NumberWebでは将棋の“競技的”な側面を中心に、王座獲得経験のある中村太地七段に将棋の奥深さについて定期的に語ってもらっている。今回は22日に開幕する王将戦の「挑戦者決定リーグ戦」について展望してもらった。

 王将戦はとても歴史あるタイトル戦で、今期70期を迎えます。システムとしてとても特徴的なのは「挑戦者決定リーグ戦」の存在です。このリーグ戦に参加できる人数が7人で、非常に狭き門。必然的にトップ・オブ・トップの棋士しか入れないのですが、そこでの挑戦権争いは熾烈を極めます。

 他の棋戦と比較すると、表現は難しいのですが、例えば順位戦だとC級2組、C級1組、B級2組、B級1組、A級……とピラミッド制になっており、1期ずつ昇降格がある中で頂点を目指していく仕組みです。一方で王将リーグ戦は若手で凄く勢いがある人が参戦してくる可能性を持ち合わせています。

 つまりその年度において、特に強さを見せている人たちが集結してくるリーグなのです。そのため王将戦の挑戦者決定リーグ戦は1局1局本当に目が離せない対局が続きますし、若手棋士にもチャンスがあるという意味において、非常に興味深いリーグです。

「1勝挙げるだけ」でも大変なレベル

 迎える今期のリーグ戦ですが、広瀬章人八段、豊島将之竜王、藤井聡太二冠、羽生善治九段、永瀬拓矢二冠、木村一基九段、佐藤天彦九段が登場します。いやあ、こうやって名前をあげるだけで、私ですら少し興奮してしまう……とてつもないメンバーが揃いました(笑)。「ここに入ったら、1勝挙げるだけでも大変だぞ」と思うレベルのトップ棋士になります。

 開幕戦となる羽生先生と藤井さんの対局は将棋界きってのスター同士の対決なので、すでに世間の方々にも喩える必要性がないかと思いますが、イチローさんと大谷翔平選手が対決する――となれば、多くの人々が注目しますよね。

 もちろんお二方以外も、ものすごい実力者です。それこそ田中将大投手やダルビッシュ有投手、筒香嘉智選手や坂本勇人選手といったスター選手を選抜して、それぞれ真剣勝負を繰り広げる……と説明すれば野球好きの方により一層、分かっていただけるでしょうか(笑)。

前期、藤井さんに勝利した広瀬八段

 ここ最近将棋熱が高まっていることもあり、対局を観戦する方も増えたでしょう。羽生先生や藤井さんはもちろん、そして前々回「将棋の体力」について触れた際、永瀬二冠について「いくら将棋のことを考えていても楽しい」とご紹介しました。

 そんな彼ら以外の4人も個性あふれる棋士でぜひ注目してもらいたく、それぞれの特徴を話していきたいと思います。

 まずは広瀬八段から。実力派の安定した強さを誇るA級棋士で、終盤の読みの正確さや早さなどが抜きんでてすごい方です。若くしてタイトルを取られましたし(2010年度/第51期王位戦)、竜王位も取られていて、実績も抜群です。ここ最近は少々調子を落とされているようですが、その分だけ今期の王将戦に懸ける気持ちは非常に強いのではないか、と思います。

 また前期の王将戦挑戦者決定リーグ戦では当時の藤井七段と挑戦権の争いを繰り広げ、最後は劇的な勝利。その時点での藤井さんのタイトル最年少挑戦を阻みました。また非公式戦ですがABEMAのチーム戦でも藤井さんに勝たれています。

 メンタル面での強さも広瀬さんの持ち味で、竜王を獲得した時の対局相手は羽生さんでした。羽生さんがタイトル通算100期がかかる戦いで、世間でも“羽生さん応援”の空気が大きかったように感じましたが、広瀬さんはその中でも淡々と自分の将棋を指されて勝ちました。個人的には早稲田大学の先輩でもありますし、研究会でもよく教わっており、その実力を肌で感じる1人です。

「序盤、中盤、終盤、隙がない」豊島竜王

 豊島竜王は将棋にかける時間がとても長く、研究熱心、本当にひたむきです。AIでの研究をいち早く取り入れてもいて、棋界の最高位である竜王位に在位しているのも納得の強さです。

 そんな豊島竜王を有名にした言葉は……「序盤、中盤、終盤、隙がない」ですね。正確な文言と由来をお知りになりたい方は、それぞれ調べていただければと(笑)。

 ただこの表現はまさに豊島竜王の棋風を表しているものだと感じます。非常に着実な手を積み重ねていって勝ち切るというタイプの棋士です。ここ数年は中・終盤のねじり合いも強く充実されている印象で、竜王位と名人位を一気に獲得され、一気に花が開きました。

藤井二冠に5戦全勝、その理由は……

 また豊島竜王で話題になっているのは「藤井二冠に対する強さ」です。

 これまで公式戦で5連勝。藤井二冠にとってはまさに強敵となっています。少し前の対戦を振り返った際、豊島竜王が勝利を挙げた理由としては、序・中盤で藤井二冠がなかなかリードを奪えない展開となり、中・終盤で豊島竜王がリードしたまま押し切る。豊島さんのスキのない指し回しが少し上回っている印象です。

 9月のJT杯日本シリーズでも豊島竜王が勝利しましたが、藤井さんもこの1年でタイトルを取られるなどはっきり強くなっています。王将リーグ戦での対局もやはり楽しみなものになりそうです。

百折不撓の木村九段も期するものがあるはず

 藤井二冠に王位を奪われる形となった木村九段にとっても、期するものがあるでしょう。まずこのリーグに入れたことは、今後の将棋を指すためのモチベーションにとって非常に大きかったと思います。

 私自身も経験がありますが、やはりタイトルを取られた時には気持ちがガクンと落ちます。さらに王将リーグ戦入りができるか否か、という1局に敗れると……つらい思いが重なります。私たち棋士も人間ですから、気持ちが揺らいでしまうことはありますからね。

 しかし木村九段はリーグ戦入りしたことで、王将戦への挑戦権に挑む、錚々たるメンバーと対局するというモチベーションを手に入れたのではないでしょうか。藤井二冠との対戦もありますから、ここで雪辱したいという気持ちは強いでしょう。

 木村九段といえば「百折不撓」という座右の銘が非常にお似合いの方で、気持ちの面でも盤上でも“打たれても打たれても倒れない”、タフなところを見せてくれるでしょうね。普段のお人柄は爽やかで物腰も柔らかいですが、対局時の迫力は本当にすごい。そのギャップもまた木村九段の魅力なのでしょうね。

王道かつ、ねじり合いに強い天彦先生

 最後に紹介するのは天彦先生です。生まれ年が1988年で同じ(※佐藤天彦九段は早生まれ)で、同世代で昔から切磋琢磨してきた仲であり、私自身も目標としている存在です。先日の「Number」での将棋特集での“縁側対談”では、いつもと違う雰囲気からか意外と聞いたことがない話をして、新たな一面も知ることができました(笑)。

 将棋に関して言えば、天彦先生がよく使われる「王道」との言葉がしっくりときます。まさに王道、王者の将棋を指すことで、勝利に向かっていく。指し手の特徴で言うと、終盤の正確さ、読みが飛びぬけていて、ねじり合いにも滅法強い印象です。

“貴族”の独自性は将棋面でも

 ファッションなどに対する造詣の深さから“貴族”とも呼ばれる天彦先生ですが、将棋でも独自性が強い。自分のスタイルを持っていながら、自分が興味を持ったことに対しては徹底的に研究するところがあります。また先日の対談でも1つ1つの物事に対する分析・考察が非常に深くて勉強になることが多かったです。それが強さの源になっているのかな、と個人的には感じています。

 天彦先生は名人を3期保持した経験を持つなど、トップ棋士の地位を確立していますが、久々のタイトル挑戦に向けた戦いになるだけに、闘志を秘めているはずです。この個性ある7人のリーグ戦を勝ち上がった先に、現役最強棋士である渡辺明王将が待ち受ける――ぜひハイレベルな対局の数々を堪能していただければと思います。

(構成/茂野聡士)

文=中村太地

photograph by Kyodo News