試合が終るといつも決まって、彼はそこに立っていた。

 二軍の本拠地、ロッテ浦和球場の室内練習場。右奥のマシン打撃の場所。試合で打てた日も、打てなかったときも、まるでそれが彼のルーティンでもあるかのように、いつもそこへやって来ては、ひたすらバットを振っていた。

 マリーンズ寮にいる若手選手の中でも指折りの練習量。球場から寮に帰宅するのはいつも決まって夕方6時を過ぎてから。

 そんな男だからこそ、周囲の先輩達が放ってはおかない。今でも筆者の記憶に残っているのは、現二軍ヘッド兼打撃コーチの福浦和也が自身の引退試合を終えた翌日に、彼を呼び寄せマンツーマンで指導をしていた姿だ。それだけ周囲の気持ちを動かす熱い心を持っている。

 それがこの度、巨人への交換トレードが決まった香月一也という男の強みだ。

見た目はゴツいが、愛くるしい。

 2015年に大阪桐蔭高校からドラフト5位でロッテに入団。高校の先輩でもある西武の森友哉を、公私ともに慕い、オフの日に食事をごちそうしてもらった話や、一緒に流行りの映画を見に行った話など、いつも嬉しそうに話してくれた気の良い男だった。

 見た目はゴツイがイメージとは少し違った愛くるしい性格もあって先輩にも関係者にも、何よりマリーンズファンに愛されていたのは間違いない。彼の周りには笑顔が絶えない。そんな風景をいつも目にした気がする。

「人付き合い」を教えてくれた父。

 人生の目標にするのは父だ。プロ2年目の春季キャンプ中、その父が病気で亡くなった。

「父は野球に厳しくなかったし、いつも『好きにやれ』って感じでした。家族全員が本当に仲良かった。いつも笑っていた気がします。本当に楽しい思い出しかないですね」

 プロ入り1年目のオフ、家族旅行に出かけた。場所は大分の温泉地。それが最後の思い出になった。父は息子にあまり語るタイプではなかった。それでも気の優しい性格の父の背中から、今後自分がどう社会で生きていくべきなのかを教えてもらったような気がした。

「(父は)人付き合いが本当に好きな人で、自分がプロに行くと決まってからも自分の友達の親とか周りの人達とよく食事にも行っているようでした。人付き合いがめっちゃ好きだったんだと思います」

 父から受け継がれたものは、今も彼の人生に活かされている。

 たとえば毎年11月に行われるファン感謝イベントでは、大阪桐蔭高の先輩でもある江村直也と共にお笑い担当を買って出て、スタンドに集まるたくさんのファンを和ませた。

 今季でプロ6年目を迎えたが、後輩たちも彼を慕って次々と寄って来る。人徳に恵まれたところはまさに父譲りと言って良いだろう。

「翔さんみたいになりたいんですよ」

 最愛の父が亡くなったプロ2年目以降は少年から大人の目に変わったのも感じた。当時まだ19歳。ショックも相当なものだったはずだ。

 それからというもの若手特有の甘さがすっかり消え失せ、気の良い性格を見せる一方で、グラウンドではチラリと“ナイフ”も覗かせる。ストイックな性格も目立ってきた。

 プロ1年目の頃、彼がこんな話をしていたのを思い出す。

「自分、(中田)翔さんみたいになりたいんですよ。普段の姿はそうじゃなくても、打席ではぐっと相手を睨み返すような雰囲気がある選手。自分の究極の目標です」

 その言葉どおり、気の優しい一面を見せる一方でグラウンドでは徐々に雰囲気を醸し出す選手に変わってきた。プロでたくさんの痛みと苦しみを味わったからこそ期する想いがある。人の心を動かすのはある意味、当然だった。

昨季プロ本塁打も、厚い一軍の壁。

 それでも一軍の壁は厚い。そして高い。

 プロ2年目の2016年9月26日には9番サードで公式戦初出場。その日にプロ初安打も記録するなど父の墓前に花を添えたが、プロ3年目の'17年は一軍で19試合に出場するも41打数8安打で打率1割9分5厘。一軍のレベルの高さを肌で感じた。

 4年目の'18年には、二軍でチームトップタイの12本塁打を放つ一方で、一軍には一度も呼ばれることなくシーズンが終了。苦渋を味わった。

 5年目を迎えた昨季は、小島和哉や中村稔弥といった同級生が大学からプロの門を叩き、それを歓迎する一方で、自身がプロの4年間で積み重ねてきたことを示そうと春季キャンプから猛アピール。5月下旬には一軍に昇格し、7月3日のオリックス戦では待望のプロ初本塁打を放つなど意地を見せた。

 だが、隙を見せればそこを突いて来るのが一軍の世界。次第に配球が厳しくなるとそこから13打席連続無安打。限られた少ないチャンスをモノにしなければいけない厳しさをまざまざと感じていた。

トレードは千載一遇のチャンスだ。

 プロ6年目の今季も前半の60試合を超えた時点で一軍昇格は一度もなし。チームが首位戦線にとどまり好調をキープしている中では、そう簡単に一、二軍の入れ替えが行われるとは思えない。

 さらに今季は安田尚憲をチームの主砲として一本立ちさせようと一軍の4番に据え、法政大学からは福田光輝という同じ左の内野手を獲得した。このままロッテにいても、チャンスがそう多いとは思えない。

 そんな中、決まった巨人・澤村拓一との交換トレード。ならばこのトレードをきっかけに心機一転。プロの世界で大きく羽ばたいてほしいと思う。

 これは彼の野球人生を変える千載一遇のチャンスになるかもしれない。

福浦のイロハ、阿部のエッセンス。

 個人的に期待していることがある。

 それは読売ジャイアンツ・阿部慎之助二軍監督の下で、彼がどう変わっていくかだ。

 千葉ロッテでは福浦コーチから打撃のイロハを教わった。そこに新しい阿部慎之助のエッセンスが加わることで、何かが大きく変わり始めるのではなかろうか。

 ロッテ浦和では、やるべきことをやり尽くした感がある。それこそ新たな環境で、新しい空気を吸い、これまで培ってきた技術に磨きをかけたら良いと思う。流した汗の量とバットを振った数は誰にも負けない。打球の強さ、飛距離も近年、年を追う毎に上がっている。そこは胸を張っていい。

 父譲りの人当たりの良さは新天地でもきっと活きるはず。今秋、日本シリーズで向こう側に立つ彼の姿を期待して、この原稿を締めたいと思う。

文=永田遼太郎

photograph by Ryotaro Nagata