったことがあるバイクなので、ポジションも分かっているし、自転車に関してはほとんど心配してなかったです。

──道中メカトラブルは?

 いっさいなかったですね。パンクもゼロです。

──2600kmも走ってゼロというのはすごいですね。秘訣は?

 メンテナンスも大事ですけど、走り方もありますよね。簡単にいうと、路面をちゃんと見て、小さい段差や、ちょっとした砂利を必ず避けること。自転車仲間といっしょに走っていると、けっこう路面を見ていないなと感じることがあります。

──それにしても、毎日400km近く、1週間走り続けて、よくお尻が痛くならないなと思ってしまうんですが……。

 ウェアの生地と擦れるような痛みはなかったんですけど、エアロポジションをとっていると骨盤が寝た感じになるので、股間が痺れたり、振動でサドルにあたって痛むというのはありました。体の痛みとしてはそれがいちばん大きかったかな。とくに北海道に入ってからは直線の道でエアロポジションが続くのできつかったですね。

──何か対策はしたんですか。

 途中からお尻のパッドに塗るシャモアクリームをいつもの5倍ぐらいにしました。そうしたらだいぶよくなりましたね。あとは、フラットな道でも何分かに一回はダンシングを入れて、股関節まわりをほぐすようにしていました。

ゴールが終わりじゃない。ギネス記録ならではの難しさ

──記録を更新できると確信したのはいつだったんですか。

 フェリーに乗りこんだ瞬間ですね。5日間と1時間でフェリーに乗れて、北海道での残りの走行距離は約600km。これまでずっと400km前後走ってきたから、2日間で600kmなら間違いなく行けるだろうと思いました。

──ゴールした瞬間、どんなことを思いました?

 解放感ですかね。安堵感というか。

──こみあげてくるものは。

 あるかなと思ったけど、あんまりなかったです。

──レースで優勝するのとは違う感覚ですか。

 う〜ん、似ているような違うような……難しいですね。じつは、今回のチャレンジはゴールしたところで終わりじゃないんですよ。ギネスに走行ログと、写真や動画、第三者の証言など、間違いなくこのルートを走ったという証拠を提出して認めてもらわないといけないんです。

 走りきるのも大変だけど、ギネスに認定されるための作業もハードルが高い。実際、走ったけれど認められなかったという人が、これまで何人もいるそうです。なので、厳密に言うと材料が揃っただけで、まだ記録は達成していないんです。それもあって、ゴールの瞬間、100%やりきったという気持ちにならなかったのかもしれないですね。

──なるほど。申請作業は残っているにしても、成し遂げたことは間違いなくて、しかも30時間もの大幅な記録更新。その数字についてはどう感じていますか。

 1日以上なので、大幅な更新と言えると思います。ただ、数字自体は今後、破る人もいるだろうし、ブルベを中心にやっているサイクリストが、ルートは違うけど120時間程度で走ったという話もあります。だから、破られたら破られたで構いません。むしろ、今回の挑戦が注目を浴びたことで、他の人がチャレンジし始めて、こういう自転車の“遊び”が盛り上がっていけば本望です。

 今後コロナが収束して、元の世界に戻っていったときも、こういうチャレンジをしたことで、僕自身の活動にも幅が出ると思うんです。本当にいいきっかけになりましたね。

次の目標は200マイルとアワーレコード。

──次はどんなチャレンジを?

 もちろんロードレースは続けますけど、来年はアメリカで人気のグラベルレースに出たいと思っています。マウンテンバイクじゃなくて、ロードバイクに太いタイヤを履かせた自転車で走る競技で、「ダーティカンザ」という200マイルのレースがあるんです。ツール・ド・フランスに出場するようなトッププロも参加しているんですけど、その中で自分がどこまでやれるか試してみようと思っています。

 もうひとつは、トラック(自転車専用競技場)で行うアワーレコードにも挑戦したいですね。単独で1時間に何キロ走れるか、記録に挑戦する競技で、ヨーロッパでは盛んに行われています。世界記録は2019年にベルギーのカンペナールツが出した55.089km。

 UCI(国際自転車競技連合)が厳格なルールを決めていて、条件を満たすのが大変なせいか、日本では挑戦している人がほとんどいないんですよ。みっちり専門的なトレーニングを積んで、日本記録を作りたいなと思っています。

文=柳橋閑

photograph by Kenichi Yamamoto