古くは稲本潤一のガラタサライ移籍(2006〜07年)、そしてとりわけ長友佑都のガラタサライ移籍(2018〜20年)と、短期間ながら香川真司のベシクタシュ移籍(2019年1月31日からのレンタル移籍)でトルコリーグは日本でも身近な存在になった。だが、ガラタサライやベシクタシュ、ジーコが監督を務めたフェネルバフチェ、トラブゾンスポルといったビッグクラブを別にすれば、その具体的な状況は今日でもまだあまり知られてはいない。とりわけ昨季初優勝を果たしたイスタンブール・バシャクシェヒルFKについては、読者の皆さんもほとんどご存じないのではあるまいか。

 トルコのアイデンティティを民主的に確立した公正発展党(AKP)とレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領との親密な結びつき、堅実で安定したクラブ運営とベテランに頼ったチーム構成など、1990年に産声をあげた若いクラブの成り立ちと現状をフランク・シモン、ティモテ・クレパン両記者が『フランス・フットボール』誌8月4日発売号でレポートしている。

(田村修一)

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 2014年にトルコ・シュペル・リグ(1部リーグ)に復帰してからバシャクシェヒルは、5シーズン連続でトップ4に入るという好結果を残し続けた(4位、4位、2位、3位、2位)。そしてコロナ禍による中断を経た2019〜20年シーズンには念願の初優勝を成し遂げた。それは安定と経験に重きを置いた賢明なスポーツ政策の成功であった。

ビッグクラブを抑えての初優勝

 そのときスタジアムは沈黙のなか奇妙な雰囲気に包まれていた。トルコ・シュペル・リグ第33節、最終節を残し首位のバシャクシェヒルは2位トラブゾンスポルに勝ち点4の差をつけてカイセリスポルとの対戦を迎えていた。一方、バシャクシェヒルを追うトラブゾンスポルは、コンヤスポルとの絶対に負けられない戦いに臨んだ。トラブゾンスポルにとっては2連勝が逆転優勝のための最低条件であり、なおかつバシャクシェヒルが2引き分けに終わってはじめて勝ち点で並ぶ他力本願である。

 だが、激しい点の取り合いの末にトラブゾンスポルは3対4で敗れた。その報をバシャクシェヒルの選手たちは奇妙な状況下――1対0とリードした後半途中、スタジアムが2度にわたり停電に陥ったときに伝えられた。試合はそのまま終了し、バシャクシェヒルは初のリーグタイトルを獲得した。選手とスタッフは、無観客試合でありながらなぜかスタンドに詰めかけた数百人のサポーターとともに、歴史的な喜びの瞬間を味わったのだった。スタッフの中には元カメルーン代表のストライカーで、今はオカン・ブルク監督のアシスタントコーチを務めるピエール・ウェボも混じっていた。

大統領専属医の病院がメインスポンサー

 イスタンブールのバシャクシェヒル地区(人口約45万人)に本拠を置くバシャクシェヒルは、長きにわたりビッグ3(ガラタサライとベシクタシュ、フェネルバフチェ)の陰に隠れた存在だった。

 1990年にイスタンブール市によって創設され、その後は公正発展党(=AKP、党首のレジェップ・タイイップ・エルドアンはイスタンブール市長〈1994〜98年〉から首相〈2003〜14年〉を経て、2014年にはトルコ史上初の選挙により大統領に選ばれ今日にいたる)に近い人物に買収され、同年にイスタンブール市から完全に分離した際に、名前をイスタンブール・ビュユクシェヒル・ベレディイエスポル(イスタンブールBB)からイスタンブール・バシャクシェヒルFKへと改めた。チームカラーは奇しくもAKPと同じオレンジである。

 イスタンブールのビッグ3、トラブゾンスポル、ブルサスポルに次ぐ6番目のリーグ優勝クラブとなったバシャクシェヒルだが、タイトル奪取は決して偶然でも恣意的なものでもなかった。ガラタサライを筆頭にビッグ3が自滅するなか、昨季のリーグはシバススポルとトラブゾンスポルが首位争いを演じ、どちらかがタイトルを手にすると見られていた。ところがコロナ禍による中断の後に再開した終盤戦で、バシャクシェヒルが一気に両者を抜き去ったのだった。

 クラブとAKPは親密な関係にあると見られている。それは単に本拠地をAKPの勢力圏に定めたからばかりではない。クラブ会長はエルドアン大統領の義理の甥であるギョクセル・ギュムスダグであり、メインスポンサーは大統領の個人的専属医・ファフレッティン・コジャが経営する医療グループのメディポルであるからだ。

 2014年に完成した新スタジアム(1万7300人収容のバシャクシェヒル・ファティ・テリム・スタジアム)は、国のインフラ整備を専門におこなうカルヨン・グループによって建てられた。そのこけら落としには、かつてはアマチュアサッカー選手として知られ、直後に大統領に選出されるエルドアンが、新しいチームカラーとなったオレンジ色の12番のレプリカを着て出席したのだった。さらにクラブの運営委員会も、国家権力に近い国営企業の代表者たちで構成されている。

人気はなくても徹底してきた「堅実路線」

「とはいえクラブが、レフリーから身びいきな判定をされることはない」と、カナルプリュス・アフリークでトルコリーグの解説を担当するゴーチエ・ド・マリアンは語る。

「このクラブの最大の長所はグループが安定していることだ。イスタンブールのライバルたちとは正反対の堅実路線をとり、移籍競争をエスカレートさせて獲得した選手をレンタルで貸し出すことはしない」

 大金をはたいての派手な選手獲得を絶対におこなわない。ただ人気の面では他のエリートクラブから大きく劣っており、ホームでの平均観客動員は3000人に満たない。そしてクラブが拠り所にしているのが、昨年までエマニュエル・アデバヨール(2017〜19年、元トーゴ代表、36歳)も在籍したように、30歳を過ぎたベテラン選手たちの経験である。ロビーニョ(36歳、元ブラジル代表)やガエル・クリシ(35歳、元フランス代表)、マルティン・シュクルテル(35歳、元スロバキア代表)、デンバ・バ(35歳、元セネガル代表)……。シュクルテルとバのふたりは、自由契約のため移籍金なしで獲得した。また、昨年夏にカーンから獲得したフランス人ストライカーのエンゾ・クリベリも、移籍金は250万ユーロに過ぎなかった。ヨーロッパレベルではまだ名が知られていないクラブに移ったことに、クリベリは何の不満も抱いてはいない。

若いクラブがビッグクラブにも負けない理由

「別の何か――別の文化や別のサッカーを知りたかったんだ」と彼は言う。

「クラブは少しずつ成長している。さらに進化するために、リーグやヨーロッパカップでの勝利が必要だ。イスタンブールでは、ガラタサライとベシクタシュ、フェネルバフチェと並び立つのは簡単ではない。でもわれわれは新興勢力として彼らビッグクラブの間に割って入ることができた」

 すでに述べた通り、クラブはベテラン選手たちに支えられている。その実情を端的に示しているのが、2006年以来の古参であるキャプテンのマムート・テクデミル(32歳)であり、2011年から在籍するボスニア人ストライカーのエディン・ビスカ(30歳)である。テクデミルは優勝を決めたカイセリスポル戦で決勝ゴールを決め、ビスカはクリベリを上回る12ゴールをあげた。ふたりはイスタンブールBBからバシャクシェヒルへと移行した時期も、また2部に落ちた2013〜14年シーズンも知る、まさにクラブの歴史とともに歩んだ存在である。彼らこそがクラブの継続性と安定を象徴しているのだった。

 この国際色豊かな平均年齢30歳超のベテラン集団を束ねるのが、戦術にも人心掌握術にも長けた監督のオカン・ブルク(46歳)である。昨年夏にアブドゥラー・アブジュ(元トルコ代表監督)からチームを引き継いだブルクは、アブジュのような実践派とはタイプを異にするが、ときを同じくして獲得したふたりのストライカー、クリベリとバをトップに並べることでチームを成功に導いた。

CLでは初の本戦リーグに

「ほとんどのクラブが1トップを採用するトルコで、ブルクの独創的なシステムは最初からうまくいったわけではなかった」とド・マリアンは回想する。

「デンバ・バの調子がずっと上がらず、トラブゾンスポルを追い抜くために彼は、再開後に多くの修正を加えねばならなかった。そしてそれが実を結んだ」

 次なるバシャクシェヒルのチャレンジは、初の本戦リーグ出場となるCLである。昨季はELでベスト16まで進んだ(FCコペンハーゲンに1対3で敗退)が、CLの壁はELより遥かに高い。パリ・サンジェルマンとマンチェスター・ユナイテッド、RBライプツィヒが入ったグループを勝ち抜くのは至難の業である。厳しい戦いは、アウェーのRBライプツィヒ戦で幕を開ける。そのときチームを支えてきたベテランたちは、どんな成熟したプレーを見せるのだろうか……。

文=フランク・シモン,ティモテ・クレパン

photograph by Daniel Bardou/L’Équipe