前編「ビエルサ、グアルディオラにポゼッションで上回りドロー 選手交代とマッチアップの妙を検証」からの続きです。

 2002年、福島Jヴィレッジの監督室──。

 荒川が経験したビエルサによる個人レクチャーはシステムの話から始まった。

「その時にシステムには『親』と『子』があるという話が始まり、私はとても驚きました。そんな理論を今まで聞いたことがなかったからです。現代風にいえば“可変システム”という言葉に近いのだと思いますが、その基本的な理屈をマルセロは当時からすでに会得していたのです。

 例えば当時のアルゼンチン代表は3-3-1-3のシステムを採用していましたが、これは4-2-1-3を親システムとして、トランスフォームさせたものだという説明でした。

 親となる基本システムは4バックで、例えば相手が2トップの場合はDFを1枚中盤に上げて3バックにトランスフォームする。つまり相手フォワードに対して1枚余らせる形でDFラインを形成し、中盤から前線にかけてのマッチアップを明確にするというのがマルセロの基本的な考え方でした」(荒川)

“ユーティリティ・プレイヤー”とポリバレントの違い

 監督室ではビエルサによる“システムの教室”が行われていた。

 2002年当時は2トップがサッカー界の主流だったのでアルゼンチン代表は3-3-1-3を使用していた。そして現在は、シティに代表されるように3トップ(もしくは1トップ)を基本布陣とするチームが多いので、リーズはDFを4枚とする4-1-4-1としているという訳だ。

 例えば第3節のシェフィールド戦は相手が5-1-2-2(3-3-2-2)という布陣だった。相手が2トップであることに適応させる形でリーズは3-4-1-2のシステムを採用している。

 シェフィールドの攻撃陣は2トップに2OMF(オフェンシブミッドフィルダー)という現代サッカーでは珍しいシステムを取っている。リーズはそれに対応するために2トップには3バック、2人のOMFに対峙するために左SBのダラスをDMFに上げフィリップスとWボランチを組む形を取ったのである。

「マルセロはよく『どのようなシステムであっても、選手は試合の中で3つのポジションでのプレーを遂行している』と言います。例えば左SBのダラスであれば、SBとして起用されても、試合展開によってはCBとして振舞うこともあれば、中に絞ってMFとしてプレーすることもあるし、オーバーラップして攻撃参加すれば、WGとしてもプレーする。

 一般的には複数のポジションをこなす選手をは“ユーティリティ・プレイヤー”と評されますが、ビエルサの考えはポリバレントに近い。

 ポリバレントは流れのなかでポジションに応じたプレーが出来る選手という意味になると私は解釈します。監督の指示によってポジションを変えるのがユーティリティ・プレイヤーだとしたら、ポリバレントな選手は試合展開の中で自然と3つのポジションでプレーできる選手です。だから育成年代から複数のポジションの練習を徹底的に行う必要があると考えています」(荒川)

“ORIGINAL”と呼ぶ「4-1-1-1-3」システム

 ビエルサは思春期時代からサッカーの研究に没頭しており、アルゼンチンメディアに兄が語ったところによると「マルセロは自室の棚にテレビ4台を2列に並べ、同時にビデオ録画した4試合を見ていた」という。

 彼がサッカー観戦を重ねるなかで、大きな関心事の1つとなっていたのがシステムの分析だった。幾多のメディアでビエルサは「フットボールのシステムは地球上に29通りしかありません」と語っていると紹介されている。

 サッカー界では伝説的な言葉となっている「29のシステム」。荒川はこう解説する。

「基本となる4バックのシステムが5つ。それに“ORIGINAL(オリヒナル)”とマルセロが呼ぶシステムを加えて、6つのシステムがベースの“親”システムとなります。それぞれのシステムには5つの派生システムがあります。それらをマルセロが整理したところ、システムは29個しかないというのが、当時の解説でした」

 ここで着目をしたいのが、ビエルサが“ORIGINAL”と名付けたシステムが存在することである。全てのシステムの基本となっているのが“ORIGINAL”であると、エル・ロコは語っているという。

「広いピッチで有効にプレーするためには『2人のSB、2人のCB、2人のWG、1人のCF、そして攻撃的MF、ミックスMF、守備的MFという形が私にとって基本になります』とマルセロは語っています。この話から構築されるシステムが『4-1-1-1-3』なのです。彼はこのシステムを“ORIGINAL”と呼び、4-3-3でも4-4-2でも全てのシステムはここから派生したものであると語ります」(荒川)

「ミックスMF」というポジションを定義

“ORIGINAL”と呼ばれる4-1-1-1-3システムを聞いたことがある、という関係者はサッカー界でもほとんどいないのではないだろうか。少なくともメディアでは同システムについて言及した記事や解説は皆無だったように思う。

 4バックや3トップの考え方は従来と変わらない。ポイントは「守備的MF(DMF)」、「攻撃的MF(OMF)」という役割に加えて、「ミックスMF」というポジションを定義したことにある。3人のMFの中で守備的な選手と攻撃的な選手がいて、その両方をこなし、長い距離を走れるのが「ミックスMF」となる。

 リーズのスタメンに置き換え説明してみよう。リーズは一般的には4-1-4-1システムと紹介されているが、実際には4-1-1-1-3システムを基本としている。

 4-1-1-1-3のシステムでは中盤は守備的MFがフィリップス、ミックスMFがクリヒ、攻撃的MFがエルナンデスというように選手が1-1-1のポジションを構成する。

 相手に合わせてトランスフォームさせるのは、前に説明した通りだ。試合では“ORIGINAL”の4-1-1-1-3を相手に適応させトランスフォームしていく。リバプールは4-3-3システムなのでシティ戦と同じように4-2-1-3にトランスフォーム、シェフィールド戦では3-4-1-2で戦うといった具合である。

研究をまとめた結果、「システムは10個」

「マッチアップを明確にするというのがマルセロのシステムの考え方の基本だと思います。一方で『システムは単なる布陣に過ぎず重要ではない。システムを準備しても、実際のピッチでは何が起こるかはわからないので柔軟に対応する必要がある』とも語っています。

 最終ラインは4バック(2バック)か3バック(5バック)の2つに要約することができ、中盤と前線の組合わせの多様性により様々なシステムが構築されているのだと私は解釈しています」(荒川)

 ビエルサのシステム論の凄いところは日々進化を遂げているところにある。29個にシステムを分類しただけでは満足をせず、近年はさらに一歩先まで進み“ORIGINAL”システムをベースに大胆な整理を行っているのだという。

「いまマルセロは『研究してまとめて行った結果、システムは10個である』と語っています」(荒川)

「私は選手にシステムを合わせることはしません」

 ビエルサの言う「システムは10個」の概要は次のようなものだ。

 荒川の言うようにDFは4バックをベースとし、いずれも3バックに変化できるという考えで、それぞれに5個のシステムがあり計10システムとなる。この10システムについては、前述したように3トップと1トップは同義とするとか、5バックは3バックと解釈するというような整理がビエルサによって成されているものと思われる。そして、“ORIGINAL”は基本システムであるために、10システムにはカウントはされていないという。

 こうしたビエルサによるシステムの整理は、指導や育成のためのメソッドとして研究が続けられている。例えばバルセロナやアヤックスは育成世代から共通のシステムで練習を行い、トップチームでも通用するようなスペシャリストを養成するという方法論で知られている。

 しかしビエルサの育成に対する考え方は違う。彼は育成やシステム論について、こう語っているという。

「育成年代は10システムを全て経験した方がいいと私は考えます。昔はスペシャリティが重要視されていましたが、今はゲームの流れの中で各ゾーンや状況に応じたプレー対応が強く求められています。システムをトランスフォームすることや、ポリバレントにプレーする必要があることを選手も知っておく必要があると考えます。

 私は選手にシステムを合わせることはしません。『システム』と『戦い方』を指導するとき、自分が心から納得できるやり方を選手に対しても指導するべきだと考えているからです。自分が信じている方法でしか監督は情熱を持って指導できないものです。ある選手がシステムや戦いかたに適応できていないのであれば、監督は徹底的に選手に対して指導をすべきなのです」

「ビエルサを敬愛もしているが、憎んでもいる」

 実際にビエルサはリーズでも言葉の通りの実践を行っている。地元出身の有望株であったフィリップスはもともと攻撃的な選手だったが、ビエルサによって守備的MF(アンカー)へとコンバートされた。フィリップスは「新しいポジションに適応するまで6カ月以上の時間がかかった」と語っている。その研鑽により、フィリップスは守備的MFとしてイングランド代表選手に選出されるまでに成長した。

 これまで「才能はあるけど、ひ弱だ」「下部リーグレベルの選手」と批判されていたFWバムフォードも、ビエルサによって鍛え上げられた選手の1人だ。今では前線からのプレスだけではなく、時にはDFラインまで下がり守備をし、ポストプレーやパシージョを作る動き、そして裏に抜けるプレーで得点を奪うといった幅広いタスクをこなす選手として活躍している。

 今季プレミアリーグでは開幕から3試合連続ゴールを決め、シティ戦では得点こそなかったが、ピッチの端から端まで走るようなロングスプリントを何度も見せ、数々の決定機を演出した。ひ弱なエリートから脱皮し、逞しいCFとして存在感を見せているのだ。バムフォードはメディアの取材で、「ビエルサを敬愛もしているが、憎んでもいる。それだけ過酷な練習を課せられた」と、その指導の激しさを口にしている。

「試合について、あなたはどう思いますか」

 10月3日のリーズ・ユナイテッドのホーム、エランド・ロードでのシティ戦──。

 試合中、ビエルサはピッチサイドで顔を赤らめて声を張り上げ、鬼神のごとく指示を飛ばし続けた。ホイッスルが鳴った瞬間、しゃがんだまましばし放心したかのように俯いた。

 そして顔をあげると、盟友ペップと笑顔で握手を交わした。

 ビエルサはペップに向かって「試合について、あなたはどう思いますか」と語りかけたという。

 ペップは「ゲームが終わって1秒後に、私はこの試合について分析することはできませんでした」とメディアのインタビューで語っている。ペップが自らの弱みを明かすように語ったのは、先人たるビエルサは既にゲームについての分析が終わっていたのだろう、という畏怖の念ゆえだったのだろう。

「私はそれをまとめただけにすぎないのです」

 ビエルサは天才的と絶賛されるその戦術について、淡々とこう語る。

「私の戦術は、自分が発明したというものではありません。10のシステムも数多くの試合を見て整理したものにすぎません。全てはピッチ内で現実に起きていたこと。私はそれをまとめただけにすぎないのです」

 自らに独創性はないとエル・ロコは言う。だが、そのプレースタイルはあまりに斬新であり哲学的である。ビエルサは常にサッカーを「解体」し、新たな意味を持たせて選手にプレーをさせるという“脱構築的”なメソッドで試合を組み立てているようにも見える。
 アルゼンチンメディアはリーズ対シティ戦を「パルティダッソ!(凄い試合だ!)」とデカデカと見出しを掲げて絶賛した。

「シティとの関係を均等にするために、我々は膨大な物理的努力をしなければなりませんでした。我々は、ゲームが美しいものになるために私たちの役割を果たしました」

 ビエルサは試合後、満足そうな表情で語った。

 今季、リーズによって展開されるサッカーは、誰もが見たことのないようなテンポ、そしてプレーの数々で彩られている。

(前編「ビエルサ、グアルディオラにポゼッションで上回りドロー 選手交代とマッチアップの妙を検証」は下の「関連記事」からご覧ください)

 【取材協力】株式会社 MRH&CANTERA

〈参考文献〉

『ビエルサの狂気』(ベースボール・マガジン社)

『leedsunited.com』、『GOAL.COM』、『OLE.COM.AR』他


荒川友康(あらかわ・ゆうこう)

サッカー指導者。アルゼンチンで複数のチームや滝川第二高校での指導を経て、ジェフ千葉・育成コーチ、京都サンガ・トップチームコーチ、FC町田ゼルビアトップチームコーチなどを歴任。ビエルサのみならず、Jリーグでもアルディレスなどの名将の元で働く。アルゼンチンサッカー協会認定のS級ライセンスを所持。FCトレーロス所属。

文=赤石晋一郎

photograph by Getty Images