10月26日、プロ野球ドラフト会議が行われる。「人生の分岐点」とも言える運命の1日。各球団はどんな“指名戦略”で臨んでいるのか。広島カープのスカウトが回想する2012年のドラフト。甲子園で実績を残している北條史也ではなく、無名の鈴木誠也をなぜ指名したのか。(全2回の2回目/中日ドラゴンズ編から続く)

 ドラフトが終わってから二松学舎大附を訪れた広島の担当スカウト尾形佳紀は、同校の市原勝人監督から聞いた言葉に一瞬、ゾッとした。

「ドラフトの当日、北海道と福岡のテレビ局が取材に来ていたそうなんですよ。TVが来るってことはそれだけ指名の可能性が高かったということじゃないですか。危なかったと思いました」

 2012年のドラフト会議、大阪桐蔭・藤浪晋太郎(阪神)、亜細亜大・東浜巨(ソフトバンク)、東海大の菅野智之(巨人)、創価大・小川泰弘(ヤクルト)、三重中京大・則本昂大(楽天)ら実力者が顔を揃えたこの年、広島は当時無名だった二松学舎大附のスラッガー鈴木誠也を2位で指名した。

 尾形のスカウト人生にとっても大きな意味を持つ大英断のドラフトだった。

甲子園4本の北條か、未出場の鈴木か……

 当時の広島を悩ませていたのは、ショートストップの逸材2人の選択だった。

 1人は光星学院の北條史也(阪神)、もう1人は、高校時代は投手ながらプロ入り後は内野手になると噂されていた、鈴木誠也だった。

 甲子園で一大会4本塁打を打ち、甲子園通算29打点の最多タイ記録をマークした北條と甲子園未出場の鈴木。誰もが評価するのが北條である中、担当スカウトの尾形だけは「鈴木の方が潜在能力は上」と信じて疑わなかった。

 だが、すでに有名な選手とそうでない選手。獲得にこぎつけるのは茨の道だった。

「高校の時はピッチャーをしていたんですけど……」

 そもそも尾形が鈴木を「獲りたい選手」だと思ったのは、彼がまだ高校1年秋のことだ。

「最初からものが違うなぁと思いました。脚が速くて、体に力があって、スイングも速い。スイングスピードの数値は忘れちゃいましたが、すごい数字が出る選手でした。木のバットでバッティング練習をしてもいい打球を飛ばしました。高校の時はピッチャーをしていたんですけど、外野を守ることもあった。こんな能力の高い選手は見たことがなかったですね」

 尾形は初めて鈴木を見て以後、こまめに動向を追うようになった。スカウティングに行けば行くほど、その魅力に取り憑かれた。尾形が幸運だったのは、二松学舎大附の市原監督が大学の先輩にあたる人物で、情報を得やすかったことだ。性格面はもちろん、プレーの特徴なども知ることができたし、直接グラウンドに行くこともしばしばだった。

「走る姿と立ち姿が格好良かった」

 とはいえ、尾形が試合で見る鈴木はそんなに好結果を残したわけではなかった。「ひっかけるケースが多かった」と回想する尾形がそれでも鈴木に惚れた理由は別の部分だ。

「走る姿と立ち姿が格好良かったし立ち居振る舞いなどの雰囲気ですね。誠也が常にヒットを打っていたというわけではなかったんですけど、凡打を打って一塁まで走っている姿とか、ベンチに帰ってくる様子とかを見ていて、体の全身にバネがあるような感じで走っているんですよ。ストライドが大きいのもあるんですけど、そういうのをみて、いいなぁ、野球選手だなって。実際、練習などを見に行ったら、木製バットでもうしっかり打ち返していたんで、実力は問題ないって思いました。監督からもすごく練習熱心な子だって聞いていましたから」

 誠也を獲りたい――。

 尾形は2012年のドラフトを前にして、そう心の中で誓っていた。

 しかし、一筋縄ではいかない。

“プレゼン”で勝負するしかなかった

 そもそも、試合で結果が出ていない鈴木を推す要素が乏しかったのだ。特に、広島は12球団の中では珍しくクロスチェックをしないことで知られている。スカウト同士が担当以外の選手を見ることがなく、単純比較をしないのだ。甲子園に出場する選手については、全スカウトが見ることになるが、そうでない選手に関しては多くのスカウトの目を入れることはないのだ。自分しか知らない選手である一方、チーム内のスカウトにもその素材の姿を知ってもらうことができないのだ。

 スカウト会議においての“プレゼン力”で勝負するしかなかった。

 鈴木の比較の強敵となったのが先述したように光星学院の北條である。甲子園に4季連続出場、うち3季で準優勝。北條はスカウトの誰もが知る逸材だった。実際、尾形も、「甲子園で見ていて、北條はいい選手だなと思いました」という。

 北條の評価には誰も異論はなかった。スカウト部長から「鈴木は4位相当」という判断がくだされていたのだが、この評価の違いはどうしても揺るがせなかった。

 それでも、尾形は譲らなかった。北條がいい選手であることを認めた上で、鈴木誠也の方が潜在能力は上回ることをプレゼンした。

「誠也の評価は4位だったから北條と比較されるのはきつかったです。甲子園で活躍していましたから。うちは自分の担当のところだけをみればいいんですけど、自分が獲りたい選手に関しては、推したい選手がどれだけの素材なのかの説得材料をいえるかが勝負なんです。スカウト会議には社長や常務も入るんで、必死でした。実績は北條の方がありますけど、でも、身体能力は誠也です、と。僕が魅力的にみえた走っている姿の映像もいいところばかりを切り取って見せたりもしました」

「4位じゃ絶対に取れない選手です」

 クロスチェックをしない広島独自のやり方は、正しい評価ができなくなる危険性がある一方、担当スカウトをそれぞれ自立させるという利点もある。スカウト個々の眼力を信じるという意味において、オーナーや社長らのマネジメントの一つと言える。

 そもそもスカウトというのは選手を見れば見るほどに欲しくなるものだ。しかし、その説得材料を持たなければスカウトではない。ただの評価屋で終わるのか、敏腕スカウトに成り上がっていくのかは、その差だ。

 尾形は必死に食らいつき、話を大袈裟にいうことも少なくなかった。だが、このとき、やや盛った鈴木の評価は、蓋を開けてみれば正解だったのである。その後の鈴木誠也は「4位の選手」の評価を見事に覆している。

 尾形はスカウト会議で、こう強く言ったそうだ。

 「4位じゃ絶対に取れない選手です」

2012年、広島の新入団記者会見でポーズを取る(前列左から反時計回りに)高橋大樹外野手、野村監督、鈴木誠也内野手、森下宗外野手、下水流昂外野手、美間優槻内野手、上本崇司内野手、辻空投手 ©共同通信社

 福岡、北海道のテレビ局がスタンバイをしていた――それでも指名の順番はソフトバンクや日本ハムより広島が先だった。尾形が鈴木を強く推薦していなければ、2位指名はなかっただろう。

 尾形の一言が上層部を動かし、“カープ鈴木誠也”は誕生したのである。

(【前編を読む】中日スカウトが明かす“2010年ドラフトの真相”「なぜ澤村拓一ではなく、大野雄大を1位指名したか」 へ)

文=氏原英明

photograph by KYODO