「日本ユニセフ協会親善大使としても、様々な事をこの機会に勉強しています。手洗いの重要性。世界の約4割、30億人が家で水と石鹸で手を洗うことが出来る環境にありません。手をしっかりと洗うことが出来る環境にある人はきちんと丁寧に洗って感染拡大を防ぎたいですね」

 長谷部誠は今年3月18日、自身のSNSでそう発信した。3月13日にブンデスリーガの中断が決まっている。その後、新型コロナウイルスは世界中で感染拡大し、一旦は落ち着きを取り戻したかに見えたが、再び、その猛威が広がろうとしている今、このメッセージを思い出した。

 まだ、外出制限措置などが実施される前のこの時点で、長谷部が「家で手を洗うことができない人たち」の存在に心を寄せたのは、彼がその現場に足を運んだ経験があるからだ。

サッカー選手として、ユニセフ親善大使として

 長谷部とユニセフとのつきあいは長い。

 最初の出会いは2007年の頃。飛行機の機内で配られた「ユニセフのパンフレット」がきっかけだったという。「なにか行動を起こしたい」と思いながらも、恥ずかしさや自己満足じゃないのかというジレンマが過去にもあったと話す長谷部だが、こういう小さな行動が、世界に届くことを改めて認識したのだ。

 そして、同年からマンスリーサポート・プログラムに参加、2010年以降CM出演なども行っている。2011年には東日本大震災で被災した幼稚園再建支援として、100万部を超えた自書『心を整える。』の印税などを寄付したことも有名だ。2016年には日本ユニセフ協会親善大使に就任し、2017年にはエチオピア、2018年にはギリシャ難民キャンプ、2019年にはバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプなどを訪問している。

「世界中のいろんな場所に足を運ばせてもらって、そこで目の当たりにする信じられないような現実があります。僕は日本に生まれて育ち、今はドイツで暮らし、GDPが世界で3位や4位の国でしか生活していない。裕福な場所で暮らしていたら、絶対に感じることができないことを感じ、『同じ地球上にこういう場所があるんだ』と非常に考えさせられるし、ひとりの人間として学ぶことがあります。

 でも、ただ学んだだけでは意味がないので、それを多くの人に伝えていかなくちゃいけない。大前提としてユニセフ親善大使は少しでも多くの方々に、世界の厳しい環境で生活している子どもたちのことを知ってもらい、行動してもらうという使命があるわけですが、そういう意味でいうと、自分の発信力というのは、弱いなと感じています。そこでの活動に関しても、実は葛藤があります。もっともっと発信しなくちゃいけないというのと、今のバランスを崩すのはちょっと違うなというのがあるので……」

 長谷部の話す「バランス」とはいったい何なのか? それは「サッカー選手」とのバランスについてだ。

別の事業を行う現役選手は多いけど……

 今年36歳の長谷部は、ブンデスリーガ最年長選手として、開幕戦からスタメン出場を飾っている。ドイツへ渡り14シーズン目を迎えて、昨季にはブンデスリーガにおけるアジア人で史上最多出場記録を更新した長谷部だが、そのキャリアがずっと順調だったわけではない。本職のボランチではないポジションでのプレー時期も長く、負傷との戦いもあった。

「今、サッカー以外のことに強く興味を持つと、そっちに気持ちを持っていかれそうでイヤなんだよね」

 長谷部がそんな話をしたのは、2016年2月のことだった。サッカー選手としての仕事以外に、別の事業を行う現役選手は多い。そういうことに興味を持つことは、一社会人としても重要なことかもしれない。長谷部はきっとそういう生き方を選んでいるんだろうなと思っていた。けれど、長谷部は否定したのだ。

 インタビュー前のハンブルガーSV戦では、左サイドバックで出場している。スコアレスドローで終わったその試合を見ながら、当時のフランクフルトは、長谷部本来の力を発揮できる環境ではないだろうし、それを認めてくれる場所でもないように感じた。まさに長谷部は、不遇といえる状況になっているのだと実感した。

 今、サッカー以外のことに気持ちを向けると、サッカー選手として自身が立たされた現状から「逃げる」ような想いがあったのかもしれない。まさに「サッカーにしがみつく」ことを彼は選んだ。そして、その試合から数週間後、フランクフルトの監督ニコ・コバチが就任する。入れ替え戦を勝ち抜き、1部残留も達成。その中心にはボランチでプレーする長谷部がいた。翌シーズンにはリベロにコンバートされる試合も多く、「リベロという新しい場所を与えてもらえた」と語る長谷部は、ドイツ国内でもサッカー選手として、再評価され、現在に至る。

サッカー以外のことをやる“器用さ”があるのか?

 そして、最年長選手としてのシーズンが始まる直前の今年8月下旬のインタビューで、サッカーという仕事とその他の仕事について、長谷部は、持論としてを語り始めた。

「ここ数年、スポーツ選手はその競技だけをやっていればいいという風潮じゃなくなっている。競技以外にいろいろなことをやるのは悪いことじゃないし、良いことであるべきだと思っています。でも、その前に己を知らないといけない。サッカーをやりながら、ビジネスをやったり、ソーシャルメディアでの発信だったり、そういうことができる器用さが、自分にあるのかを知らなくちゃいけないと思うんです。そこを間違うととんでもないところへ行くと思うから。それぞれのパーソナリティでいろいろあると思うんですけど、まずは自分を知るところから始めていかないと。

 人によってキャパシティ、器の大きさは異なる。僕のキャパシティで考えると、情熱がサッカーに向いているから、これだけ長くプレーできているんだなというのが、持論なんです。自分のスタンスとして、いろんなことをやっていたら、サッカーを長くできなかったと思うから」

 この“情熱のバランス”こそが、冒頭で紹介したユニセフ親善大使としての活動における葛藤に繋がっているのだろう。それでも、「世界で困難な状況にある子どもたちのために」という想いが薄れるわけでもない。長谷部は長谷部のやり方で、サッカーファンが「世界で困難な状況にある子どもたち」へ手を差し伸べる機会を提案し続けてきた。

長谷部が考える「社会貢献とは」

 自ら立ち上げたプロジェクトに対して、応援してくれる人から世界の子どもへの支援を募る「フレンドネーション」というプログラムに長谷部は過去3度参加。昨季は、「2019-20シーズンのブンデスリーガ公式戦で、222キロを走る」というもの。生まれた静岡県藤枝市から、「サッカー選手になる夢」を叶えた埼玉スタジアム2002までの距離が222キロだったことに由来している。残念ながらリベロでプレーする長谷部の走行距離は短く、リーグ公式戦走行距離は219キロにとどまったが、残りの3キロは自主トレ中に走ったと報告された。今夏も、子どもたちのために「ChildhoodChallenge」に参加するなど、新型コロナウイルスで苦しむ開発途上国や貧困層への支援を続けている。

 寄付金が世界の子どもたちの暮らしをより良くする力になることはもちろんだが、こういう活動によって、人々の興味を集め、意識を変えることにつなげたいという想いが長谷部にはあるはずだ。

「夢見ることもできない環境にいる子どもたちが世界にはたくさんいるということ、そして、そんな彼らの支えになるための活動があるということ、その手助けは誰でも簡単にできるということ……もっともっと、日本の方々に知ってもらいたい。それが僕のやるべき社会貢献だし、僕が最終的に目指すところなんです。ヨーロッパで暮らしていると、こちらの選手や一般の方々の社会貢献や寄付に対する行動力を強く感じます。そこが日本の感覚とは違うなと思うんです。だから、そういう部分でも、もう少し、日本の方々に知ってもらって、行動してもらえたらと思っています。サッカーをやめたらどうするのかはわからないけれど、今後何をするにしても、社会貢献は忘れずに続けていきたいと考えています」

何度裏切られても、サッカーへの情熱は変わらない

 ここ数年は、フランクフルトとの選手契約は単年契約が続く。負傷も含めて、戦力とならなければ、即引退になってしまうかもしれない。しかし、サッカーへの情熱や愛情は年々高まっていると長谷部は笑う。

「たとえば、シーズン前のハードなトレーニングの翌日は筋肉痛がある。昔よりも、今のほうがそれを強く感じるけれど、朝目が覚めて、起き上がるのも辛いみたいな筋肉痛や身体の重さを愛おしいと感じるんです。トレーニング中に『キツイなぁ』って思いながらも、『あと何回これを感じられるのかなぁ、いいなぁ』って思っている。ヤバいでしょう?(笑) 自分のなかで無意識にあと何年できるのか、どれくらいできるのかと考えたりはしているんだけど、年々、サッカーに対する愛情、情熱は高まっている。サッカーには何回も裏切られてきたけれど、それでも、自分のほうへ寄せようとするんです。サッカーで味わう喜びやサッカーでしか得られないもの、快感があるから」

 裏切られることをわかっていながらも、求めることを止められない。だからこそ、サッカーに情熱を注ぎ、対峙しなければならないと思っている。

「ここまで長くプレーできたのは、いろいろな巡り合わせがあったから。誇りに思うし、感謝もしている。同時に簡単なことばかりでもなかった。サッカーに関して言えば、9割が大変なことで、喜びや楽しみは1割くらい。困難、苦しみに一歩一歩立ち向かい、耐えて、歯を食いしばって、しがみついて、コツコツコツコツと積み重ねてやってきました。自分のキャリアに関しては、すべてが想定外。プロになるというところからね。他のリーグに挑戦したいと思っていた時期もあるけれど、オファーがなかったり。だから、これが本当に自分の望んでいた道なのかって言われると、そうとも言い切れない。

 ただ、人生なんてそんなもんじゃないですか? 望んだとおりすべてが行くわけじゃないから。他の国へ行っていたら、これだけ長くサッカーができていなかったかもしれないし。だからこれが、僕の運命なんだと。運命は自分が引き寄せたものだと思うし、そこのところでは誇りに思います」

 折り合いをつけながら、バランスを取りながら、日々と向かい合い歩む長谷部誠のサッカー選手としてのキャリアはまだ続く。その先が長くなかったとしても、「今」にすべての情熱を注ぎながら。

文=寺野典子

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