「私は“映画の悪役”じゃない」

 バルサにとって2020-21シーズン初の公式戦となるビジャレアル戦前日、こんな見出しが地元紙「ラ・バングアルディア」電子版に載っていた。

 声の主は、ロナルド・クーマン新監督だ。かつてヨハン・クライフ監督の下でドリームチームの一員として黄金時代を築いたオランダ人DFは、四半世紀ぶりにバルサに戻ってきた。

 だが就任早々待っていたのは、予想もしなかった逆風だった。スアレスやラキティッチらを構想外とし、メッシに対して特別扱いはないと伝えたとの報道が世界中で拡散。結局メッシは残ったものの、いきなり冷酷な指導者という扱いを受けた。

 それを受けて前日会見でクーマン監督は「彼らについてはクラブの決定で、契約する前からチームの変革を考えていた」とクラブ主導(そもそもバルトメウ会長らの不手際が多すぎるのだが)だったこと、そしてスアレスらの“円満退団”を強調。また「レオ・メッシはトレーニングで全員の模範になっている」とメッシへの絶大な信頼を明言した。それくらい言わないと、世間が“色眼鏡”を外してくれないと思ったのだろう。

バルサのゴールに誰よりも迫った久保建英

 だからこそ、初戦のビジャレアル戦は昨季無冠のチームを立て直すための所信表明、として大事な90分だった。

 果たしてクーマンは、最初の大一番に勝った――それも前半だけで4得点を奪っての大勝である。

 ビジャレアル率いるウナイ・エメリ監督が、またカンプノウで“やらかした”面もある。

 例えば、投入時点で4点差だったことを加味しても、バルサのゴールに誰よりも迫ったのは久保建英だった。

 81分のドリブル突破からのラストパス、89分にはジョルディ・アルバを幻惑してのコントロールシュート。見せ場を作った久保は、「マルカ」紙でビジャレアルのフィールドプレーヤー唯一の3点満点中2点の評価を受けている。奮闘した久保が20分ほどしかプレー時間がなかったのは……と思うのは贔屓目なのだろうか。

バルサは昨季までとは違っていた?

 そんな相手の出来に助けられたとはいえ、バルサからは昨季までとは違うエッセンス、変化が見えた。

 まずはフォーメーション、立ち位置から違った。

[4-2-3-1]
……………グリーズマン……………
…………………………………………
ファティ…コウチーニョ……メッシ
…………………………………………
……デヨング……ブスケッツ………
…………………………………………
アルバ…………………S・ロベルト
…………………………………………
………ラングレ……ピケ……………
…………………………………………
…………………ネト…………………

 ここ近年は伝統の4-3-3以外のフォーメーションで臨む試合もあったが、デヨングとブスケッツが組んだダブルボランチでキックオフを迎えたのは長らくバルサを見てきたファンにとっても新鮮だろう。

 スタートポジションだけではない。1トップと2列目3人が、とてもフレキシブル。開始90秒時点でのパス回しでは4人+αの関係性がすでに流動的だった。

 メッシが1トップの位置に入ってグリーズマンが右サイドに。ファティが左サイドに張ってメッシとファティの間くらいにコウチーニョ、その近くに攻撃参加したジョルディ・アルバ……。どうも文字化すると分かりづらいが、それぐらいグネグネと動いていた(地元メディアもメッシとグリーズマンの2人が“偽9番”の役割を果たした、と評しているほどだ)。

15分に見せた、“いつものバルサ”

 すると15分に“いつものバルサ”っぽく均衡を破る。ボールを握ってビジャレアルに狙い所を絞らせずにいると、ラングレの長めのパスにアルバが左サイドの裏を抜ける。そのままゴールライン付近をえぐってマイナスのパスを送って、アンス・ファティが仕留めた。

 長短織り交ぜたコンビネーションで先手を取ると、4分後には“3手”で追加点を奪う。自陣ペナルティーエリア内でラングレが長い距離の縦パスを送ってビジャレアルの選手6人を無力化。これをコウチーニョが悠々とドリブルして、相手を引き付けたら左にパス。これをファティが難なく決めて追加点を奪った。

 ラングレのパスからファティのゴールまで約14秒。攻撃に手数をかけず素早く攻める一撃は、クーマンもしてやったりだろう。

メッシは1人でゴールチャンスを作り出した

 一方でクーマンがどう組み込むかも注目されたメッシも、その天才性と適応力を垣間見せている。

 天才性は前半終了間際の場面だ。自陣近くで奪ったボールを拾うと、狭いスペースに相手2人がいるというのに、超速ダブルタッチでかわして前を向く。一度デヨングに預けてボールを受けるとクロスを送り、これが相手のオウンゴールを誘発したのだ(ちなみにメッシのクロスに飛び込んだのがブスケッツなのも意外だが)。

 その10分前にPKを決めて今季初得点を決めているが、数字に残らないこのシーンにこそ、相変わらず1人でゴールチャンスを作り出してしまう凄味を感じた。

 それと同時にメッシはクーマン体制での守備にも適応していた。とかく言われがちな“走らない”との評だが、明らかに攻守転換が早くなったチームの中で、メッシも鋭いプレスバックを何度も見せていた。

守備面でも興味深いシーンが

 そんな分かりやすい動き以上に、攻守のポジショニングでも興味深いシーンがあった。

 31分から32分にかけてのこと。セルジ・ロベルトが中央に入って組み立てに参加すると、メッシはそこを埋めるかのように“右サイドバック”的な位置に入る。そこからの浮き球パスは相手に渡ったものの、そこからパスを送ろうとした相手に対して、メッシはドリブルとパスコースをすぐ制限。相手DFエストゥピニャンのコントロールミスでタッチラインを割ったが、もしプレーが続いたとしてもカウンターを遅らせることに成功していたのではないか。

33歳にしてアップデートしたメッシを見たい

 ハイライトシーンでは絶対に取り上げられないだろうが――攻撃面であれだけボールを奪われず先を見通せるメッシなら、守備にだって予測力を発揮して当然だ。そのスキルと大局観、そしてバルサ残留でのモチベーションさえあれば、クーマン・バルサを高みに導いてくれるはずである。

 いきなり“悪役”扱いされてしまったクーマン監督だが、試合後「前半は素晴らしく、機動性があってプレッシャーも激しく、トランジションもよかった」と目指す方向性を示せたと納得しているようだ。プロフェッショナルならば指揮を執るチームを弱体化させようなんてこれっぽっちも思っていないだろう。

 そんな新指揮官が掲げるスピード感とバルサらしさの両立。まだ1試合終わっただけで、ビジャレアル戦の出来を継続できるかはもちろん未知数だ。とはいえ33歳にしてアップデートしたメッシを見られるのならば、一度は別れを覚悟したファンも心躍るのではないか。

文=茂野聡士

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