バルセロナの敗因は、物議を醸した疑惑のVAR判定でもロナルド・クーマン監督の刹那的な采配でもない。空っぽのカンプノウ──。クラシコ史上初めて無観客での開催となった寂寥感漂う舞台装置こそが、最大の敗因だった。

 クラシコから、狂気や憎悪が消えて久しい。“ペセテーロ”(守銭奴)ルイス・フィーゴめがけて豚の頭が飛び、ジョゼ・モウリーニョがティト・ビラノバに目潰しを食らわせ、悪童ペペがピッチに倒れたリオネル・メッシの手をしらじらしく踏みつける。

 そんな殺伐とした時代は歴史の年表の中に埋もれてしまった。観光ツアー客が大挙して押し寄せるようになった近年のクラシコに、一昔前のような血なまぐささはない。

ほとばしるパッションがなかった

 ただ、狂気は薄れても、ほとばしるようなパッションだけは、いつの時代も変わらず息づいていたと思う。バルサとレアル・マドリー、両チームのすべての関係者がクラシコを特別な一戦だと理解していたし、選手たちは、少なくとも他の試合とは比べ物にならないテンションでピッチに立っていたはずだ。

 しかし、2020年10月24日に行われたコロナ下でのクラシコに、パッションはなかった。脳内にアドレナリンを分泌させ、ファイティングスピリットを沸騰させてくれる“着火剤=スタンドの声”がなかったからだ。上空を飛ぶテレビ中継用ヘリコプターの飛行音も、緊迫感ではなく、むしろ侘しさを倍加させるばかりだった。

 ヨーロッパに、新型コロナウイルスの強烈な第2波が押し寄せている。いまさら無観客試合の味気なさを嘆いても仕方がないと分かってはいるが、実際に観客不在で熱を失ったクラシコを目にすれば、なおさらコロナ憎しの思いは募る。

開始わずか5分、バイタルがぽっかりと

 繊細な料理と上質な器のように、サッカーとサポーターの存在は、やはり切っても切り離せない。

 開始わずか5分、ホームのバルサはなぜかぽっかりと開け放ったバイタルエリアをカリム・ベンゼマに攻略され、最後はフェデリコ・バルベルデにいとも簡単にゴールを許す。おそらく、盛大なイムノの大合唱に背中を押され、緊張感たっぷりにキックオフを迎えていれば、あれほど弛緩した立ち上がりにはなっていなかっただろう。

 もっとも、無人のスタンドが生み出す弛緩した空気は、アウェーチームにも伝染する。早くも疲弊しきった試合終盤のようにオープンな展開になると、先制から3分後、マドリーはあっさりと追いつかれるのだ。

17歳アンス・ファティは肝が据わっている

 縦パスに鋭く裏へ抜け出したジョルディ・アルバからのラストパスに上手く合わせ、同点ゴールを奪ったのは、超新星アンス・ファティだった。すでにスペイン代表でも不可欠な戦力となった17歳の掛け替えのない魅力は、日本で言えばまだ高校3年生というのが信じられないくらいの冷静さだ。とにかく肝が据わっていて、ゴール前で慌てることが決してない。

 この日は左サイドではなくトップに入り、メッシと縦関係を築いたが、崩しとフィニッシュの両局面で違いを生み出せる神童は、前線ならどこで使われても平然と対応してしまう。

 同点で迎えた51分には、ドリブルで中央を持ち上がったメッシから右サイドでパスを受けると、リターンを要求する王様を一瞥しただけで、お構いなしにシュート。対峙したセルヒオ・ラモスの虚を突くような一撃は惜しくもゴール左へ逸れたが、こうした強気の姿勢の向こう側に、「メッシ後のバルサ」が見え隠れするのだ。

将来を見据えた若返りは着実に

 クラシコ史上2番目の若さとなる(21世紀では最年少)、17歳と359日でゴールを記録したA・ファティだけではない。この日のバルサのスタメンには、他にも新加入のペドリ(17歳)とセルジーニョ・デスト(19歳)という2人のティーンエイジャーも名を連ねていた。

 さらにフレンキー・デヨング(23歳)、途中出場のウスマン・デンベレ(23歳)とトリンコン(20歳)、ベンチのリキ・プッチ(21歳)らも含めれば、登録メンバー23人中、23歳以下の若手が11人。開幕前は何かと批判的な見方をされていたクーマン監督だが、未来を見据えた若返りは着実に進んでいる。

気の抜けた炭酸のような味わいに

 もっとも、いまだ自分の立ち位置を見つけられず、悩みが深まるばかりのアントワン・グリーズマンに代わって右サイドに抜擢されたペドリは、守備に追われる時間が長く、攻撃面ではインパクトを残せなかった。

 ボールに多く触れながらリズムを掴むタイプだけに、初スタメンを飾った前節のヘタフェ戦のように、中央で使われてこそ持ち味を発揮するのだろう。鋭いターンからのスルーパスは、たしかに幼い頃からの憧れだったというアンドレス・イニエスタを連想させる。

 右SBのデストも対面のビニシウス・ジュニオールの縦突破を巧みに封じたが、果たして10万人近いサポーターで埋まったカンプノウでも、重圧に飲み込まれることなく同様のプレーができたかどうかは分からない。

 一方のマドリーでは、バルベルデ(22歳)、ビニシウス(20歳)、ロドリゴ(19歳/途中出場)がピッチに立ち、ベンチにもアンドリー・ルニン(21歳)、エデル・ミリタン(22歳)、ルカ・ヨビッチ(22歳)といった若手が控えていた。

 本当なら新時代の幕開けを予感させるはずだったクラシコが、無観客試合ゆえにテンション不足で、どこか気の抜けた炭酸のような味わいになってしまったのが、返す返すも残念でならない。

カンプノウに熱狂があったなら

 もし、カンプノウにクレ(バルサ・ファン)の熱狂があったなら──。

 きっと、クレマン・ラングレにユニフォームを引っ張られて大袈裟に倒れた千両役者、S・ラモスのアピールは指笛にかき消され、VAR判定による決勝のPKもなかっただろう。それどころか、メッシに執拗なファウルを繰り返したカゼミーロは90分間ピッチに立っていなかったかもしれないし、逆にバルサにPKが与えられていた可能性さえある。少なくとも、マルティネス・ムヌエラ主審は巨大なプレッシャーに苛まれながら笛を吹くことになったはずだ。

 もし、カンプノウにクレの熱狂があったなら──。

 リードを許した終盤にセルヒオ・ブスケッツやジョルディ・アルバも下げ、次々とアタッカーを投入。結果的にダメ押しの3点目を奪われたクーマン監督の選手起用も、あるいは……。

例によってラモスはしたたかだった

 ただもちろん、無人のスタンドだけがバルサの敗因であり、マドリーの勝因であったわけではない。

 ヤングタレントの競演となったクラシコで際立ったのが、あの殺伐とした時代を生き抜いてきたベテラン、S・ラモスの特別な存在感。メッシが決定機を決めきれず、ブスケッツが衰えの色を滲ませる中、怪我から戻ったマドリーの偉大なカピタンは、ときに熱く、ときにクールにチームを統率し、公式戦2連敗で窮地に立たされていたジネディーヌ・ジダン監督のクビをつなげた。

 S・ラモスは例によってしたたかで、実に食えない男だった。そう、カンプノウにクレの熱狂があろうとなかろうと──。

文=吉田治良

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