大相撲における行司の仕事紹介。ここでは、巡業での役回りや、話を伺った三役行司・木村庄太郎さんが行司を目指したきっかけ、さらには行司という職業そのものの制度などについて紹介する。(全2回の2回目/前編へ)

1年で「家と地方が半々くらい」

――行司さんのお仕事には、本場所以外に巡業での役回りも多いと伺いました。巡業では、具体的にどんなお仕事があるのでしょうか。

庄太郎 巡業付きの行司は7人います。彼らの主な仕事は、1年から1年半後に控える巡業行程の組み立てと、それに伴う諸々の手配です。巡業地を決めるのは、巡業部長をはじめとする親方衆ですが、ではどの順番で回るか、移動手段はどうするかなど、具体的な旅程を考えて助言するのが巡業担当の役割です。日程を組み立てて、巡業部長の最終決定をもらったら、それを輸送担当の行司に投げます。輸送担当は、各移動でバスを使うのか電車を使うのかなどを決めていきます。こうして、約1年前には巡業の日程が決まります。

――巡業にかかるさまざまな手配は、行司さんが行っているんですね。

庄太郎 それと、本場所とは別に、巡業中の割場担当もいるし、巡業中のアナウンス係もいます。また、1週間前に巡業地に入って細かい手配を行う先発隊もいますので、ほとんどの行司が巡業にも出ていることになりますね。

――行司さんたちは、年にどれくらい家にいられるんでしょうか。

庄太郎 巡業が約3カ月、地方場所が3カ月ですから、家と地方が半々くらいです。今年はコロナの影響で、残念ながら巡業も地方場所もないので、ほとんど家にいますよ。

1日のスケジュールは?

――庄太郎さんは、現在どのような業務を担っているんですか。

庄太郎 総監督である立行司のほかに、あらゆる部署を監督し、部署異動などを決める人事担当のようなものがいて、私は現在、木村元基くん、木村要之助くんと3人でこれを務めています。2年に一度の選挙で選出される3人です。

――なるほど。庄太郎さんは、場所中の一日はどのようなスケジュールで動いているんですか。

庄太郎 場所中は、私たち監督3人のうち誰か一人が常にいないといけないんです。3人のなかでは、私の出番が一番遅いので、元基くんと要之助くんのどちらかに早番をお願いしています。その代わり、彼らは自分の番が終わったら帰れて、私は遅番なので全取組が終わるまでいます。

――同じ行司さんでも、人によってスケジュールはさまざまなんですね。

庄太郎 はい。朝一番は、早番の監督に加えて、最初にアナウンスする2名と、三段目以下の若い子たちが来ます。少なくとも10〜11時くらいには、立行司以外の全員が“出社”します。役割や日によって早かったり遅かったりといろいろですが、全員が土俵を務めながら取組をつくったりアナウンスをしたり、自分の仕事をこなしています。

何歳で行司さんになった?

――力士と同様、行司さんも、中学を卒業すればなることができます。庄太郎さんは、何歳で行司さんになられたのですか。

庄太郎 私は15歳で入門しました。現在41年目です。定年退職は65歳なので、まだあと10年ほどありますね。

山響部屋での記念撮影(2017年)。一番左が木村庄太郎さん ©時事通信社

――行司さんになったきっかけはなんだったのでしょうか。

庄太郎 私は小さい頃から背が低かったので、スポーツは好きでしたが、背の高い子にはなかなか勝てませんでした。じゃあ、野球でもサッカーでも、プレーヤーに勝つためにはどうしたらいいか。その答えが、ジャッジマンになることだったんです。あの王・長嶋でも、審判なら退場させられるんですから。

――それで行司を選ばれたということは、相撲がお好きだったのですか。

庄太郎 祖父母の影響で、物心ついたときからテレビで見てはいたんですが、やっぱり当時から、相撲そのものよりも行司を見ていました。中学を卒業して、1学期だけ行った高校を中退して入門したんです。

付け人は何人?

――行司さんも、経験を積んで徐々に位が上がっていくと思いますが、出世には何か基準があるのですか。

庄太郎 字が書けているか、発声ができているかといった審査や勤務評定もありますが、よっぽどのことがない限り年功序列で、先輩の地位を飛び越えることは滅多にありません。優秀な若い子が入ってきたら、上の子に上がっていってもらえるように発破をかけつつ、抱き合わせで上げていきます。ただ、例えば幕下格には人数枠がなく、何人いてもいいので、優秀な子は上げてあげたいという提案をすることはできます。なかには自分自身で見切りをつけて辞めてしまう子もいるので、なるべくそういう子が出ないように、我々も指導に力を入れています。10年ほど前から、入門したての行司も週に1回相撲教習所に通って、相撲史の授業だけ受けるようになりました。とてもいいことだと思います。

――上位の行司さんには付け人の若い行司さんがいるそうですが、庄太郎さんには何人の付け人がいるんですか。

庄太郎 立行司には2人いますが、ほかは1人です。やはり多くの子が15〜16歳で入ってきますし、いまの私の付け人は3まわりも下ですから、孫みたいでかわいいですよ。若い子の成長を間近で見られるのも、この仕事の楽しみの一つです。

――ちなみに、新しく入ってきた行司さんのお名前は、どのように付けられるんでしょうか。

庄太郎 入る部屋によって、先輩の昔の名前を使う、部屋特有の名前を付けるなど、いろいろなパターンがあると思います。ずっと同じ名前でもいいんですが、地位が上がってくると、部屋によって伝統的な名前があるので、それをつけてもらえます。

土俵上の木村庄太郎さん(2018年の初場所) ©時事通信社

行司さん同士って飲みに行くの?

――普段、行司さん同士での交流はありますか。

庄太郎 もちろん、コロナ前は行司同士で飲みに行ったり食事に行ったりということはたまにありましたよ。特に、東京ではみんな自宅に帰るけれど、地方にいるときはみんな近くに泊まっているので、一緒にいることが多いんです。

――これは素朴な疑問なんですが、行司さんも皆さん各部屋に所属しているので、裁いているときに同部屋の力士に情がわくことはあるんでしょうか。

庄太郎 それはもちろん、負けてほしいなんて思う人はいませんよね。あくまで私の場合ですが、土俵上で仕切っている間は、やっぱり頑張ってほしいと思っています。でも、ひとたび「はっけよい」と言えば、頭も体も行司に戻るんです。勝負が決まった瞬間には、勝ったと思ったほうに軍配を上げているだけ。勝負がついて、後から「ああ負けちゃったのか」と思うことはあります。

――なるほど、大変興味深いお話をありがとうございます。昨今は、新型コロナウイルスの影響でお客さんの数が少なく、声援を送ることもできない状況が続いています。行司さんの目から見ていかがですか。

庄太郎 率直に寂しいです。やっぱりお酒を飲みながら盛り上がってもらったほうが、僕は好きですからね。好きな力士を応援できないなんて、お客さんも寂しいでしょう。個人的には、自分が土俵に上がっていて周りが静かなことにも違和感があって、お客さんの声が恋しいです。一日も早く、通常の本場所に戻ってほしいですね。

(【前編を読む】大相撲の行司さんって土俵裁き以外に何をしている?「じつは番付の“習字”も私たちの仕事です」 へ)

文=飯塚さき

photograph by Jiji Press