8月28日、日本スケート連盟は、フィギュアスケートの羽生結弦が今シーズンのグランプリシリーズ(以下、GP)を欠場すると発表した。

 話の前提として、国際スケート連盟は、各大会に参加する選手の基準等は通常とは異なる形式になると発表していたものの、世界6都市で行うGPと中国・北京でのGPファイナルを実施することを発表していた。

 その可否については新型コロナの感染防止の観点から心配の声も上がっていた。

 その中での欠場の発表だった。

「可能な限り慎重に行動したいと考えています」

 羽生はコメントを寄せている。

 その前半から半ばで、大きく2つの理由をあげている。

「新型コロナウイルスと気管支喘息の関係性については、まだ確証となるものはなく、情報も十分ではないので判断が難しいところですが、呼吸器系基礎疾患を有する者が新型コロナウイルスに罹患した場合、重症化し易いとの情報もあるので、可能な限り慎重に行動したいと考えています。

 また、気管支喘息に関係なく、一部の選手が新型コロナウイルスに罹患した後、後遺症によって選手活動が困難になってしまっている点からも、慎重に行動を検討する必要性があると思っております。

 現段階で、カナダ在住のオーサーコーチが日本での試合に帯同するために来日することが困難であることが予想されます。一方、私が日本からカナダの試合に出場する場合は、カナダ入国後2週間の自己隔離が必要となります。その期間、練習など一切のスケートの活動ができないため、選手にとって万全の状態で試合に臨むことができません」

羽生が動くことで「多くの人が移動し集まる可能性が」。

 羽生は気管支ぜんそくの持病がある。感染した場合のリスクを考慮し、さらにコーチが大会時に不在となる可能性を示している。

 おそらくは万全の対策をとっていたであろうトップアスリートが、それでも感染したケースも見受けられる現実もある。リスクは決して小さくはない。

 それ以上に目をひいたのが、その後に続く言葉だ。再びコメントを引用する。

「このコロナ禍の中、私が動くことによって、多くの人が移動し集まる可能性があり、その結果として感染リスクが高まる可能性もあります。

 世界での感染者数の増加ペースが衰えておらず、その感染拡大のきっかけになってはいけないと考え、私が自粛し、感染拡大の予防に努めるとなれば、感染拡大防止の活動の一つになりえると考えております。

 大変残念ではありますが、以上の理由から、今シーズンのISUグランプリシリーズを欠場することを決心いたしました。

 一日も早く新型コロナウイルスが収束することを願っております」

試合への意欲は人一倍強い選手。

 3つ目の理由としてあげたのが、周囲への気遣いだった。

 羽生は、フィギュアスケートにおいて、随一の注目度を誇る。出場する大会には、国内外を問わず、多くの人々が観戦に訪れる。取材する人々も集まる。多少のリスクを冒してでも目にしたいと考える人もいることは考えられる。そうした状況も、羽生の想像する範囲にあった。

 好敵手と競い合いつつ、自身の目指す演技を発現する舞台として、試合への意欲は人一倍強い選手であると感じさせてきた。

 過去、棄権しても、欠場してもおかしくない状況でも出場したことはしばしばあったこともそれを物語る。にもかかわらず、どうにもならない大怪我で欠場を強いられたときを除けば、初めての欠場を選んだ。そこにあった葛藤は計り知れない。

トップアスリートとしての責任感。

 しかも、北京五輪のプレシーズンだ。また、今年12月に26歳の誕生日を迎える。フィギュアスケートでは十分、ベテランの域にある。それらを考えても、試合に出ないと決めるのは、決して容易なことではない。

 それでも欠場を選択した。しかも自身のことのみならず、その目には大会に携わるスタッフなどの姿も映っていたはずだ。周囲を慮り、決断したその視野の広さと自身への客観性、そしてトップアスリートとしての責任感がある。そこに羽生の真骨頂がある。

 それは1つのメッセージにもなっている。

 GPの開催が発表されると、たとえ例年と異なる運営になるとはいえ、選手も含め関係者からは、不安視する声があがった。その中にあって、こういう選択肢もある、と示したことだ。そして大会のありようをもう1回見直すための契機ともなる。

 試合に出ない、つまりは行動を控えることで全体に影響を与える行動にもなっている。そうした意味合いのある決断でもある。

より積極的に時間を用いることができる。

 こうして羽生は、GPの欠場を選んだ。

 ただし、先に記したとおり、大怪我を除いて初めての欠場である。

 これまで怪我で欠場を強いられたときには、置かれた環境で最善を尽くし、復帰を志した。例えば怪我に関連する論文を読んで学ぶなどして時間を無駄にしなかった。

 今回は、自らの選択での欠場だ。より積極的に時間を用いることができる。

 実際、かねてから成功を期してきた4回転アクセルへのモチベーションは今日も高い。4回転アクセルの習得をはじめ、スケートと自身のパフォーマンスとじっくり向き合い、高めるための機会となり得る。

 いつか、羽生がリンクに再び立つ日が来るだろう。

 そのとき、どのような滑りを、演技を見せるのか。

 そんな想像もふくらむ、欠場という決断であった。

文=松原孝臣

photograph by Asami Enomoto