NumberWebでは将棋の“競技的”な側面を中心に、王座獲得経験のある中村太地七段に将棋の奥深さについて定期的に語ってもらっている。第2回は「Number」将棋特集号の発売に絡めて「棋士とメディア」の関係性について。

 大きく話題になっている「Number」の将棋特集……本当にうれしい限りです。

 私自身、一読者としても「Number」は興味深い特集が多く、「メンタル・バイブル2020」などはまさに私たちの世界と共通するな、と感じていました。

 スポーツについて私は全競技のライトなファンですが、その雑誌に佐藤天彦さんとの対談で取材を受ける立場となったのだから……私自身も記念になるので、うれしい限りです。将棋界にいるからこそ気づけない、“スポーツと通ずる”という視点で取り上げてもらって「なるほど」と思うことが多かったです。

 この特集を機に、将棋を知ってくださる人も相当多いのではないかと考えています。それが一番、うれしいですね。

 さて藤井(聡太)二冠の活躍や将棋特集もあったことですし、今回は「将棋棋士とメディア」について――その背景や私たちの思いをお伝えできればと思います。

将棋とメディアとの関わり、歴史

 まずは大まかになりますが、メディアとの関わり、その歴史について。

 長年にわたって、タイトル戦などの棋戦を主催してくださっているのは各新聞社です。将棋の観戦記を紙面で掲載するなど「将棋を観る」文化の先駆けだと思いますし、対局や棋士の情報を報じ続けてくださり、ずっと将棋界を支えてくださっています。

 雑誌はもちろん、ここ数年は書籍でも棋士のパーソナルな部分にフィーチャーした本も増えていますし、丁寧に取材した上での発行物を楽しんでくださる人も増えたと聞きます。そういったメディアの方々の支えが、将棋ファンとのつながりとなり、懸け橋になっていると実感しています。

大きかったインターネットの普及

 その一方でここ10〜20年でインターネットが普及して、ウェブ上における将棋の訴求効果が非常に高まっています。その契機としてウェブページを使用することで世界中で対局の進行が見られるようになったのは、将棋が広まる上でとても大きな役割だったんだろうなと感じています。

 そしてさらに広まるきっかけとなったのは、動画中継が増えたこと。テレビの地上波では今もなお放映されているNHK杯、そしてテレビ東京でも棋戦を運営していただいた(テレビ将棋対局)時期があります。

 ただ放送時間という制限がある中において、“対局が止まる”時間が読めない難しさがある。テレビ対局が早指し戦なのは、そういった側面もあります。

ファンが新たな楽しみ方を見出してくれた

 対照的にインターネット動画は、普段行われている将棋との親和性が非常に高かった。その先駆けとなったのが『ニコニコ動画』です。

 対局を“ニコ動”でみんなで観戦しながらコメントを寄せ合って盛り上がったり、長考に入った際も対局中の食事やおやつの情報、和服姿など対局の服装、そして「昼食の注文って、こんな風に取っているんだ」といった細かな部分まで(笑)。

 つまり、従来の映像では見られなかった「長時間の対局」が可視化されたんですね。

 以前から将棋界には「動画配信ができたらいいね」との構想自体はあったのですが、そういった新たな楽しみ方は、熱心なファンが見出してくれたとも感じます。まさか、おやつがこんなにも注目されると思っていた人間は、私を含めて将棋界にいなかったと思いますから(笑)。

 その頃から「観る将」(観戦を楽しむ将棋ファン)という言葉が出始めて、今では将棋界隈で定着しました。メディアやファンの皆さんが、私たちに様々な角度から将棋の楽しみ方を教えてくれているように感じています。

「わかりやすさ」をもたらした評価値

 現在では『ABEMA』でタイトル戦などの中継がとても多くの方に見られています。そこでは、画面の上部にAIの評価値を入れてあるなど、いろいろ工夫しながら日々将棋の楽しみ方を模索しています。

 評価値やAIについてはまた別の機会に話したいと思いますが、将棋中継の弱みはスポーツと違って、どちらがリードしているのかなど、「何となくわかる」部分が本当に少ない点でした。

 プロが見ていてもどちらが優勢か意見が分かれるところが、評価値ができたことで、ある程度形成判断ができるようになりました。もちろんAIが100%正しいわけではない――というのは大前提ですが、可視化されたことが親しみやすさの要因につながったかもしれません。

長い放送時間だから棋士の個性が見える

 そういった対局の部分だけでなく、棋士そのもののパーソナリティーを面白いと知ってもらったことも大きいですよね。

 長い放送時間だからこそ、棋士それぞれの面白い部分が見えるようになった……これもまた偶然の産物ではあるのですが(笑)。先ほど挙げた早指し対局となると、その局面における解説になりがちです。それが動画中継だと、解説と聞き手を務める棋士の雑談――例えば将棋以外の日常生活や趣味などを話すなど、自分を表現する機会が増えました。

 もともと「棋士は個性的な人が多いよね」とはよく言われていました。ネット中継によって世間の皆さんが発見した代表格と言えば、加藤(一二三)先生です。

 将棋界ではその実績からもちろんレジェンドですし、皆さんもお知りでしょう数々の逸話を残しています。その一方で、将棋の“外の世界”とのつながりを持ったのは、動画中継が始まって以降でもあるな、と感じています。また加藤先生以外にも、木村一基九段はわかりやすい解説と面白いトーク両方を兼ね備えていて、解説でも非常に人気が高い筆頭格ですよね。

 対局中の棋士の行動も、指し回しと同等以上に注目されています。天彦先生がリップクリームを塗ったり、藤井さんが初手を指す前にお茶を飲む姿などは、すごいところに着目していただいたなと感じますし(笑)。

将棋を広めたい、知ってもらいたい

 そして藤井さんが活躍され始めて以降、私たちも動画中継以外のメディアに出演する回数が圧倒的に増えました。その際に心がけていること――例えば地上波のテレビに出る際には「棋士・中村太地」として、将棋界を代表して臨む、と言いましょうか。

 視聴者の方が「あ、棋士ってこういう人なんだな」という印象を持つでしょうから、将棋界の一員として、恥ずかしい言動をしてしまわないように常に心がけているつもりです。

 メディアに出る私たちや女流棋士の基本的な姿勢として「将棋を広めたい、知ってもらいたい」「普及したい」という精神は共通しているはずです。

――将棋の棋士というプレーヤーでありながら「広報」でもある、ですか? そうなのかもしれません。その根源には将棋界に対する危機感というか、多くの人に知ってもらいたい、広めないといけないと迫られる思いなのです。

 今でこそ藤井二冠というスターが登場しましたし、羽生(善治)先生が永世七冠となったときも大きく報じていただきました。あるいは電王戦でのコンピューター将棋との対局などで注目していただいた時期がありましたが、それ以前はなかなか地上波のニュースで扱っていただく機会はありませんでした。

「プレイヤーだから将棋の盤面に集中する」という考えはあるかと思いますが、そうも言っていられないという危機感を抱く棋士は多かったはずです。

 恵まれた環境にある業界なら意識が薄くなりがちかもしれません。ただ実は……将棋界は今までそういった環境にありませんでした。だからこそ地道にみんなの意識が形成されたと感じています。

なでしこ、ラグビーとの共通点

 これは想像になるのですが――スポーツで言えば女子サッカー、そしてラグビーの方々も、同じような心境なのかもしれません。長年にわたって女子サッカーが注目されない時期が続いた中、なでしこジャパンに澤(穂希)さんなど素晴らしい選手たちが集結し、W杯優勝などの偉業を果たされました。

 同じくラグビーも長年にわたって世界との差に葛藤しながらも強化を続け、2015年W杯で躍進。そして昨年の日本開催のW杯では「ONE TEAM」のスローガンを体現するような戦いぶりで初の決勝トーナメント進出を果たし、ものすごいフィーバーとなりましたよね。

 その中で、両競技のアスリートの“一時的なブームで終わらせない”という思いはとても強いのではないか、と推察します。それは私たちが今置かれている“藤井ブーム”に通ずるものがあるのでは――と感じています。

今後数十年の将棋界にとって大事な時期

 今は将棋にすごく注目していただいてもらっていますし、これが定着して欲しいと強く願っています。ただし、その一方で本当に定着させるのは簡単ではないだろうな、という気もしています。

 だからこそ棋士がどうメディアと関わり、振る舞って行動するのか。今後数十年の将棋界にとって、今が本当に大事な時期なのだろうなと心しています。

 社会的な盛り上がりを見せている中、今こそファンの方々に楽しんでもらうことこそが一番大事、と考えています。棋士として白熱した対局を見せ、将棋の奥深さを感じてもらえるような解説を心掛けていきます!

(構成/茂野聡士)

文=中村太地

photograph by Kyodo News