前編『大迫勇也との比較は「気にしなくなった」鈴木武蔵が明かす代表での課題、旧友・南野拓実の凄みとは?』へ(外部サイトでご覧の方は最下部の関連リンクからご覧ください)

 コロナ禍が少し落ち着いた夏、鈴木武蔵は海を渡る決断を下した。

 ベルギー1部・ベールスホットからオファーが来たのは8月8日。J1第9節の清水エスパルス戦の後だった。肉離れによる離脱からの復帰戦となったこの試合でも出場4試合連続となる今季5ゴール目をマークするなど、好調を維持する中でそのオファーは舞い込んで来た。かねてから海外移籍を視野に入れていた鈴木は、すぐにクラブとの話し合いの席を設け、移籍を決めた。

「昨季コンサドーレに加入したときから、もし海外のチャンスがあったら行かせてほしいと伝えていたので、クラブはその約束を果たしてくれた。改めて凄くいいクラブだなと思いました」

 在籍はわずか1年半。だが、鈴木にとって北海道は特別な場所になりつつあった。住みやすい環境、人の温かみなどに触れたことで「こんな居心地の良いところが日本にあったのか」と思うほど、愛着が湧いていた。

ミシャサッカーで得点力が開花

 それはサッカーの面においても同じだ。ミハイロ・ペトロヴィッチ監督のもと、鈴木の持ち味が存分に発揮され、得点力が開花。昨季はキャリアハイとなる13ゴールをマークした。コンサドーレの絶対的エースとなったことで日本代表にも定着することができた。

「居心地がよかった」と話す札幌での生活。成長するために海外移籍を決断した ©Takahito Ando

「北海道、コンサドーレというチームが本当に大好き。生活面は文句なしで、このまま住み続けたいと思える場所。でも、サッカーにおいてはコンサドーレというチームに凄く甘えているなとも感じていました。代表を経験してから僕のプレーは『ミシャさん(ペトロヴィッチ監督)ありき』で成り立っていたんだなと考えるようになったんです。

 代表ではどこからボールが来るか分からない。誰がどのタイミングで顔を上げるかすら掴めなかった。コンサドーレだったら、福ちゃん(福森晃斗)が持ったらどこにボールが出てくるかわかるし、逆に言えばチームメイトのおかげで点を『取らせてもらっている』ということも感じていました。そう思えば思うほど、こんな居心地の良い場所にずっといていいのか、と自分に問いかける時間が増えました。

 (原口)元気くんや(堂安)律など他の海外組の選手に話を聞くと、みんな口をそろえるのが『最初の半年はずっと日本に帰りたかった』ということ。でもその中で『絶対にここで帰ったらダメだし、負けたくない。その気持ちが成功に導いてくれる』とも話していた。それぞれが孤独や不安と闘っていたことを改めて知ったことで、やっぱりある程度ストレスを抱えてやっていかないと確実に成長はない、日本代表のレギュラーは奪えないと思ったんです」

新天地で与えられた「10番」

 北海道に残りたい。でもプレーヤーとして成長を止めるわけにいかない。年齢も決断を急がせた理由だった。

「今の年齢(26歳)が本当のラストチャンスだと思っていたし、(移籍した)ジュピラーリーグ(ベルギー)は若い選手が多く、ビッグクラブのスカウトからも注目されていて、ステップアップにはもってこいのリーグだった。あとクラブに日本人がいないという部分も大きかった。せっかく海外に来たのに、生活でもサッカーでも甘えてしまったらもったいないなと思ったんです。体一つで海外クラブに飛び込みたかった。苦労する覚悟はもうできていたので」

 意を決して飛び込んだベルギーの地。迎え入れてくれたベールスホットが用意した背番号は「10」。海外初挑戦の日本人への異例の配慮とも言える。

「もともと10番の選手がいたのですが、マネージャーの方が『力強いナンバーを与えたい』と推薦してくれて10番を背負うことになった。サッカーをやってきて10番なんてつけたこともないし、譲ってもらったことで最初はめちゃくちゃ気にしていました」

ベールスホットでは背番号10を背負う。キャリアでも初めてのことだ ©AFLO

チームメイトの信頼を勝ち取った同点弾

 戸惑いは背番号だけじゃない。チーム合流時はチームメイトからの信頼を得られず、フォーメーション練習や紅白戦などでミスをする度に「へ〜イ!」と囃し立てられたり、鈴木に対して不満そうな態度をとる選手も多くいたという。

「でも、これが求めていた世界。結果を出して認めさせてやると強く思いました。そう考えているうちに、自分が10番であることすら忘れているくらい試合に集中するようになった」

 デビューは加入から2週間後の8月30日(現地時間)。リーグ第4節のスタンダール・リエージュ戦で途中出場すると、第6節のシャルルロワ戦では初スタメンを勝ち取った。その試合の後半アディショナルタイムには右足でゴールネットに突き刺し、移籍後初ゴールをマークした。続く第7節のワースラント・ベフェレン戦では途中出場から、貴重な同点弾を頭で叩き込んで、3−2の逆転勝利に貢献。この2戦連発によってある変化がもたらされた。

「初ゴールは0−3からのゴールだったので(チーム内の)評価はそこまで高くなかった。でも勝利に結びつく2点目を決めてから、僕に文句を言っていた選手の態度がガラッと変わった。まるでこれまでのことがなかったかのように。というより言ったことを忘れている感じですね(笑)。そんな変化を経験したからこそ、いまは何が何でもこのチームで一番、点を取ってやると思えている。この感覚は日本にいる時とはちょっと違って、戦術の中でどう自分が生きるかというより、早く自分の良さを分かってもらって、自分自身が戦術になるという気持ちでやっています」

引退したら北海道に住むんじゃないかな

 代表での活動を終え、新たな知見を得てベルギーに帰ってきた。まだまだ2ゴールでは物足りない。不退転の覚悟はより色濃くなっている。

チームにも徐々に馴染んできたと手ごたえを感じ始めている ©Getty Images

「やっぱり帰りたいなと思う時もありますよ。こっちにきて、やっぱりコンサドーレ愛と北海道愛が強いんだなと気づいたんです。引退したら北海道に住むんじゃないかな(笑)。でも、いまはこの地で結果を出して、そして新天地へステップアップする。自分の特徴である裏への飛び出しやスピードを周りに深く知ってもらって、常に自分を視野に置いてもらう土壌を作り出す。それはベールスホットでも代表でも同じ。(クラブでは)徐々にチームメイトと目が合う回数が増えてきている手応えがあるので、もっと絶対的な存在になれるように頑張っていきたいです」

 名前の由来となった宮本武蔵のように、難敵に立ち向かい続け、自らの技を研鑽していく。大迫勇也の代役ではなく、日本を代表するストライカー・鈴木武蔵と呼ばれる日まで。

文=安藤隆人

photograph by AFLO