11月3日。日本では“文化の日”となるこの日、公営のJBCが史上初めて大井競馬場と門別競馬場の2コースで同時開催された。同じ日の少し前の時間には、オーストラリアでメルボルンC(GI、フレミントン競馬場、芝3200メートル)が行われた。

 例年、11月の第一火曜日、現地時間の午後3時にスタートを切るこの南半球最大のレースを制したのは、アイルランドからの遠征馬トワイライトペイメント。若きジョセフ・オブライエン調教師にとってはリキンドリングに続き、早くも2度目の制覇となった。その反面、ジョセフ調教師の父でアイルランドのトップトレーナーであるエイダン・オブライエン調教師が送り込んだ2頭のうち、タイガーモスは半馬身差2着に惜敗。それはまだしももう1頭の出走馬であるアンソニーヴァンダイクは最後の直線で故障を発症。昨年、本場イギリスのダービーを制した名馬だが、残念ながらこの怪我で予後不良となってしまった。

 少々前置きが長くなったが、メルボルンCがラストランになった馬として思い出されるのはアドマイヤラクティ(栗東・梅田智之厩舎)だろう。

GI制覇、そしてメルボルンCで1番人気

 2014年に赤道を越えて現地入りした同馬は、10月18日に行われたコーフィールドC(GI、コーフィールド競馬場、芝2400メートル)に挑戦。初コンビを組んだZ・パートン騎手にいざなわれると最後の直線で楽々と突き抜けた。それまで天皇賞(春)やジャパンCでの4着(いずれも13年)こそあったものの、GIの舞台で先頭でゴールを駆け抜けたのはこれが初めて。自身初のビッグレース制覇を海の向こうで成し遂げてみせたのだ。

 オージーにも強さを知らしめた同馬は、続くメルボルンCでは堂々1番人気に支持された。現地での注目度は当然高く、滞在していたウェルビー競馬場には連日報道陣が駆けつけ、コーフィールドCの勝ち馬の一挙手一投足を報じ続けた。

 前走に続いて手綱を取る事になったパートン騎手も当時、自信満々に次のように語っていた。

「ハンデが増える(58→58.5キロ)けど、コーフィールドCでのパフォーマンスを考えたら何も問題ないでしょう。日本の3000メートル級のレースでも好走しているから距離も心配していません。僕はジョッキーとしてベストを尽くすだけ。それが出来れば前走同様、好結果が待っていると信じています」

「“これなら勝てる”と感じていました」

 この年のメルボルンCは11月4日に施行された。コーフィールドCの10月18日からという臨戦過程がどう出るかと思われたが、当日の雰囲気は決して悪くなく、レース直前、梅田調教師も次のように話していた。

「中間の調整も競馬場への輸送もうまく行き、良い雰囲気です。前走みたいにいきたいですね」

 いざゲートが開くと、スタート直後はあまり好位とは言えないのでは、と思われたものの、「不利を受ける位置にはいたくなかった」というパートン騎手の誘導で、すぐに逃げ馬の後ろにつける形となった。序盤から中盤にかけて、パートン騎手はその手応えを後に次のように述懐した。

「無理なく良い手応え。でも掛かる事もなく流れに乗れていたので“これなら勝てる”と感じていました」

一瞬のうちに最下位、外傷はなし…

 しかし、ラスト800メートル付近でその想いがいきなり崩れた。再び当時のパートン騎手の弁。

「まだあと800メートルもあるのにいきなり手応えが無くなってしまいました。何が起きたか分からないけど、急にパワーがなくなったんです」

 2番手から一瞬のうちに最下位まで下がった愛馬を見て、梅田調教師は感じていた。

「いつもより前に行く競馬だったため、抜かれた時点で集中力が無くなったのかと思いました。後はとにかく怪我なく無事に上がって来てくれる事を願いました」

 アドマイヤラクティは歩くようにして最下位22着でゴールした。とりあえずゴールまで辿り着いた事で「怪我ではないようだ」と陣営は一度、胸を撫で下ろした。実際、ジョッキーが下馬するのも待てない勢いで脚元をチェックしたところ、とくに大きな外傷は見当たらなかった。

砂時計の砂が落ち切るように崩れ落ちた

 しかしその直後、事態は急展開をみせる。担当する古味裕之調教厩務員が曳きながら馬房に戻そうと歩かせていると、アドマイヤラクティが突然走り出した。必死に止めようとする古味調教厩務員を引きずるようにして走ったアドマイヤラクティは、ラチにぶつかる直前でやっと静止。その時点で後ろ脚がブルブルと震えていたため、当初予定していたクーリングダウンを中止。そのまま馬房に戻すとその瞬間、砂時計の砂が落ち切るように後肢から崩れ落ちた。

 梅田調教師は言った。

「馬房に着いてから倒れたのは、まるで『他の馬や人に迷惑をかけないように……』と考えていたのでは?と思えるタイミングでした」

主のいない馬房に“Good morning our mate”

 心臓麻痺。

 ほんの少し前に異国で念願のGIホースになったばかりなのに、その命の火は唐突に消えてしまった。

 日本からの遠征馬であるアドマイヤラクティは、検疫厩舎も兼ねたウェルビー競馬場に、他の外国からの遠征馬と共に入っていたのだが、この翌日から他馬の陣営は毎朝、主のいなくなった馬房に向けて“Good morning our mate”と声をかけてから仕事をしたと言う。

 それから6年。今年も悲劇が起きてしまった。もしかしたら今回も同じように他の厩舎のスタッフが声をかけているかもしれない。それはそれで心温まる話ではあるが、出来る事ならこのような悲劇が起きないにこした事はない。

 競馬には怪我や故障が付き物であり、なかなか避けて通れないのは海外でも日本でも同じだ。JRAは毎週末レースを行っているが、少しでも悲劇が起きない事を願いたい。ちなみに今週末は東京競馬場でアルゼンチン共和国杯(GII)が行われる。13年にアドマイヤラクティが2着に好走したレースである。

文=平松さとし

photograph by Satoshi Hiramatsu