年下の監督と、年上の選手。
横浜FCの下平隆宏監督とカズの話ではなく、同じくニッパツ三ツ沢球技場に本拠を置くお隣のクラブ、J3のY.S.C.C.横浜の話である。
2019年シーズン、J最年少となる34歳で監督となったシュタルフ悠紀リヒャルトと、J最年長となる41歳1カ月9日でデビューを果たした安彦考真。
この逆転現象は監督のほうも選手のほうも、実はやりにくいんじゃないの? そう思う人はきっと少なくない。ただそれは彼らを見る限り当てはまらない“説”なのかもしれない。
監督は選手をフラットに見つつも、リスペクトは忘れない。選手は監督の方針を理解して、年長者として模範となるようにふるまう。近くも遠くもない適度な距離を保ちつつ、お互いに感化されてきた。
安彦は既に今季限りの現役引退を表明している。残り2カ月を切ったなか、「初めて」という2人の対談を企画した。
年下、シュタルフの思い。
年上、安彦の思い――。
僕の上司みたいな立場でした
――以前から知り合いだったとうかがっています。
シュタルフ 僕は2014年に現役を辞めて東京ヴェルディの普及部に入りました。クラブスポンサーである通信制高校の中央高等学院にbiomサッカーコースができて、そこの監督になったんです。中央高等学院サイドでディレクターを務めていたのがアビさん。クラブの監督とGMみたいな関係性でした。

安彦 高校には引きこもり気味だったり、メンタル的にネガティブになってしまったり、そういう子供たちが多かったんです。シュタルフが熱く指導してくれて、僕は座学を教えていたので、うまく合わせ技ができたというか。彼らが表に出てサッカーを続けることができたのもシュタルフの指導のおかげでした。
シュタルフ アビさんはああしろ、こうしろといろいろ指示を(笑)。
安彦 いやいや、言ったことないでしょ(笑)。
若い選手たちにその姿勢を学んでほしいなと
――育成畑を歩んできたシュタルフ監督は2019年シーズン、自らがユースでプレーしていたY.S.C.C.横浜の監督に就任します。監督のほうから安彦さんを誘った、と。
シュタルフ このチームを見たときにJ3というプロのリーグに所属はしていてもアマチュアな部分がたくさん残っているなと感じたんです。
アビさんはポルトガル語の通訳としてJクラブのなかに入っていた経験などもあるし、Jリーガーになるためにストイックに取り組んでいたことも知っているし、ここにいる若い選手たちにその姿勢を学んでほしいなと。前線の選手が少なかったというところもあったので話をしてみたんです。
安彦 水戸ホーリーホックから契約を更新しないと告げられて、まだプレーを続けるべきかどうか迷っていたときに、シュタルフから声が掛かって……。水戸では1試合も出られず、それも自分で売り込んで入っていたので、自分を求めてくれるというのがたまらなくうれしかった。
僕はもう20年くらい指導者をやっていますから
――J最年少の34歳の監督というところでの注目もありました。
シュタルフ 確かにJリーグの監督としての経験値はゼロでした。J3のレベルとか、自分たちがこうしたら相手はこうしてくるとか、知らないので引き出しを持っていない。初年度は自分のアンテナを敏感に反応させてJ3の舞台がどういうものかが分かってきた。
ただ、年齢が若いということはまったく気にしていない。僕はもう20年くらい指導者をやっていますから。
安彦 そうそう。シュタルフは現役時代から指導者の契約を組み込んでいたよね。

シュタルフ もともと将来指導者になりたいという夢があって、プロでプレーすることは絶対に指導者としてのキャリアにつながっていくという発想でしたからね。もちろん選手としてもベストを尽くそうと思ってプレーしていたけど、現役の選手をやりながら、U-8、10、13とか教えていましたし、そもそも中学生のときに小学生を教えていたので。
試合で勝たせられるかどうかの経験は少ないとしても、トレーニングセッションで選手を成長させることに関しては自信がありました。
安彦 彼はスイス、ドイツ、オーストリアなど世界のあちこちでプレーして、それとともに20歳くらいでUEFAの(指導者)ライセンスを取っていますからね。34歳で監督になったと言っても、指導する経験値は元々ありました。
シュタルフ 2004年なので、20歳の時にドイツでUEFAのB級ライセンスを取得しましたね。
こんなオッサンに負けてられるかっていう雰囲気が
――先ほど安彦さんの「姿勢を学んでほしい」と。Jリーグ出場経験ゼロのベテランをチームに入れ、どのような役割を期待したのでしょうか?
シュタルフ チームにはほかにもベテラン選手はいます。彼らはどちらかと言うとプレーで見せる、態度で見せるタイプ。もちろんアビさんにもそこの部分はあるんですけど、プラス言葉をもってるんですよね。
安彦 もちろん(選手に)何か話すときは、監督に「きょう言おうと思っているけど、いいかな?」と確認を取ったうえで。何人かを集めて練習後に話をしたり、あるときは1人だったり、逆に全体だったりと、いろんな形でチームメイトに対してはいろいろと話をさせてもらっています。
(2018年に所属した)水戸では、結構周りも感化されてくれました。夏の練習でダッシュを何本もやって、みんなヘトヘトになってもオレがスタートラインに立つと、こんなオッサンに負けてられるかっていう雰囲気があったんです。
ここでも、周囲をたきつけていけるような存在にならなきゃいけないと思ってやってきたつもりではあります。ウチのベテラン選手には「オレに熱さを感じられなくなったら、お前らのほうから“もうやめたほうがいい”と言ってくれ」とは伝えていました。
フォワードなんでやっぱりゴールが大事
――安彦さんは昨季、開幕戦でJ史上最年長デビューを果たすなど計8試合に出場。今季はここまで(10月31日時点)3試合出場にとどまっています。いずれも途中出場で、ゴールはまだありません。
安彦 フォワードなんでやっぱりゴールが大事だし、あとシュタルフのサッカーは非常に緻密で全選手に対してはっきりと輪郭のある役割を提示してくれているので、そこは確実にやっていかなければなりません。
自分としてはそのうえに存在することでのプラスアルファを出していく。ただ、ゴールは奪えていないし、スタートから出ることもできていないので、ピッチ内におけるチームへの貢献度は少ないと言わざるを得ませんよね。
仕事をやめてJリーガーになると決めたときからずっと崖っぷち
シュタルフ 周りをたきつけるくらいの(ピッチ内の)存在感もあるときはある(笑)。ここは周りの選手の受け取り方もありますからね。ただ、この人はとにかく一生懸命。自分の力を出そうとせずにチャンスを棒に振ってしまったなという試合は、アビさんは一度もない。
安彦 そこは最低限、やらないといけないわけだから。
シュタルフ 試合に出たらベストを尽くそうというのは伝わってくる。だけど残念なのはシュートを打てないとか、得点に絡めていないとか、現実の数字から見ると結果を出せてはいない。
――今季の契約を結ぶ際に「最後のシーズンにしたい」と監督に伝えたそうですね。
安彦 まあどこを引き際にするかというのはずっと考えていましたからね。シュタルフにもそう言いました。
シュタルフ そこはもうアビさんが考えて出した結論なんで。
安彦 スッキリしましたね。仕事をやめてJリーガーになると決めたときからずっと崖っぷちだったわけです。明日なんてないって思ってやれるかどうか。来年のきょうは、もうトレーニングできない。
カレンダーに1日ずつ「×印」がついていくなかで、そういう思いで毎日やっていったら違う景色を見ることができるんじゃないかなって。最後の1年、徹底的に追い込んでやってきているつもりです。
(後編は下の「関連記事」からもご覧になれます)
文=二宮寿朗
photograph by Hideki Sugiyama