筆者は球場で楽天時代の高梨雄平を何度か見たことがある。そのときは単に「左のサイドだな」と思ったくらいだが、テレビで投手の真後ろからの映像を見て、すごい投球フォームだと再認識した。

 高梨は右足を上げると同時に、左腕を体の側面で隠して打者から見えなくする。左腕を膝に当ててから胸のあたりにクッと引き上げて、さらにグラブも持ち上げて、球の出所を見えなくしているのだ。救援投手にはこういう投げ方をする選手がいるが、高梨は特に念がいっている。まるで精巧な時計の裏側を覗き見たような心持ちがする。

 このフォームで高梨は切れのある球をズバッと投げ込むのだ。左打者にはフロントドアになるスライダーや、バックドアになるツーシームはやっかいなボールだ。

「左のサイドスロー」は、野球史では常に少数派だ。

 そもそも野球界では左腕投手自体が少数派である。今季NPBの投手は育成を含めて473人いるが、左投手は137人。29%に過ぎない。そして左右の投手を問わず、サイドスロー、アンダースローの投手も少数派だ。どこまでをサイドと解釈するかによって違ってくるが、10%くらいだろうか。「左のサイドスロー」は、いつの時代も数が少ないのだ。

王貞治キラーだった安田猛。

 しかし数少ないがゆえに、強烈な印象を残した投手が多い。

 安田猛と言えば、漫画「がんばれ!! タブチくん!!」では、タブチくんの相方としておなじみだ。

 実際、2人はほとんど面識がないらしいが、リアルな安田は左腕のサイドスローだった。制球力が抜群で、81イニング連続無四死球のNPB記録を持っている。ペンギンと言われた体形で人を食った超スローボールも売り物だった。

 また王貞治の天敵として知られた。通算対戦成績は126打数32安打、打率.254と抑え込んでいる(ただし本塁打は10本提供している)。1973年9月14日の後楽園での巨人−ヤクルト戦では3番・長嶋茂雄を敬遠して、この年三冠王になった4番王貞治を三振に取っているほどである。

美しいサイドスローだった永射。

 変則フォームの投手が多い中で、流れるような美しいサイドスローで投げたのが永射保である。ストライクゾーンを大きく使った投手だった印象で広島、太平洋・クラウン・西武、横浜大洋、ダイエーで投げた。

 トニー・ソレイタ、レロン・リー、門田博光と左の強打者には無類の強さを見せた。気が強い投手で、自信をもって投げ込んだ球がボールになると、あからさまな不満顔でマウンドの土を蹴り上げたりした。

 利かん気は若い頃からだったようで、鹿児島県の中学時代、ライバルだった定岡智秋(のち南海)に「一緒に鹿児島実業に行こう」と誘われたが「強いところに行くのではなく、強いところをやっつけたい」と指宿商業に進んだという。

阪神の遠山、ホークス森福も鮮烈。

 変則的な起用で話題になったのが阪神の遠山奬志。もとはオーバースローだったが、野村克也監督の野村再生工場でサイドスローに転向してから頭角を現した。

 特に松井秀喜、高橋由伸と巨人の左の主軸にめっぽう強かった。野村監督は、2000年には、左・右・左のジグザグ打線と対するときはまず左打者に遠山をぶつけ、右打者が出ると右の葛西稔をマウンドに上げて遠山には一塁を守らせ、左打者になるとまた遠山をマウンドに上げる奇手を用いた。この年、遠山は一塁手として7つの打球を処理している。

 近年では森福允彦が記憶に新しい。入団当初は打者、球種によってスリークオーターとサイドスローを投げ分けていたが、サイドスローに徹してから一線級のセットアッパーになった。この投手も強気で、内角を思い切って攻めた。

 西武の栗山巧、秋山翔吾、日本ハム、オリックスの糸井嘉男、大谷翔平などの左打者に強かったが、調子が良い時の森福は、右打者にも十分に通用した。彼も体の側面でボールを隠して出どころをわかりにくくした。ホームベースに斜めに切れ込んでくるスライダーが痛快だった。

左殺しの嘉弥真とセットアッパー宮西。

 現役では、まずはソフトバンクの嘉弥真新也。この投手は純然たる「ワンポイント」だ。今季は26試合に登板しているが、投球回数はわずか16.1回。打者1人にしか対戦していない登板が9度もある。日本ハムの西川遥輝に5打数無安打、オリックスのT-岡田を5打数無安打、吉田正尚を2打数無安打など左の強打者を封じ込めている。

 日本ハムの宮西尚生は、別格だろう。史上最多の354ホールド、最高のセットアッパーとして君臨している。

「左のサイドスロー」は「左の強打者」との関係で語られることが多いが、宮西の場合、左右打者の別なく終盤の重要な場面で投入され、ほぼ確実にホールドを記録している。今季で見ても被打率は右が.176、左が.146。ぐっと沈み込んで、低い位置から球種の見分けがつきにくい速球とスライダー、さらにはカーブを投げ込む。

西武・小川、ロッテ松永とみんなパ。

 ここまで書いてきて、気が付いたのだが、現役の「左のサイドスロー」は、嘉弥真、宮西に加え西武の小川龍也、ロッテの松永昂大とすべてパ・リーグの投手だ。小川は元中日だが2018年に西武に移籍した。

 少し前まで代表的なセの「左のサイドスロー」と言えば、ヤクルトの久古健太郎だったが、彼が2018年に引退してからはほとんどいなくなったのだ。

 今季、セの一軍で投げた左腕は43人いるので、全員のフォームを調べた。巨人の大江竜聖と中日の濱田達郎が今季からサイドスローに転向している。また巨人の中川皓太もサイド気味だが、高梨雄平のような球の出所がわかりにくい「左のサイド」はほぼ見当たらなかった。

左どころか右の被打率は0割台。

 今季、高梨雄平が打たれた5安打のうち4本はヤクルト青木宣親、阪神の近本光司と糸原健斗、中日の大島洋平と左打者。右打者はDeNAの細川成也だけ。被打率は9月8日時点で左が.160、右が.037である。

 左右打者問わず「左サイド」への経験値が少ないセの打者が、打ちあぐんでいるという一面があるのかもしれない。

「左のサイドスロー」は、いつの時代も「少数派」、そして「クセが強い」投手が多い。

 登場する機会は多くはないが、打者との駆け引きはもつれることが多い。ぜひ注目していただきたい。

文=広尾晃

photograph by Kyodo Kews