テニス界で「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命を軽く見るな)」運動の趣旨に賛同し、若い世代のリーダーになろうとしているのは大坂なおみだけではありません。

 この夏に20歳になったばかりのカナダのエース、フェリックス・オジェ・アリアシム(ATP世界ランキング21位)も時の人なのです。

 大坂同様にアフリカ系の父親を持つオジェ・アリアシムは母親の故郷カナダの国籍を選びましたが、黒人アスリートとしての誇りやハーフとしてアフリカにルーツを持つことの責任も感じています。

 大坂なおみの父親レオナルドさん同様に、オジェ・アリアシム選手の父親サムさんも若い時からテニスに夢中でした。子供たち(オジェ・アリアシムにも姉がいる)に自らテニス教育を与えたのです。

西アフリカから寒い冬のカナダに。

「父は西アフリカから寒い冬のカナダに26歳でやってきて、人種差別に耐え、母と家庭を築いたのです。私たちにテニスを教えただけでなく、今は自分のテニス・アカデミーを所有しているのですから、一種のアメリカン・ドリームですね」

 プロテニス選手になった息子フェリックスはこう語ります。大坂なおみの母親である大坂環さんにレオナルド・フランソワさんは北海道で出会いましたが、サム・アリアシムがフェリックスの母親マリー・オジェさんに出会ったのはカナダにあるケベック市なのです。

 フェリックスが13歳になった際に、父親サムさんの母国であるアフリカ西海岸の細長い国トーゴに連れて行かれ、貧困生活を送っている同年齢の子供たちを目の当たりにしたそうです。

「道沿いでパンを売っている女の子がいたのですが、小銭を渡したら表情が突然明るくなり満面の笑顔を見せてくれたのが今でも忘れられません」

BNPパリバ銀行と寄付プログラム。

 その7年後にATP有数の新星になったオジェ・アリアシムは自身のスポンサーであるBNPパリバ銀行とNGO団体のケアと一緒に「ポインツ・フォア・チェンジ」というプログラムを立ち上げました。

 ツアーで獲得した1ポイントごとに、自ら5ドル、スポンサーから15ドルがトーゴの若者を支援する財団に寄付されるのです。今年8月の時点でおよそ100万円を寄付できました。フェリックスは、まだツアータイトルを持っていない20歳の選手なのに、です。

 フェリックス・オジェ・アリアシムは全米オープンテニスでの初戦が火曜日の第2試合。勝ち上がるとアンディ・マリー対西岡良仁の勝者と対戦します。彼が入ったドローのボトムハーフは、ベスト8で激突するだろう全豪準優勝者ティームを除けばチャンスに満ちています。

打倒ジョコを目指す新世代の筆頭。

 39歳のフェデラーというレジェンドが男子テニスからいなくなった近い将来に、オジェ・アリアシムは打倒ジョコビッチを目指す新世代の勢いを代表するような選手の1人です。

 主な武器は長身選手(193センチ)にはなかなか見られない俊敏性。その身体能力を生かし、ジョコビッチを上回るほどの守備力(コート・カバリング)も見ものです。

 一方、攻撃ではパワフルなサーブとフォアハンドというワン・ツーパンチがハードコートやクレーに向いています。グランドスラムのベスト成績はウインブルドンの3回戦ですから、オールラウンドな選手と言って過言ではありません。

 多民族国家カナダで育ったフェリックスはクロアチア人とモロッコ人のハーフのフィアンセを持ち、「子供の時から好奇心旺盛で異文化に興味津々」と語ります。

 実は世界のスポーツ界のスター選手の取材がますます難しくなったこの時代に、オジェ・アリアシム陣営、チーム・フェリックスから珍しく筆者の私に声がかかりました。

本業のテニスをツールに夢の実現を。

 代理人に「まだ日本のメディアとの独占インタビューがなく、フェリックスとしては東京2020を前に日本のスポーツファンにアピールしたい」とスバリ言われました。本人を取材したのは8月末、今年から本拠地としているモナコと東京の間のリモートインタビューでした。

 30分間をくれたフェリックス選手、予測通りの好青年でした。優等生なだけに、弱肉強食のテニス界では本当にトップ中のトップを狙えるのかという不安の声もありますが、コート上でパンサーに変貌する彼のプロ意識は極めて高いです。テニスという本業を1つのツールとして考え、沢山の夢を抱いています。

「ブラック・ライブズ・マター運動を筆頭に、貧富の差がまだ激しいアフリカのための寄付や、今回のパンデミックで(就職活動に苦戦し)行き詰まりを感じている(カナダの)若い世代の力になれれば嬉しいです」

大坂らとともに世界を変えるか。

 彼が8歳の時からずっと憧れてきたフェデラーとナダルは今大会を欠場していますが、連戦で9月末に開催されるローランギャロスでは対戦し、そして打ち破ってもおかしくありません。

 世界中の人々の不安が大きいこの時代に、スポーツ界からも真のリーダーの台頭は不可欠です。

 大坂とオジェ・アリアシムから学んだように若い世代は必ずしも政治に無関心ではありません。テニス選手だってスポーツの枠を超えて発言する権利があります。いつまでも文化系と体育会系を対立させている古い考えを一掃する意味でも、NaomiとFelixの全米オープンは大いなる戦いの始まりとなります。

文=フローラン・ダバディ

photograph by Getty Images