「誰かをすごく応援しながらテニスの試合を見るのって大嫌い。どうして自分がボールを打ってるみたいに体がこわばるの? それ以上に、どうしてこんなに手に汗をかいているの???」

 大坂なおみがSNSでそうつぶやいたのは、パリで全仏オープンの女子決勝が行なわれている時間だった。

 まったく予想外のファイナリストとなった19歳のイガ・シフィオンテクが、大坂と頻繁にコンタクトをとる仲であることは最近よく知られていたから、「応援している」のがシフィオンテクであることは間違いなかった。

 そして、祝福とうれし泣きの絵文字とハートマークをいくつもつけた「AHHHHHHHHHHHH!!!!」という叫びとともに、女子テニス界に新たなヒロインが誕生した。

ツアー中断中、大坂とのインタビューで

 2人の意外な仲の良さを世間にも知らせたのは、ツアー中断中の5月のこと。大坂がステファノス・チチパスやガエル・モンフィスといったトッププレーヤーにインタビューするインスタライブの動画が話題になったが、その中で確か女子で唯一のインタビュー相手に選んだのがシフィオンテクだった。

「一番思い出深い試合は?」という大坂の質問に、「あなたとの試合」と照れながら答えている。

 昨年8月のトロントでの初対戦のことだ。シフィオンテクは2回戦で元女王カロライン・ウォズニアッキを逆転で破り、大坂との3回戦に駒を進めてきた。結果は大坂が苦戦しながらも7−6、6−4で勝ったが、シフィオンテクはこう振り返った。

「いつも大きなスタジアムで試合をするときはすごく重圧を感じてまともにプレーできなかった。フレンチオープンの4回戦でシモナ(・ハレプ)とやったときも、1−6、0−6で負けちゃった。でもカロラインとの試合でやっとビッグスタジアムでの戦い方がわかったの。そのあと、私たちの試合は最初から最後まで楽しめた。負けたのにひどい気分にならなかったのは初めて。だってとってもいい試合ができたから」

大坂「彼女のボールはすごく変わってる」

 大坂は、その試合後の会見でこう話している。

「彼女のボールはすごく変わってる。フォアは独特のスピンがかかっていて、落ちるの。誰かと比べるのも難しい。両サイドともクロスのショットがとてもうまいし、最初は対処するのが大変だった」

 今大会でも、対戦した選手が口を揃えて言っていたことだ。

 よほど印象的だったのか、大坂は試合後にシフィオンテクのチームに、彼女のプレーに対する称賛の言葉を届けに行ったのだという。

 いずれ手強いライバルになるかもしれない年下の選手に、さらに自信をつけさせるようなことをわざわざ伝えに行く大坂は、昨年の全米オープンで15歳のココ・ガウフに「いっしょにオンコート・インタビューをやろう」と誘った大坂と、矛盾なく通じる。

SNS上でやり取り、全米でも一緒に練習

 それからSNSでやり取りするようになったという2人は、数週間後の全米オープンではいっしょに練習をした。ディフェンディング・チャンピオンでもあった大坂の練習コートには多くのファンが集まり、一挙手一投足が注目される。

 昨年が全米オープン・デビューだったシフィオンテクには簡単に体験できることではない。「私は新顔で、セレブと話すのは慣れていないの。でも彼女はあの年でもうスーパースターなのに、気取ってなくて、とてもよくしてくれる。もしあれだけのプレッシャーに負けずに彼女が結果を出せば、若い選手たちにとって最高のお手本になる」と当時のWTAオフィシャルサイトの記事の中で語っている。

「ナオミが見せてくれたの!」

 昨年は女王としての安定感に欠けていた大坂だが、この夏、シフィオンテクは「最高のお手本」を見た。全米オープンでの大坂について、パリでこう話している。

「それまでの大会を見ていて、彼女はもうちょっとできるはずだって思ってた。でもニューヨークでは、ナオミのテニスが最高のレベルに戻ってきたように感じたわ。私も刺激をもらった。ときどき、自分はもっとできるのにってわかってるときがあるから。ちゃんと練習して、一生懸命取り組めば、結果はついてくるってお手本をナオミが見せてくれたのよ」

大坂を軸にした若い世代に移行するのか

 大坂にとっても、与えるばかりではない。「自分より年下ががんばっているのを見るのが好きなの。彼女たちができていることは私にもできるはずというモチベーションになる」と言う大坂は、他に類を見ないプレースタイルを持つシフィオンテクとの練習からも何かを得ていたはずだ。

 女子テニス界の波はいよいよ本格的に、大坂を軸にしたこの若い世代へ移っていくのだろうか。全米オープンでは31歳のビクトリア・アザレンカをはじめとしたママさんプレーヤーの活躍が話題になったばかりだが、優勝者の顔ぶれを見れば明らかに世代交代を示している。

 遡れば、2017年の全仏オープンで当時20歳のエレナ・オスタペンコがノーシードからの優勝を果たし、大坂は同年代の活躍に大いに燃えた。それが翌年のブレークにつながり、全米オープンの初優勝から女子テニスの世代交代は一気に進むのだ。

 翌年の全豪オープンを再び大坂が制し、全仏オープンは当時23歳のアシュリー・バーティが初優勝、ウィンブルドンのシモナ・ハレプは新顔ではなかったが、全米オープンは19歳のビアンカ・アンドレスク、今年は21歳のソフィア・ケニンの全豪オープン優勝で幕を開けた。例年とは開催順が前後するが、全米で大坂が復活優勝し、この全仏での19歳シフィオンテクの優勝である。

「私のテニスはこれからまだ大きく変わる」

 シフィオンテクのランキングは54位から17位に上昇。真のチャンピオンにはまだ遠いが、大きな目標を口にした。

「私のテニスはこれからまだ大きく変わる。安定したプレーをすることが一番の目標。女子選手はみんなそれができなくて苦しんでいる。これほど多くの新しいグランドスラム優勝者が生まれているのは、誰もラファやロジャーやノバクのように安定していないから。私はそれをゴールにがんばる」

 この3年間で誰よりも多い3つのグランドスラム・タイトルを獲得したのは大坂だ。安定したチャンピオンにもっとも近い大坂と、追うシフィオンテク。コロナやケガで休業しているトッププレーヤーも少なくない中、役者が揃う日をより待ち遠しくさせる新星の登場だった。

文=山口奈緒美

photograph by Hiromasa Mano